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222 この美しき、嘘まみれ泥まみれの世界

「と、いう訳でお前がどう思おうと身体は動かない。ウィリアムは見ているか騒ぐしか出来ない。援軍は最初に潰しておいた。ほら、俺の勝ちだ」


 父上は馬鹿にするようにベロンと舌を垂らした。


 聞けば聞く程にシオンの表情は変わっていく。

 信じられないと呆けた顔から、苦虫を噛み潰したような顔を深くしていった。歯が折れそうな位に食い縛る。それでも彼女の身体は起き上がらずプルプルと震う事しか出来ない。


 父上は満足げに頷き、敢えて散歩するように移動し、彼女に寄るとしゃがみ込む。

 互いに顔がよく見えるように。


「ねえ、どんな気持ち?どんな気持ちかなぁ?」

「くっ、殺せ!」


 その感情は敵意ではなく、羞恥心と呼ぶべき物だった。

 此処まで無力な姿で晒し者にされているのだから当然と言えば当然だ。


「はいはい、くっ殺ご馳走さま。

やんないよ、そんな物騒な事。いうか殺すだけなら何時でも出来たし」

「……お前が物騒な事をしないなどと言うのが一番のコメディだな。

それでは目的はなんだ。態々私に敗北を味わせ、辱める事だとでもいうのか」


 あれだけ痛い目にあったというのに、もう目付きはギラギラした物に戻っていて、奥にはちゃんと明確な殺意があった。

 彼女を見ていると、愛があればどんな状況でも人は生きていけるという事が実感できる。


 対して父上は、わざとらしく顎に手を置いて考えるフリのポーズ。


「別に辱めるつもりはないんだけどね。

只、敗北を味わわせるっていうのは正解。だってお前達、こうでもしなきゃ『止まらない』じゃん?

機械の身体になって痛みという危機信号を無くしたお前を止めるにはこうするしか無かったとも言えるがね」

「止まらない、だと?まさか自身の勢力にでも取り込むつもりか。無理があるぞ!」


 父上はシオンの頭を平手で軽くポンと叩く。大きなボタンを押すかのような仕草だった。

 そして白い歯を見せ、目を弓の字にしてみせた。


「ぴんぽんぱんぽーん。ところがどっこい、正解なんだなぁ。

こういう面に関してはウィリアムの方が詳しいな。なあ、どう思う?」


 話を振られるウィリアム氏。

 一旦は戸惑うも、今までになく真剣な表情をした。自身にシオンの未来が掛かっているのだから納得も出来る。


 一瞬の内に脳内で沢山の格闘をしているのだろう。段々と冷や汗が強くなっていく。

 しかし、覚悟を決めたのか口を開いた。


「可能だと、思われます。何故ならこれは『身内』の問題だからです。

犯行を行ったのはあくまで『正体不明の怪盗・緋サソリ』であり、世論は我々と緋サソリを結びつけるに至っていない。

また、僕はラッキーダスト家と親戚関係にあるので部外者が介入する事もない」


 そこでシャルが眉に皺を寄せて考え事をし、やはり分からなかったのか疑問を飛ばす。

 分からない事を素直に聞くのはいい事だ。


「ん~?

しかし部外者ながらも派閥内の人間や『スポンサー』は結び付けているんじゃないかの」

「うぐ……」


 素朴な問いにウィリアム氏は躊躇った顔を見せ、口雲る。


「ああ~はいはい。それは大丈夫ですよん」


 だが、父上が割って入り軽く指を立てた。


「先ず自分の勢力については、緋サソリとは別ルートで弱味を入手した事にして上手く胡麻化している。小狡いとも言うな。だからウィリアムとの関係は分かっていない。

んで、『スポンサー』については俺が『どうにか』した」


 己の二頭筋をパンパンと叩き、物騒な事を言った。

 言い方を変えれば、ボクが小さな事件と小競り合いしている間に、それを裏から操る真の巨悪と戦っていたって事でもあるんだけどさ。

 なので、ウィリアム氏とシオンは、父上が望めば『自由』の身に出来るという事が分かってくる。


「しかし、罰を与えるとか言ってなかったですかや?」

「ああ、与えた。俺の華麗なバリツでボコボコにしてやったろ?これは身内の問題だから、ケジメとして私的に罰するだけで良いんだ」

「はへ~、そんなものですかのう」

「そんなもんだね~。ちゃんとバランスを考えて優しい処分に出来る俺って偉い!褒めて!」

「はあ……スゴイのですじゃ」


 ぽかんと口を開けつつ、シャルは拍手をした。

 顔から見るに、うまく言葉に出来ないから取り敢えず叩いておけな精神。


 「優しい」と言いつつ半壊のシオンを見るとそうでもないように聞こえるが、それでも火炙りにされるかよりは有情な方、なのかな?

 思っていると、今度はシオンが割り込んでくる。


「ま、待て!勝ったら無罪にすると言ってなかったか?」

「ああ。アレね。何も『何時』、刑を執行するかなんて言ってないしなぁ。

刑の内容は……じゃあ、『俺と戦う』で」


 シオンはイラッとしているのがよく解った。あんな取って付けたかのような言い方をされたら当然ではある。

 とはいえ動けないし、動けたところで二人の全権を握る父上に殴りかかるなんて真似は出来ないが。


 そんな状況の中でウィリアム氏はジッと顎に手を当て、ゆっくりと考え込んでいるようだった。何かブツブツと小声を発している。

 その様子に興味を持ったのか父上が上体をウィリアム氏の方へ向けた。


「おや、ウィリアム君。ずっと日和見を決め込んでいるのかと思えば、随分真剣に考えるじゃないか。何か考えでもあるのかな?」

「考えというか、自分達がどう使われるかを考えていました」


 彼の口調は極めて冷静だった。

 父上が珍しく片眉をピクリと上げる。


「その心は?」

「恐らく緋サソリは、新聞の書面でのみ逮捕という流れになるでしょう。それに伴い、僕の作ってきた派閥は解体される筈です」

「そうだね。君と一緒にウチを乗っ取ろうとしてた敵だからねぇ。それに、君を手駒として扱う分には重しになる」

「だとしたら、僕の価値は?確かに王都におけるラッキーダスト家の影響は少ないですが、派閥を失った僕に力なんて……。

いや、待て……『解体』……?まさかっ!」

「そうだね、結構察しが良いじゃないか。

書面上であれ緋サソリは逮捕するにしても、『責任』は誰かが取らなければいけない。

それはシオン一人を晒し上げたところでどうにかなる物でも無いんだ。誰かを処刑すれば罪が拭われるなんて野蛮な時代は終わったのだよ」


 野蛮な時代……か。誰かが命を以て償えば皆は納得して終わる、シンプルな時代だったとも言えるけどね。

 だけど人は欲深い。

 今世の権力者たちが求めているのは謝罪の意思ではない。そこから発生する賠償金だ。だから関係の薄い人達も被害者になりたがる。

 間接的に緋サソリの被害にあった。親戚が緋サソリの被害にあった等。皮肉にも関係が遠くなる程声は大きくなる。

 安全な場所に居て、想像で敵を作れる人間ほど声は大きなものなのだ。


 父上は軽いステップでウィリアム氏に近付き、嫌な顔をする彼の肩を叩いた。とてもいい笑顔だ。そんな時の彼はロクでもない事を考えているのを、ボクは知っている。


「ウィリアム君。君には『英雄』になって貰おうと思ってね。緋サソリ事件を解決した英雄にね」


 先ずは意味不明な台詞。

 遠目なのに肩を握る手にかなり力が入っているのが分かった。まるで、これから彼に振る仕事から逃がさないかのように。

 どうも父上の言う『英雄』とは、ロクでもない立場になるのが透けて見えた。それでも大魔王からは逃げられない。

読んで頂きありがとう御座います。


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