227 上手に焼けました~
輪切りにしたとはいえ分厚い肉塊。
それをハンナさんは、手慣れた動作でサクサクとナイフで切り分けると、ボクの皿に盛ってくれる。
形は皮付きの肉がご飯を包む形になっていた。まるで宝石を包む皮袋のようだった。
「お〜……」
少し感動し、先ずはお米から頂こう。
フォークの曲面でスプーンのように掬い、口に運ぶ。米同士が離れ辛いのは粘り気によるものか。
食むとモチモチと柔らかな食感が顎骨に伝わる。普通のお米より粘りが強く、パスタ生地を切らずにそのまま茹でたような食感に感じられた。
噛めばジューシーな肉汁の旨味とニンニクと刻んだ玉葱の味が上手に混ざり合って互いを邪魔していない。そしてスゥッとしたハーブと香辛料の香りが口から鼻へ突き抜ける。
ボクが触感を堪能しているとすかさずハンナさんのフォローが入った。
「もち米です。
レチョンは白米でも十分美味しく頂けますが、今回は香辛料等と中に詰めてじっくりと焼かせて頂きました。
焼き加減の調整でまるで蒸したかのように肉の旨味を染み込ませております。内臓ソースに合うようあっさり目の肉質になるのもポイントですね」
それでこんなに触感が強いのか。思いつつ、よく味わい、そしてゴクリと飲み込んだ。
味の残滓に包まれつつ、今度は本命の肉そのものへフォークを伸ばした。
しかし、だ。フォークが妙に刺さりにくい。表面を丁寧にじっくりと焼いたが故に、皮が少し硬くなっているのだろう。
特に豚肉の丸焼きは、パリパリの皮イズジャスティスの料理だからなあ。
「坊ちゃま、実は此方、本場では素手で食べるものでして。
輪切りに切るのも、横から見て皆が好きな個所を手で取れるようにするからだそうです。
とはいえ、フォークの切っ先をもう少し押し込めば普通に食べられますのでご安心を。少し『パキッ』っとしますがね。うふふ……」
パキッってなんだ。パキッて。それ程パリパリ触感の皮なのか。
さて。素手で食べても料理の形式上マナー違反に当たらない事は分かった。
それはそれとして、此処に素手で食べている者は居ない。豚の丸焼きを食べる際、何時もはナイフか素手で食べるアセナでさえもだ。
しきたりを重んじる彼女は、父上と母親の見ている手前、此方のやり方に合わせているのだろう。
シャルはチラチラと此方を見ている。どうやら周りよりもボクに合わせているらしい。
「……」
ふと、『イタズラ』を思いついた。なあに、公式な場じゃないんだ。マナー違反でも高が家族の食卓。やってみる価値はあるか。
ボクはフォークを置いた。素手を伸ばし、肉を摘まむ。切り分けているが皮は付いたままだった。
その光景を見て大きく反応したのは二人。
一人は父上。なにか大笑いの一歩前であるかのように、少し歯を出して口端を上げる。
そしてもう一人は母上だった。彼女は信じられないような物を見たかのように、ギョッと此方を凝視した。思わず食器を動かす手も止まってしまっている。
ハンナさんは不気味なほど微笑を浮かべたままだ。
確か、皮に合うソースは茶色い方だったね。チャポンと皮に付け、口に入れる。
不思議な味だった。はっきり言ってしょっぱいのだが、塩の塊という訳でもなく。深く甘い旨味を感じるのだが、肉のものとは違う。
そこへ混ざり合った酢の味が、ソースの味をさっぱりした物に仕立て上げ、ややこってりとした豚の味によく合っていた。
皮は口の中で、脆くパリッと割れて口の中で溶けていく。まるでビスケットだ。
この辺、下手な人がやると嚙み千切るのが大変なゴムみたいな皮になるけど、ハンナさんは職人だなあと思った。肉に詰められた香辛料やハーブとはまた違った、芳醇な香りと甘い風味を感じる。
「ハンナさん、もしかしてコレってココナッツドリンク?」
「ご慧眼恐れ入ります。
表面にココナッツドリンクを塗った状態で焼く事でハリとツヤを出し、皮の表面に膜が生まれ、皮の水分が逃げないようにしています。
その水分は焼かれる事によって沸騰し、気泡が破裂する事でパリパリの皮になるのです」
ほへ~。
丸焼きは、只焼けば良いって物ではないという事は解っていたけど、ここまで技術の必要な料理だったんだなぁ。
頭部から臀部にかけて突いた竹竿を持って、豚をグルグル回しながらココナッツドリンクの凝固反応で出来上がる膜が全体に張られているか。焼き過ぎていないか等の見極めが必要になってくる。
更に、ハンナさんはああ言っていたけど、ココナッツドリンクだけじゃ無理だろうな。膜を作る為に色々な下拵えもしていると思われる。
感心し、モグモグパリパリと口の中で気泡が割れた食感を楽しむのだった。
さて、それでは『イタズラ』に取り掛かろうか。
料理のチョイスといい、ハンナさんの進言といい、これも父上の引いたレールの一種なのだろう。ならば、ボクに出来るのは上手に走る事だ。出来れば想像を上回る走りっぷりを見せたいものだね。
一口大に切り分けられた肉片を再び指で摘まんで、椅子を下りて、早歩きで机に沿って進み出す。どうしていいかとオロオロするシャルを横切り可哀そうではあるが、ちょっと待っててね。もう直ぐ好きに食べられるようになるから。
進んだ先は、父上の隣。彼女に肉片を差し出す事からはじまる。
「はいっ、母上。コレ、美味しいよ!」
こんな年相応の声と表情を浮かべたのは、生まれてから初めてかも知れない。自分の普段を知っているだけにちょっとキモいと思った。
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