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215 ヒーローの登場

「……ふう」


 一分近く大爆笑の悪人笑いをしていた父上だが、流石にテンションの維持が難しかったのかスンと笑うのを止め、石垣に座り直す。

 その時の父上は、なんともつまらなそう顔をしていた。八の字にした眉毛。嘘偽りのない溜息。死んだハゼのような口。


「なんかさ。飽きてきたし、そろそろ自殺するの止めれば?」

「クッ、誰がお前の言いなりなんぞに」

「ああ、そう。まあ良いけど」


 そうして父上は再び事務的にシオンの頬を蹴り続けはじめた。

 別に強く蹴飛ばしている訳ではないが、必死に嚙み切ろうと伸ばし切った舌に痛みを与え続ける効果がある。

 これはこれで自殺しようと試みるのが嫌になる。つまるところ、単に嫌がらせだった。


 そんな痛々しくもどうしようもない事を前にして、何も言わず見てるだけのボクは酷い奴なのかも知れない。

 それでも具体的な代案を出せないで能力の無さを言い訳にするのも違う。力が足りないながらもウチに戦いを挑んだウィリアム氏もこんな気持ちだったのかも。

 もしかしたら、本当は犯人の二人を上の立場から罰し許せる資格を持つ者なんて居ないのではないだろうか。


 意識が父上よりも二人に向いたからなのか。

 そういえばと彼女について気になる事が頭に浮かぶ。なんで今まで気にならなかったのだろう。


「父上。ウィリアムの真の目的が別という事は、本物のシオンに会いたかったという話も嘘だったのでしょうか」


 父上はピタリと足を止めた。

 少しだけ表情筋が緩んで生きたものになるが、直ぐに仕事の用の形に戻った。


「いや、嘘って訳でもない。国家予算規模じゃないと深海にぽつんとある『賢者の石』の探索するプロジェクトを組むのは難しいからな。只……」

「ただ?」


 きょとんとボクは、無意識の内に小首を傾げていた。

 シャルも釣られて傾げている。かわいい。


「読心術を持つお前が一番解っていると思うが、マルかバツかで表せるほど人間は単純でもない。お前も俺の心を読めても、これからどうするかは読めないようにな。

これは、もうウィリアムが『第二第三の緋サソリを作れない』って事に関係しているんだ」

「作れない?それってどういう事でしょうか」


 父上がウィリアム氏を直接連れて来なかった事と何か関係があるのだろうか。

 この言葉に耳を疑ったのはボクだけでは無いようで、地べたを這うシオンもそうらしい。寧ろボク以上に驚いいていると思う。彼女は拘束を解こうと、無意味且つ必死に震えるのも止めて目を見開いていたのだから。


「それはだな……おいハンナ、『アレ』はどんな感じだ?」

「そろそろかと。『シオンの身柄は預かった』と、写真付きのメッセージも渡しましたし」


 何時の間にかハンナさんが父上の後ろに立っていた。驚きで思わずギョッとしたが、ぐっと堪える。ハンナさんの出現って何時もこんな感じだから免疫が付いたのかも知れない。

 彼女の代わりに暗部の男が居ないが、きっと交代したのだろう。

 もしくは退勤時間だったのかも知れない。ハンナさんは上司だから最後まで勤務を果たすのかも知れないな。うんうん。


 父上は呟く。


「ふ~ん、まあまあ速いな。結構な事だ」


 要領を得ない会話をするので、ボクはよく考えて行間を読もうとした。

 しかし結論が出る事は(つい)ぞ無かった。何故なら答えを出す前に、結論が向こうから物理的にやって来たのだから。


 『答え』は庭園の中心である大通りを駆けていた。

 そして真ん中に位置するこの噴水へ、大声を上げながら到着したのである。


「う、うわああああっ!」


 やたらと聞いた筈の声。

 しかし、その正体を理解するのに時間がかかったのは、普段の暑苦しく力強く、しかし余裕のある声ではなかったからだ。

 ボクの耳に入るのは、悲鳴にも似た必死さで埋め尽くされた弱々しい大声だったのだ。


 夜闇を裂いてやって来る者。

 それは、シルクハットを被る事で一本の柱の様な人影をしていた。近付くに連れて姿が浮き彫りになっていく。

 首元には蝶ネクタイとペンダント、一般的な貴族の紳士の格好であるが、走って来た為か衣装は乱れ優雅さは感じられない。常に持っていた、銀の飾りを持つヘーゼルナッツのステッキも何処かに落してしまったそうである。

 だけど彼には少し重そうな、腰のサーベルは忘れていない。


 現れたのは此処に絶対来てはいけない者。ウィリアム・フォン・ローラン子爵だったのだ。


 彼は踏み(にじ)られるシオンを見、一瞬で状況を理解したのだと思う。疲れも気にせず、今にも破けそうな貧相な肺から叫びを上げた。

 己の安全よりも、声を上げる事が大切であるかのように。


「シッ、シオンを離せえええええ~~~っ!

狙いは僕なんだろう?僕は此処に居るぞ!だから彼女からその汚い足をどけろよぉ!」


 それは向こう見ずな勇気だった。

 だけども状況が解っていない訳でもないらしい。その高揚した感情とは裏腹に、足には震えが見られて、表情も若干青白い。

 何より声そのものが腹の底から出ていなかった。


 怖い、それでもやらなければいけない。

 彼の心を読むとしたら大体こんなものか。思っていると父上が柔らかい笑みを浮かべていた。


「おお、言ってる傍から来たな。バカは来るってヤツだ」

「バ……バカで悪かったなっ!で、でも其方にとって断る必要もないだろ」

「あ~そうだな。此処で許すのもまた一興か……フフッ」


 そうして父上は、しかたないなといった感じの独特の顔を作った。

 その様子を見、裁かれるのは自分のみであるという事を感じたウィリアム氏はホッとする。


 だが、次の瞬間だった。

 その光景はまるで、地震を起こす巨山を思い起こすものだった。はじめは少しだけ。しかし段々、段々と強く揺れていく。

 父上の肩が、口元が、声が。それらが合わさり、一気に全てを破壊せんと姿を面に表した。


「って、馬鹿じゃねーの?

フフッ、ククク、アハハ、ギャーハッハッハ!

んなわけねーだろ!!何度でも言ってやるよ、バ~~~カ!!!」


 一変。

 先ほどまで『作っていた』慈悲に溢れた表情がひっくり返る。

 再び父上は、くしゃくしゃに口端と顔を歪ませ、天まで届く大笑いを上げる。吐き気を催すような黒い愉悦感に満ちた笑みがそこにあった。


「折角『餌』に『獲物』が掛かってくれたんだ。当然、両方とも捕らえさせてもらうに決まってるだろ」

「なっ!」

「都合の良い僅かな期待を抱いているんじゃねーよ。このバカッ!初めからこうなる事が狙いだっての!だからお前はバカなんだよ、このバカッ!」


───ペッ


 父上は人質(シオン)の顔にツバを吐きかけ、笑いながら上から何度も踏みつけた。ウィリアム氏はショックで何が起こっているのか理解できず、呆然と立ち尽くす。


「ふ~っ。

いいか、王都の派閥の中で、お前は『緋サソリ』と関係ない事になっている。だからシオンが捕まった場合、派閥の兵隊を使えない。

お前自身の力で、コイツを取り返す必要があるんだ」


 少しテンションを下げて淡々と喋り出すが、先程ではない。どちらかと言えば、今すぐ笑いこけたいけど、説明の為に態々トーンを下げて自分を落ち着かせている感じだった。


「では仮に『緋サソリではないシオン』という一個人を助けに行くという名目ならどうか。残念ながら助けは来ない。

俺の権力はムチャクチャ強いから、単なる護衛一人に貴重な戦力を貸すのも嫌がるだろうな。

寧ろ、それに乗じて今まで築いてきた派閥の力を削ぎ落そうとしてくるかも知れんね。所詮は金と恐怖で従っている連中だ。

こういう行方不明の事例は、普通憲兵に頼むものだが、そいつらは俺の部下だから先ず動かんし。てゆーか、お前がグチャグチャにしたばかりだから、構ってる暇もない」


 『緋サソリ事件』の視点だけでシオンを優先的に捕まえるのは、知識が同様程度のものだったけど、全体的にはそう見えていたのか。

 シオンでもウィリアム氏でもない。父上が狙っているのは『両方』だった。彼は自分の足の下へ視線を向け、踵で唾を擦り付ける。


「で、捕らえられたのが逆にウィリアムだったならだ。

シオンは全ての罪を自分に被せ、あらゆるネタバレも駆使してお前を逃がすだろう。コイツは自己犠牲精神の塊だからな。

そうすると外に広がる情報的に、ちょっとこっちも面倒臭くなるんだよね。何人か余計に『消す』必要が出てくるし」


 怖い事を言う父上に身震いした。

 しかしそこで、再びハッと思いついた事をそのまま言う。質問は後でするものだけど、なんか此処で言わないと勝手に話が進んでしまいそうだ。

 なんせボクには表面的にしか見えないけど、父上は全てを知っているのだから。彼に歩調に必死で喰らい付かなければいけない。


「しかし父上、ウィリアム氏がそのままシオンを見捨てて、そのまま何処かに逃げた場合は?」

「ん?それは無いな。だってコイツ、今のシオンを愛しているもの」

「……へ?」


 一転。


 何時も通りの表情になった父上が、当たり前のように返してきた。唖然としたのはボクだけではない。シオンも同様だった。

 緋サソリになっていた時や父上のネタばらしやらで、色々リアクションを取っていた彼女だが、一番凄い顔をしていたかも知れない。


 だが取り敢えず、自殺を止めさせる事には成功したようだ。

読んで頂きありがとう御座います。


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