211 オルゴート・フォン・ラッキーダスト
ボクん家の庭園。その中央通りの噴水前にて。
噴水の水が零れないよう囲む円形の石垣は、人が座れる高さを持っていた。現に座る人間が一人居る。
父上だ。
彼は腕を組み、石畳に跪くボク達をジイと見ている。
何処か威圧的に感じられるのは、絶妙な明かりの当たり加減で目元だけが影に隠されているのも一因かと思われた。
父上がどういった経緯で座っていたのかは、実は謎だ。
あれからボクはエミリー先生におんぶして貰い、何でもない事を楽しく話しながら帰宅したら、何故か父上がスタンバっていたのである。
「「ごめんなさい」」
エミリー先生は本日の顛末を隠し事なく、特にボクを危険な目にあわせてしまった事については敢えて力説した。
それらを父上が黙って聞く。彼は軽く頷き、重い口を開いた。
「そうかい。反省はしているんだね?」
「「ハイ、勿論で御座います。だから……」」
先ほどからエミリー先生とボクの声は打ち合わせでもしたかの様に合わさったままだ。実際はそんな事ない。只、互いに全く同じことを考えているだけだ。
それ故に次に言う台詞も解ってはいるのだが、それでも言わなければならない。
「アダマス君だけは」「エミリー先生だけは」
「「許して下さい!!」」
やっぱりね。
はじめて違った意見を口にしたボク達は、地面に額を付けて父上に懇願した。土下座というやつだ。
父上の溜息が、流れるように耳元へ入ってくる。
「ま~、反省しているなら良いんじゃないかな。取り敢えず面を上げなさいな」
この時、読心術を全開に発揮していたのだが父上の声からは不思議な気持ちが読み取れた。
いい加減な気持ちと注意深い打算性。そして愛情という、それぞれに反発する感情が混ざったようなものである。
心そのものは読めているのに、何を考えているかは解らない不可思議ものだった。
面を上げると、父上が少し顔を置く場所を変えていた。
先ほどに比べ全体像がハッキリと見える。そしてボクは顔を見れば少しくらい考えている事は読める。
ところが、これに関しては何を考えているかは全く解らない。
緊張感のない顔をしているのに、緊張感が伝わってくる。しかし顔つきは偽りでもない。どうしろっていうんだ。
「まあ……おっと、この『まあ』って言葉をさっきから連呼してばっかだね。でも、まあ。便利だから使わせてもらおうか。
今回の件だけど、まあ、反省しているなら別に罰するつもりはないさ。
ラッキーダスト家次期当主アダマスも、次期当主第二婚約者兼侯爵領専属錬気術士のエミリーも、代わりの利かない人材だしねぇ」
「まあ」という言葉を使い、考えながら話しているように見せているのだが、その実は全く用意された台詞だ。迷いが無い。敢えてそうしているのは好みの問題と思われる。
それにしても、まるでこうなる事が解っていたかのようだ。ボク達が帰ってきたタイミングで、丁度石垣に座っていたのも、そうとしか思えない。
「あ、ええと。気になるのですが、この反省を踏まえて行動の制限とかは出るのでは……。
例えば外出など」
危険物にでも触れるかのように、恐る恐るとボクは聞く。
しかしだ。父上はニマリと口端を吊り上げた。彼は人差し指を立ててウインクをしてみせる。ちょっとうざい。
「それについての答えは『今まで通り』だな。
良いかい?我が息子アダマスよ。
反骨から来るものでも、向上心は子供の成長には大切な事だ。
だから『敢えて』見逃してみたのさ。勿論、何時失敗しても良いように予防線を幾重にもしっかり張ってね」
それを聞いてギョッとする。
つまりボクは、父上のレールの上を渡るのは嫌だって言うけど、そう動く事は予想の範囲内でレールの上を走らされていたって事じゃないか。
父上は後頭部を掻く。これに関しては何か思い出しながら片眉を上げつつ話し出した。
「思い出しながら」とはいうものの、それは決してボクに対する返事に迷っていた訳ではない。
それはボクが緋サソリと向き合っていた時に、何と向き合っていたかという全体像だったのだ。聞けば聞く程、膨大な情報量である。
「俺もこういう立場だからさ、王都の策略に付き合うなんてしょっちゅうの事なんだ。
今回の事も、漁夫の利を得ようとする『別勢力』が居たりして、全貌は『もうちょっと』複雑に絡んでいたんだよね。緋サソリに協力していた『黒幕』も一種類じゃないしなあ。
その辺は流石にアダマスには荷が重いから、前もって全部『封じ』させて貰った。只、相手もそれなりにやり手だから、色々と変則的な事態も起こったりでな。
だから、全体の巨大な動きから見れば、緋サソリ事件という『点』の中でつっ立っているだけにしか見えない『只の子供』の行動も読めないようじゃ、此処の領主は務まらいって事だな」
───大魔王
父上の話を聞いていて、真っ先に頭に浮かんだことがそれだった。だってどれだけ必死で戦おうとも、最終的にあるのはこの人の背中なのだ。
どんなベクトルから仕掛けようと、暴力も策略も全てが対策済み。夢の中で『ボク』が出会ってきた誰よりも恐ろしい存在が此処に居る。
しかし、これこそが『ボク』の主張する「暴力だけじゃ駄目だ。人はもっと綺麗に戦える」への答えかも知れない。
故に呆ける事しか出来ず、直後に冷めた感情が湧き上がる。
自分が何かを成したという事実なんて、本当は全てこの大魔王に作られた物に過ぎないのではないかと。
すると父上から声がかかる。
なんだ、そう思う事も読んでいたっていうのかい。皮肉屋な性格に捻じ曲がりそうだよ。
すっくと石垣から立ちあがった父上はボクの頭に手を寄せ、そして頭を撫でる。エミリー先生とは違う、ゴツゴツしてて大きな手だった。
父上から撫でられるなんてどれくらい振りだろう。
「確かにさ、ぶっちゃけレールを用意するのは俺だ。
でも、途中で石ころに躓いてから渡り切れるかどうかはまた違う。そこはアダマス自身の力だよ。
今回も上手くやればもっと綺麗に渡れるレールだった。
つまり俺は、他よりもちょっと教育熱心で、ちょっとお金持ちなお父さんってだけさ」
「……」
「後は、物凄いハンサムだ!」
声を大きくした父上が歯を光らすが、敢えてボクは無言を貫いた。
無視しても何も気にせず話は進む。心臓に毛でも生えていそうな人なのでこういう流れは当然といえば当然か。
ただ、その時には少し真面目な声に切り替わっていた。
「それに失敗を知らない領主の采配ほど怖い物はない。石に躓く経験のないスポーツ選手のようにな。
だから寧ろ、今回の事で失敗を経験してくれた事に嬉しささえ覚えたものだ。子供の頃の失敗は非常に勉強になる。
だから今後もどんどん反骨心を持って良いし、どんどん失敗してくれたまえよ若人よ。領内での失敗なら、俺がどうにでも出来る。
子供の失敗は、親が責任を持って尻ぬぐいするものだからさ」
撫でられているから顔は見えない筈なのに、何故か自然な笑みを浮かべていたのが解った。親子だからかな。
そんな事を思っていると、父上から予想外の一言が飛び出る。
「だから俺は『コイツ』も敢えて見逃しておいたのさ。
アダマスの『教材』としても丁度良かったし、何より事を起こしてくれた後の逮捕の方が、『処分』は楽だ」
ぱちんと指を鳴らす音がして、それに合わせて闇から溶け出る様に暗部の男がやってきた。何処にでも現れるな。
ボクがするべき反応としては暗部の突然の乱入に驚くところだろう。だけどそれよりも小脇に抱えられている物に目が行ってしまってそれどころじゃなかった。
彼の小脇には動けないよう拘束されたシオンが抱えられていた。太い鎖に巻かれている姿はまるでミノムシだ。
意識はあるらしく、瞳は殺意に溢れていた。
読んで頂きありがとう御座います。
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