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221/567

221 柔

サブタイの読み方はYAWARA

 通常の一本背負いは技の構造上、背中から落とす必要がある。

 だが、父上のやりたい事は違っていた。


 腕の歯車を外した直後、素早く二の腕を握っていた掴み手を放し、手首を掴む引手のみで握ることで身体を宙に放った。

 こうしてシオンの胴体は、投げの勢いによって父上の肩から離れた事で天に舞う。この場面だけ切り抜くと、手首だけを握って叩き付ける技にも見える。


 その現象を例えるなら、妙な例えだが小鳥の羽を見ているかのようだと思った。


 人の感性とは妙な物で、歯車の塊を石畳に叩き付けるだけの無機質な光景が、躍動感を得る事である種の生命を得ているように見えたのである。

 しかし夢は直ぐ終わり、現実の針が動き出す。


 直後の光景が、やはり羽ではない事を教えてくれた。

 叩き付けた石畳には無数のひび割れが生まれる。割れた敷石達が空気を揺らし、機械特有の重い衝撃音となってボクの鼓膜に届いた。


 こうしてシオンは落とされる。脱臼した腕の肩から。


「ぐ……」


 敷石に身体をめり込ませたシオンは、ビクンと震えた。


 これは人間特有の痙攣という動作ではない。歯車が外れた事で片手が動かない事の確認だ。直ぐにサーベルを口に咥えた。

 これが人間の身体なら、落とされた衝撃で肺が強打された上に、脱臼した腕を打ち付けられてかなりの激痛があるだろう。

 しかし機械にそんな物はない。顔そのものは至って平気な表情だ。此処は改造人間のメリットで、便利ではある。


 なりたいとは思わないけど。


「まだだ。

両手をもいだ程度で私を止められると思うなよ!」


 咥えたサーベルの切っ先を杖にし立ち上がろうと片膝を付く。再び戦いを挑もうとしていた。所謂、『最後の一兵になろうとも戦う精神』というヤツだろう。こうなった人間は決して説得に応じないから質が悪い。

 ボロボロの身体。しかしギラギラとした手負いの獣の眼で、前を睨みつける。


 しかし目に映ったのは、彼女にとっては予想外の光景だろう。

 正直ボクもびっくりだ。


「んっ。んん~。疲れたねぇ。歳かなぁ」


 なんと父上は、シオンに背中を向いていたのだ。

 彼は適当に背筋を伸ばし、上へ腕を伸ばし肘のストレッチをしながら大きな欠伸をしていた。

 しかし途中でピタリ。

 欠伸が止まる。何か要件を思い出したような反応だった。


「あ。そういえばさ……」


 父上は何かに気付いたようにボクへ振り向く。

 ボクは、こんな空気の外れた行動を取る時の父上を知っていた。よく言えば天上天下唯我独尊。悪く言えば自分勝手。

 だから大体ロクな事を言わない。


「俺、今日は風呂もまだだし、飯もまだだったわ。

アダマスや、たまにはとーちゃんと一緒に風呂に入らん?」


 本当にどうでも良い話だった。

 いや、仕事より家庭が大切と言えば良い父上には違いないのだけどさ。もはやシオンの事など眼中にないようだ。

 不幸な事に慣れていたボクとしては、反射的に答えは直ぐに出る。


「嫌です。シャル達と入ります」


 ボクの膝の上にちょこんと座っているシャルをギュっと抱いた。

 何時の間に?とも感じるかも知れないが、ハンナさんが解説していた辺りから内容が気になったのか、生垣からトコトコと小さな歩幅で移動してきたのだ。


「昔は一緒に入っていたのになあ。このスケベめ」

「もう七年は前の話じゃないですか。それに男はスケベです。文句ありますか。

そして子供の性生活に言及する肉親ってちょっとキモいです」

「くは、そりゃそうだ!」


 父上はゲラゲラと下品に笑った後、歯をニカリと見せた。

 笑顔の形はボクより年下の子供の像が重なる。これで上級貴族なのだから、世の中は奇天烈なものだ。

 彼は両腕を此方に大きく広げてきた。


「じゃあさ、飯は一緒に喰おうか。

折角の全員集合なんだ。皆でパァ~っと宴会でもしようよ!」

「……良いですよ」


 実のところ、父上のこういう所に関しては不思議と嫌な気持ちは湧かなかった。寧ろ尊敬審や嫉妬心も湧く時だってある。ボクに無い物を持っているからだろう

 彼は広げていた両手をパンと叩いてボクの横に視線をやる。


「よっしゃ決まり!ハンナ、セッティング宜しくぅ!」

「畏まりました。旦那様」


 ハンナさんはスカートを摘まみ恭しく礼をする。

 さっきまで隣に座っていたのに全然気付かなかった。彼女はこの展開を読んでいたのか、ボクの知らぬ間に立ち上がっていたのだ。

 とは言え、彼女は直ぐに屋敷に戻らない。一応シオンとウィリアム氏を意識しているからだと思われる。


 さて、そんな盛大な置いてきぼりを喰らっているシオンだったが、凄い顔を浮かべている。必死の覚悟でサーベルを噛んでのだから、当然と言えば当然だ。

 刺し違えてでも倒すという意思が強い。


 故に叫んだ。咥えながらでも口に隙間は結構できるようで、大きな声が聞こえて来た。ボクの顔に張り付いている噴水の水滴が少し揺れる程だった。


「なにを勝った気でいる!まだ終わってないぞ!」


 だが父上は彼女に向き合うつもりはない。

 笑みから一転。つまらなそうな顔を浮かべて淡々とした口調で虚空に向かって話し始める。


「いや、もう俺の勝ちだ。今現在、俺を害す者なんて誰も居ない」

「ほざけっ、余裕ぶるのも大概にしろ!」


 シオンは立ち上がろうとした。だが、そこで妙な事が起こり、攻撃に移せない。


 ギシギシと身体を震わすだけで、その先の行動が出来ないのだ。サーベルを杖に片膝を付く。只それだけで終わっていた。

 そうしている内に体勢を維持できなくなり自重で崩れ落ちてしまった。転ぶと同時、カランと軽い音を立ててサーベルが地面に落ちる。

 彼女は唖然として呟く。


「これは、一体……」

「なんてこったないよ。さっき地面に打ち付けたじゃん?

その衝撃で、外した歯車を『嵌め直した』んだ。本来の動きとは関係のない所にね」


 父上は疲れたようにシオンの方へ振り向くと、鼻息を落として答え合わせをする。


「ほら、改造人間って内部に幾つもエンジンを入れているじゃん?

人間以上の馬力を得る為に、力を入れる際はそれぞれのエンジンが連動して動いているよね。重い物を動かす時に幾つもの滑車を使うみたくさ。

デカいエンジンを一つ付ければそんな手間は掛からないけど、それじゃ人間という形を維持して社会に溶け込むのは難しい。現に尻尾一つ持ち込むのも一苦労だったね」


 突き刺さったままの尻尾が目に入った。

 U字に曲げて尚、父上を上空から見下ろせる長さがある。確かにコレで社会に溶け込むのは無理だ。


 因みにエミリー先生に聞いた話だが、彼女が昔戦ったアルゴスの身体は、胴体以上の長さを持つ脚を折り畳んで体内へ収納していたようだ。

 しかし、そのせいで身体の半分を折り畳んだ脚の収納スペースに使っていたらしい。

 実際に戦う時は、身体は脚へ蜘蛛の胴体の如くぶら下がるだけでの代物に成り下がっていたとの事。

 エミリー先生曰く「今思えば、旧式の実験機って感じだなぁ」らしい。

 これがもし緋サソリの身体に導入されていたら、怪盗としての彼女は今日まで生き残れていなかっただろう。弱すぎて。


 父上は肩を竦める。


「まあ、逆に言えばさ。

その腕の歯車は、ほぼ全てのエンジンに連動出来る構造をしている訳で、上手く嵌めれば全ての歯車をエンジンの力を逆に利用し、動かない方向へ持っていく事も出来る訳だ。

それが今のお前。

正確には体内の歯車も、肩を起点にちょっと歪にズレさせておいたけどさ」


 軽い口調でとんでも無い事言ってないかコイツ。改造人間の構造を完全に理解していなければ不可能だぞ。


 そこまで思いつつパッと浮かんだのは、今までの言動だ。

 ああ、だからそれを可能にする為に『調べた』のか。『金と権力』という、人間が作り出した最強の武器を使って。

 それならコレについて詳しく書かれたメールを受け取ったエミリー先生も納得する筈だ。


 『一旦壊して、ガラクタとして修理し直す』。それがバリツの正体だったのだ。

 歪に修理した分、『直した』本人にしか元に戻せなくなる。全体に及んだソレを、もしも自身の手で元通りにしようとするものなら新しい身体を付け直すか、一旦身体全体をバラバラにする大規模なメンテナンスが必要となる。

 つまり、戦闘の続行は不可能なのだ。


 シオンは信じられない様子だった。

 命よりも大切な筈のサーベルを落とした事すら目に入っていないのだから、重症なのがよく解る。

読んで頂きありがとう御座います。


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