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225 豚の話題で盛り上がる

 実は今晩の料理、そう種類は多くない。

 小さな深皿が二つあるのみだ。特に前菜やスープなんかの影は無し。それどころかパンも無い。

 深皿に入っているのは黒いソース。そして褐色でドロッとしたソースの二種類だ。


 はじめの黒いのは見た目だけじゃ解らないけれど、次のドロッとしたやつは解る。

 伝統的な内臓スープだな。動物のガラから採ったフォン(だし汁)にワインを加え、香草や香辛料、野菜なんかと一緒に煮詰めて濾した物へ内臓を刻むか裏ごしした物を加えて更に煮詰める。

 子牛でやる場合はグラス・ド・ヴィヤンド。野生動物でやる場合はフォン・ド・ジビエだっけ。掛けずに浸して食べるのは珍しいな。


 野鳥の味を深くする時なんかに使われていたのを思い出す。


 領主館のパーティーではアイウ山の麓でスポーツハンティングが催され、後半に狩った獲物を館で食べるというものがよくあるのだ。

 父上曰く。伝統はあるが、そこまで堅苦しくはないパーティー方式なのである程度の無礼(間違い)は許されるとの事。

 貴族号を買ったばかりの成金達やその子弟達を貴族として教育するのに向いているそうな。それにコストが掛からない割に徴収率が良い。


 少し話がそれた。

 要は料理ではなく調味料しか置かれていないという事だ。他には白い大皿が一つとカトラリーセットが並べられる。

 だけど不満の声が少しも上がらないのは目の前に超質量があるからだ。


 机の上にはうつ伏せの豚が横たわっていた。


 ざっくりと言えば貴族のパーティーでお馴染み。豚の丸焼きだ。

 何度見てもやっぱ存在感あるよなあ、コレ。

 シャルが興味津々にそれを見て、その溢れんばかりの好奇心をボクにぶつけてきた。動物丸ごとというビジュアルに苦手な女の子も結構居るけど、冒険大好きな彼女は平気なようで一安心。

 鼻息が荒い。


「凄いの、お兄様!妾の実家では滅多にパーティーなんかやらなかったから見た事無かったが、コレが本物の豚の丸焼きなんじゃの。これだけの大きさなら、やっぱ大人の豚なのかや?」

「う~ん。コレぐらいのサイズだと、パーティーではよく子豚って紹介されるけど、本当に子豚なのか自信がなくなりつつ最中だよ……」


 対して嬉しそうに反応するのは、先程までココナッツドリンクを飲んでいたアセナだ。椅子の背もたれの隙間から出している尻尾ををブンブンと振っていた。


「フッフッフ。それは本物の野生豚を見た事無いから言えるんだよなあ。

……ってかアダマス。お前って何年か前に見たよな。アタシと一緒に食べたやつ」


 まさかの話題にドキリとして、腕を組んで考えてみた。記憶の糸を辿ってみるが、やっぱり思い出せない。

 大体こういう場合は、アセナと一緒にピクニックという名のサバイバルをした時の話になる筈なんだけどな。

 父上が「次期領主たるもの、誘拐から脱出しサバイバルをしながら戻って来るような知識を持っている必要がある」って言うんだ。

 今のところ、ナイフ一本あれば衣食住をどうにか出来るレベルではあるんだが、父上はそれを「十年以上潜伏し、その過程で周辺勢力と秘密裏に交流し戦力も蓄える事が出来るレベル」まで引き上げたいそうな。

 アセナが居た分、楽しいからそんな苦では無いんだけどさ。


 取り敢えず正直に答えよう。


「あったっけ?

アセナが大きな猪を獲ってきたのは覚えているけど」

「ぶはっ!それだよ!

確かに牙はめっちゃ尖っているし毛皮もあるし、素人目にゃ猪と変わらんと思うけどさ。

ありゃ猪とのハーフだ。山から下りて家畜の豚と交尾して産まれたやつで、純粋な猪より脂が乗ってて甘味もある。本当の野生猪のはちと酸っぱいんだ」

「そうなの?てっきり豚じゃなくて猪だから特別大きいのかと思ったよ」

「違うんだなあ」


 そうしてアセナは得意げに二の腕を叩き、叩いた腕の指をニギニギと勢いよく開閉。そしてウインク。

 思い出すのは狩猟の光景だ。

 彼女がダイナミックな宙返りで野生豚に飛び乗り、暴れる豚の上でロデオのようにバランスを取りながら首元へナイフをドスっと一突き。

 格好いいなと思ったなあ。後の地味に体力を使う干し肉作成も含めて懐かしい。


「まあ、アタシにかかりゃどちらも変わらんけどな!アタシは強いんだ。アッハッハ」


 その一方でアセナの動きに反応したのは、お酒に舌鼓を打っていたエミリー先生だ。少し見開いた目が語るのは、果たして「やってしまったか」なのか「もっと労わろうよ」なのか。

 アセナはギンと目を見開き、ギブスで覆われた腕を押さえた。


「……って、()ったぁ!」

「あ~、強く叩きすぎて衝撃来ちゃったんだ。

まだ完治しないのにはしゃぐから。安静って言われたのに」

「つい何時ものノリでなあ」

「ムチャシヤガッテ……気をつけるのじゃぞ。

それで、野生の豚で一番美味しい部分とは何処なのじゃ?」


 しぼんだ耳をシャルは撫で、会話を続ける。アセナだったらこのまま賑やかなムードを望むだろうという、彼女なりの気遣いだ。

 半泣きながらもアセナは調子を取り戻した。


「内臓だな。特にレバーが美味い」

「マジかや。妾、豚のレバーとか結構クセが強くて人によって分かれると思ったのじゃが。

新鮮だから獣臭さがなくなるとか、そんなのかの」

「いや〜、味はそんな変わらないかなぁ。ただ、自分が獲った物は異様に美味い。

特に内臓は腐り易くて時間制限があるから、プレミア感が付いてもっと美味く感じる」


 なるほど。それはそれとして、なんかレバーの話をしていたら食べたくなってくるな。

 指でソースを掬って、ペロリとつまみ食いした。


 豚の丸焼きの基本的な調理手順は、内臓を抜いてから表面にオイルを塗って焼く事にある。

 と、いう事は豚の内臓で作ったソースなのだろう。豚肉は鳥と違って脂分が強いから、コッテリしたソースって合わない気もするんだけどなぁ。


 あ、思ったよりサッパリしてて美味しい。

 ハンナさんが解説を加えてくれる。


「レバーへ複数の果実を合わせた特製ソースで御座います。

茶色のソースは皮へ。内臓のものは肉に合うよう作らせて頂きました。

おかわりはありますが、メインの前に全部食べてしまわないよう気をつけて下さいませ」


 少し恥ずかしいと思ったが期待も膨らむ。

 でも本当は、こうしてみんなで駄弁って、期待を膨らませる時間が一番幸せなのかも知れない。

読んで頂きありがとう御座います。


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