214 悪には巨悪をぶつけるんだよぉ!
王都議会における期待の超新星、ウィリアム派閥。その正体とは、緋サソリというギミックを使った自演行為で作られたものだったのだ。
故に、その事実を知るシオンの価値はぐっと上がる。言葉とは裏腹に、丁寧に扱われるどころかボロ雑巾の如く踏まれ続けているけれど。
声色からちょっと私怨も漏れていた。
「そんな重要な『駒』が自分を大切にしないのを放っておくなんて、ウィリアムって奴は指導者として二流も三流も良い所だよ。
ぶっちゃけ見てて、折角の教材が今にも自爆しそうで危なっかしかった」
この言い分からしてウィリアム氏もかなり前から監視していたようである。父上は鼻で笑って、皮肉気に言葉を弾ませた。
「そういや分かるか?あいつの本当の目的。爆笑もんだぞ」
「賢者の石を探して本物のシオンに会いたいのでは?」
何気なくボクが聞いた時、シオンが否定する為に弱々しく唸った。ウィリアム氏と同等の知識を持つ彼女は、次に出てくる言葉も予想がつくのだから。
「だ……黙れ……あの人を馬鹿にするなっ……アグッ!」
だが呆気なくその脳天に軽く踵落としを食らわせられ、再び強制的に黙らせられた。
あれだけの事をしてきた彼女だがウィリアム氏に対して強い想いがある分、少しだけ可哀そうにも思えてきた。同調意識というものか。
だが、それを知って尚も、父上は悪役を演じ続ける。
「アイツな、あの程度の頭で独立国を作りたいんだとさ。
アダマス。お前が勇者の転生って事は意外と貴族の間で有名って事、知ってる?」
「いいえ……」
父上は適当に頷く。
「そうかー。まあ、一部じゃ結構有名なんだよ。修業時代から散々自分の夢の事言いふらしていたからな。話が進まんから取り敢えずそう捉えといてくれ」
「はあ……」
「さて。自分が転生症って知ったのが、ついこないだだろ?まあ、未だ公式に認められていない病気だしな。
でも、実は転生論ってエミリーの論文以外にも経験則で色々な家で秘伝や言い伝えとして知られているんだ。
神官や歴史家。他に医者なんかの家系だと特に多いんだが、学界では認められていない分、こういう所では熱心に研究されていてな。
本格的なものになるとサークル活動みたいに組織だって研究されていたりもしている。金持ちの道楽ってやつだな」
「あ~」
相槌と同時に喉につっかえていた物が取れるような感覚があった。
攫われた時から黒幕は誰だと考えていたが、恐らくこういった連中だったのだろう。その考えはやはり正しかったようで、父上は次々に説明してくれた。
緋サソリとしての活動に対する技術と費用を提供している『スポンサー』も貴族による私的な研究組織の一種だった事。
具体的には有力な派閥の議員である王宮貴族とその手下達だった事。
それ故に、入会には議員の信頼に基づいた人脈とコネを必須とするもので、存在そのものが都市伝説レベルに曖昧だという事。緋サソリとして活動している最中、偶然このコネを見つけてしまったらしい。
かなりの力を持った組織らしく、転生論の他にも、ナナハンをはじめ様々な発掘品なんかにも手を出していたのが分かっているという事。
つまり今回の背後に居るのはミアズマでは無いという事だった。
なんでその都市伝説の中身を王宮に通ってもいない父上が知っているかは黙っておいた方が良いのだろう。
表向きには武力を大して持たない事になっているウチは諜報特化だから、悪い意味で大体予想は付くけど。
「そんな訳で、だ。今の王国に不満を持つウィリアム派閥の皆さんは勇者の転生であるアダマスを神輿にして独立国かんせ~ってな。
緋サソリから誘拐されたアダマスを格好良く救い出し、同時に俺に対する弱みにするらしかったらしいな」
軽く言うが衝撃を受け、そして小さな感情が湧いてくる。これは、怒りだ。
悪事そのものに反応している訳ではない。
彼らの考えている事は二人の王を望まなかった『ボク』への冒涜だという事に怒りを覚えているのだ。
もし、此処に居るのがボクではなくて『ボク』だったなら、間違いなく喜んで父上と一緒にシオンを足蹴にしていただろう。
しかし何とか思いとどまる。怒ってくれるのは父上の役割だから。
気持ちを静める為、疑問に感じたことを聞いてみる事にした。
「……ところで、その誘拐計画ではボクが現場に来ないという可能性もあった訳ですが」
「ああ。寧ろ本来はそっちの方向で計画を進めていたそうだな。
本来は普通に海図を盗んで騒ぎになっている間に、海図をちらつかせてお前を誘き寄せて密かに拉致る予定だったらしい。
ただ、お前が直接来るとか言っちゃったものだから、兵舎で誘拐する事に切り替えたそうだな。
つまり海図とは『準備していたけど、結局使わなかった策』と考えてくれ」
「なるほど……。因みに情報源は?」
「主に計画成功の為に裏で手を回していた『スポンサー』の皆様方だ。『自然豊かな秘密のスポット』でお招きし、誠意を以てお話してね。
はじめは非協力的な彼等であったが、俺の『気持ち』が伝わったのか『快く』協力してくれたよ。感動の余り熱い涙を流してくれたねぇ」
感情が動く事も感動って言うなあ。父上は笑ってない眼で幸せな顔を作っていた。
因みに秘密のスポットって、言い換えれば『誰も来ない場所』って意味にも取れるよね。そこで思い浮かべるのは、ラッキーダスト家の所有する山奥などには暗部育成の為の隠れ里があちこちあるらしいという事だ。噂話にしか過ぎないが、ほぼ事実だと勘が告げている。
そこで今回何が行われていたのか。詳しくはまだ聞かない方が良いのだろう。
父上は大袈裟に胸と腕を大きく広げると、天に向かって叫んでみせた。今度こそ作り物ではない心からの声である。
それは愉悦でもあり、哀れみでもあった。
「つまり!
独自の派閥を作る為に!
自分から尻尾振って首輪を嵌めて!
乗っ取られるのがオチな、成功も危うい独立国の為に尽力していたと来た!
だから言ってやるよ。ば~~~~っかじゃねぇの!?」
天を突く巨大な叫びが、庭園中にめいっぱい広がった。
すると父上の足元から服を擦り合わせる音がする。そこではシオンが悔しそうな顔でモゾモゾと動く。
「そんなのやってみなければ解らないだろう!貴様に何が解るというのだ!」
「いいや、手に取るように解るね!
実際に『スポンサー』と戦ってぶっ潰した俺の感想だ。ウィリアムは所詮、子供でも倒せるような雑魚なんだよ!
そして事実、お前は負けた。受け入れろ!」
「……くっ!」
シオンは言い返せない。
内心では解っていたのだろう。しかし、ウィリアム氏と共に行くと決めた彼女には、彼を止める覚悟は無かった。
止めてしまったら、此処まで来るのにあらゆる手段を尽くしてきた彼には何も残らないのだから。
だからなのか。せめてものあがきに彼女は死を選ぼうとした。舌を噛み切ろうとする。
しかし、成そうとした直前に顎の動きが止まった。どんなに力を込めても、咬筋が意思に抗うのだ。
その様子を見て、父上が噴出した。
彼は態々石垣から降りてしゃがむ。いわゆるウンコ座りだ。
その状態から、自分の顔が彼女によく見えるように顔を近づけた。目を全開まで歪ませ口をタコのように尖らせた、これでもかというくらい馬鹿にした顔だった。
「ブハッ!うける。超必死でおんもしれぇ~顔しとるわ。
シオン、ウチも改造人間の研究には金を注ぎ込んでいてね。
意識が曖昧な内に身体の機械部を弄って自殺が出来ない様にさせて貰ったわ。ねえ、どんな気持ち?NDK?NDK?」
バスケットボールを掴むようにシオンは顔を持ち上げられて無理やり視線を合わされる。
彼女は泣きながら舌を出して震えていた。