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218 剣士としての緋サソリ

 父上は笑う。

 ただし、その笑いには愉悦感に塗れた嘲りの色が強く見えた。まるで物語に出て来る悪役だ。


「くっくっく……どうした。俺は丸腰だぞ?

俺は、はっきり言ってハンナのような超人でもないし、アセナのように種族特性がある訳でもないし、エミリーのようにビックリどっきりメカを使える訳でもない。

ついでに言えばアダマスのような読心術も持ってないし、シャルのような記憶力もない」


 父上は両脇に広げていた両手を、ゆっくり胸元まで持っていった。

 右手を上に。左手を下に。剣を持つ手を模したそれは、古武術でよく見られる構えだった。指の開閉で打撃にも投げにも切り替えられる実践的な型で、ルールのない戦いで重宝する。

 だが、柔らかい人間の素手による打撃技では強化魔術を使ったところで改造人間の装甲を撃ち抜く事なんて出来ない。

 投げを仕掛けようにも、改造人間とでは馬力が違い過ぎる。


 それでも父上は余裕を以て構えを変えなかった。

 未だにサーベルを取らないシオンへ上から語りかける。


「ああ、別に自殺防止の時みたく俺への攻撃禁止シーケンスなんて入れてないから安心しとけ。ていうか敢えて入れてない。なんでだと思う?」

「……知るか」


 少し考えて、それでも結論を出せなかったシオン。

 対して父上の表情は、その回答を期待していたのか満足したものだった。先程のドロドロとした笑みとは打って変わり、ニカリと明るい笑みを浮かべていたのだ。

 少年の笑顔そのものだ。


「俺は強いからだ。

何故強いかといえば……俺は強いからだ!」


 訳分からねえ。だけど凄い自信は伝わってくる。


「さあ、掛かって来いシオン。お前達の愛の力を見せてみろ!」

「……愛の力とか、また理屈に沿わない精神論を。お前の言葉を聞いているとこっちまで頭がおかしくなりそうだ」


 おっしゃる通りで。

 ボクがそう思っていると、合わせたようにシオンはため息を落としサーベルを手に取る。父上の態度に危険が無いと理解し、敢えてゆっくりと立ち上がる。


 だが、シオンの顔は薄くだが確かに笑っていた。作りではない、心の底からの笑いだった。


「でもな。

成金の親玉をしている反王国派の侯爵なんて、もっと薄情な人間かと思っていた。裏切られた気分だな。

でも、何億人に一人かくらい。お前のような人間(バカ)が居ても良いのかもね」


 そう言い、サーベルをスッと抜く。

 それは今までの機械の身体に頼った力とは違っていた。優秀な兵士として鍛錬に費やしてきた長い年月が感じられる、綺麗な動作だったのだ。

 エミリー先生によってボロボロにされた尻尾もあるが、使おうとする仕草もない。


「良いよ。そんなに言うなら愛の力ってやつを見せてやろうじゃないか。

さっきからお前にはムカついて、斬りたくてたまらなかったんだ。頭を踏まれた事、絶対に許さないからな」


 今の彼女を表現する言葉が浮かばないが、敢えて言うなら緊張感のある空気を纏った状態とでも言えばいいだろうか。ピリピリしている。

 身体は重症で隻腕。人質あり。戦い方も見られている。絶対のピンチだ。

 その筈なのに、何故だか一番の手強さを思わせた。単なる精神論とされ近代戦術から切り捨てられた背水の陣であるが、こうして実際にやっているのを見ると捨てたものでもない。


 片手のない腕で勇ましくサーベルを構えた。


 静かに目を瞑りつつ、息を整えながら右手に握ったサーベルを上に持っていく。自分の目の高さに刃を水平にして構えた。

 古流剣術に見られる構えで、構えの通り相手の眼を狙う事に特化しており、「霞がかかって見えなくなる」という意味で「霞の構え」とも呼ばれる。

 本来はもう片手で柄尻を押すように添える物だが、無いのだから仕方ない。


 父上の型と同様に実戦的な構えだ。ただし目を狙うという危険性と、木剣の試合では点数となる胴と小手を晒すという事から現代では滅多に出てこない。


 先程まで苦笑いを浮かべていた表情から油断が消え、研ぎ澄まされた切れ目は父上へ集中する。

 それは父上も同様で、形だけ見れば笑っているように見える垂れ眼は、シオンをよく見据えて観察していた。


「「勝負!」」


 シオンは片足で勢いよく一歩を踏み込んだ。

 だが、斬る為ではない。突く為でもない。踏み込んだ反動を利用して半回転した。軸はやや斜めに傾いている。

 回転によって真っ先に見えるのは背中。そしてすぐ後に出現したのは真鍮色の尻尾だった。

 斜め回転の軌道で現れたその先端は超質量のハンマーとなり、父上を圧さんと稲妻の如く振り下ろされる。


───ズドン


 破壊音。

 同時に先程まで石畳として敷かれていた敷石だったが、小さな瓦礫になって宙を舞う。

 小さいといっても粉粒のようになった訳ではない。石畳は見ている分には平たく優雅に見えるが、個別の敷石として見ると分厚い煉瓦のような石を埋め込んでいる構造をしているからだ。


 そして、父上はそんな威力を持つ鈍器を向けられた訳だが、ボクは大した心配もしていない。延々と続く長編小説の幽霊よりもしぶといあの男が、この程度で終わる訳がないという安心感があったのだ。


「やるね」


 そう言って瓦礫の中から出てきたのは、バックステップで攻撃を回避した父上だ。低空ジャンプのような避け方だったのか、まだ着地は済んでいない。

 しかし「この程度で終わる訳ではない」と考えていたのは、ボクだけでは無かったようだ。


「逃がさん!」


 次いで、突く構えのままのシオンも瓦礫から飛び出て来る。

 ただし父上の正面からではなく、かなり上に跳躍した状態からだ。これはどういう事かと全体を見てみると、答えが分かった。


 尻尾の先が地面に突き刺さっていたのだ。

 尻尾で叩きつけと見せかけ、めり込ませる事で尻尾そのものを地面に固定。腰部に尻尾が直結しているシオンは勢いで宙に跳び上がる事が出来る。

 かなり無茶な使い方だったらしく、尻尾の関節の節々からは黒ずんだ煙が漏れていた。あれではもう使い物にならないだろう。


 だが、彼女にとって捨て身で尻尾(緋サソリ)を捨ててでもやりたい事だというのはよく分かった。


 そして、頭上からの攻撃というのは、一言で言えば「ヤバい」。頭上から攻撃を避ける事は、物凄く難しい行為だからだ。

 単純に視界が違い過ぎる。現代でも銛突きや狙撃といった例もあるように、上とは得てして敵にとっての死角なのだ。

 受ける側は顔から正面しか見る事が出来ないのに、上に居る者は相手の全身を見る事が出来る。

 全身を見れるという事は、重心の変化も解るし視線だって解る。達人なら相手の避ける方向を予測して攻撃を放つことが可能だ。

 しかも空とは、大抵の場合視界を邪魔する光が存在する。今だって月光や照明が存在する。これは見上げる側にとって不利な事だった。


「こっちが本命だぁ!」


 シオンの手より、サーベルによる必中の刺突が天から放たれようとする。

 その様はまるで、嘴にて雲の向こうから水中の魚を狙う海鳥の如くだった。

読んで頂きありがとう御座います。


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