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207 ボクのエミリー先生

 エミリー先生のトラウマとも言える尻尾ワイヤーの出現。

 これが原因で彼女は撃てなかった。これが原因でボクは連れ去られた。


 嫌な思い出が蘇ると同時、緋サソリが考えなしに跳んだ訳でも無いのが解った。


 例えばこの軌道から空中でワイヤーを使ってボクを手にし、そのまま尻尾を振った慣性を利用して身体の向きを少しだけ動かせば、ビルの中に窓から飛び込む事が可能だ。

 更にビル内から裏手へ抜けてスラムといった細い道が絡まるルートへ入ると、尻尾クレーンで三次元的な動きをしつつ逃げられるかも知れない。

 エミリー先生のローラースケートは、障害物だらけの場所ではワイヤーアクションより不利そうだから。


 やばいかも。しかしその不安は杞憂の物になる。

 突如空気を切り裂き、地上から空に向かう人影が。尻尾とボクの間に立ちはだかるのはエミリー先生だった。


「やらせないよ」


 ここ空中だぞ!?

 緋サソリでさえナナハンを犠牲にした踏み台を使ったのに。


 気になって視線を下にずらすと、彼女の履くヒールの踵の辺りが月光に反射してキラリ光る。そこには半円を描くフレームの様な、金属部剥き出しの機器が見えた。

 内側にはとても太いバネがある。見ようによってはカボチャの蔓に見えなくもない。まさかアレで跳んだのだろうか。


 エミリー先生は余裕綽々といった様子で正面。つまりは緋サソリへ話しかけた。その片手にはクロユリが握られ、ボクに向かう尻尾の先端に向けられた。

 軽い一言と同時、クロユリが『開花』した。


「やあ、こんばんは」


 『傘』を開いた状態にしたのだ。

 液体金属で出来ているが故に、硬質化する事で『盾』となる。


 更に宙を星の粉が舞った。開いたところで回転機能が無くなる訳でもない。ドリルと同じ原理で盾が回ったのだ。

 開花したクロユリと尻尾ワイヤーが激突するが、一瞬で尻尾を『消滅』させるレベルの回転と、人一人が増えた程度で止まる工業用クレーンとの戦いなのだから結果は明白である。

 カンと空っぽのヤカンを叩いたように虚しい音を立てて尻尾はあらぬ方向へ弾かれていく。


 しかも今回の尻尾は関節部が繋がっている訳ではなく、ワイヤーで繋がっているだけの状態なので、弾かれた後に絡まった釣り糸の様に酷い有様になるというおまけ付きだ。


 その隙にエミリー先生は、空中で落下途中のボクを片手で受け止め、手首を捻る事で傘を畳むと同時に先端を緋サソリの顔に向ける。

 正面を見据える義眼からは、鋭く赤い光が発せられた。


「そして、さようならだ」


 傘の先端が撃ち出された。


 途端、ああそうかと納得する。

 中空な三角形と、やけに変な形のハンドルだとは思っていたがそうではない。アレは、傘のハンドルではなく骨組みだけで出来た『銃床(ストック)』だったのだ。

 素材が木という壊れやすい物ではなければ、こういう形の銃床といった発想も『あり』なのだろう。


 ライフルを両手で構えて狙いを付ける時にそれを肩に当てる訳だが、今回は片手でボクを担いだままなのでやらなかったと思われる。

 多少命中精度が落ちる芸当だが、その辺は予測機能で緋サソリの行動を予知できるので問題は無し。

 それにしても、ライフル片手撃ちとはかなりの筋力が必要な筈だったんだけどなあ。さっきのカーチェイスの時にも言っていた筋力補助を利用していると思われる。


 射出された傘先端の巨大針は、緋サソリのヴェネチアンマスクの中央へ綺麗に吸い込まれていった。


───ズドン


 衝撃音と同時。

 仮面の破片が宙に飛び散り、緋サソリは石畳へ叩き付けられる。そんな衝撃では常人なら首がもげて即死の筈だが、改造人間の緋サソリは強力な首の力を有しており、仮面だけで受けても間一髪で耐え切れる事が出来た。

 頭蓋骨へ届かなかった事を確認したエミリー先生は、何の感動もない表情で握り手を動かし次弾を装填する。


「ふ~ん。一応、龍の鱗も貫通する設計なんだけどなぁ。丈夫な仮面だね。君の裏側には大層なモノが付いているらしい」

「いやいや、エミリー先生。ちょっと待って下さい」

「ん。どうしたんだいアダマス君。

どうして私が空中に居たのかは、単純に予測の範囲内だったってだけだぞ」


 先程までのピリピリした様子がコロリと一転。何時もの声色で普段の掴みどころのない会話になった。こんだ状況だというのに、そんなエミリー先生にホッとする。

 でも、そこじゃないぞ。


「それともさっきのスーパージャンプかい。

バネ足パンプキンの超加速の反動を受け止めるスプリングだし、多少はね?」


 確かにあれは凄いジャンプだったけどさ。ビルの窓に届く位に、地上何メートルだよって感じだったけどさ。

 でも、論点はそこじゃないんだ。これから彼女のやろうとしている事が、読心術でよく分かる。

 ボクの読心術で詳しく解るのは嘘か本当かの程度だけど、別に種も仕掛けもない超能力って訳でもない。結局その根源は仕草から読み取る物だから、あからさまなモノのは結構解るものだ。


 なので、口を挟ませて貰おう。


「エミリー先生。

貴女はトドメを刺して殺してやろうと思っているのでしょうが、ダメですからね」


 一瞬彼女は眉の間に凄い皺を寄せた。怖い。

 そんなボクの表情を見たのか、ハッと直ぐに上を向いて深呼吸した。落ち着きを取り戻した彼女は、されど唇を尖らせる。


「ふ~ん……でも私、すご~くコイツにムカついているんだけどなぁ。文字通り殺したい位に。地獄の苦しみを味わって欲しいんだ」

「それでもダメ」

「法的には死刑でも許される範囲だし、追跡中の事故でも十分納得の範囲なのに?

少なくとも目の前のコイツはそれ位の事はしてきたよ。

まあ、そんな建前はさておき。私はね、どうしてもユルセナイんだ」


 明るい口調。憎悪に満ちた目付き。


 ボクへの愛を根源とした、優しさ故に巨大な憎しみと怒りと哀しみがズンと身体にぶつかってくる。

 それは己に対する使命感に近く、何とも毒々しく、恐ろげなものだった。彼女は『敵』を消滅させようと、回転を最高潮にしたクロユリ片手にジワジワと緋サソリに詰め寄っていく。


「ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ……」


 気付くとボクは、ぎゅっと彼女のドレスを握っていた。

 確かにこの人は『ボク』ともボクとも違う。ボクが二人居ても比べ物にならない位頭が良いのだろう。


 それでもダメなんだ。

 『ボク』は些細な事から暴の道を歩み、そして、虚しさを知っても帰る場所を得る機会があっても戻る事が出来なかった。

 たった一瞬だけど、そんな『ボク』とエミリー先生の姿が重なったのだ。


 あの時の『ボク』になって欲しくない。

 エミリー先生は、自分一人では引き金を引くのに戸惑うくらいに何処までも人間臭い人間なんだ。どんなに凄い戦闘力があったところで、兵士でも戦士でも殺し屋でもない。

 泣いて、笑って、愛してくれる。そんなボクの、優しいエミリー先生なんだ!


 確かに引き金を引けなくて絶望していた状態から立ち直り、ボクを助けに来てくれたのは凄い成長だと思う。

 でも、一度こういう事をやってしまったら、平気で『消滅させる』という選択肢を選ぶ人間になってしまう気がする。

 感情だけで躊躇わず誰かを殺す事に躊躇いを失い、後から自分独りで罪悪の全てを背負うような人間になって欲しくなかった。

 そこまで変わる必要は無いんだよ。


「ダメッ!」


 強く言う。

 本当は抱き寄せたかった。でも、そうしてしまうと彼女の握るクロユリがボクを巻き込んで、場合によっては彼女自身も大怪我をしてしまうだろう。

 だから情けないけど、臆病なボクはドレスを握る手にもっと力を込めるしかなかった。


 エミリー先生は、そんなボクの眼をじっと見る。

 彼女は詰め寄る足取りを止めていた。戸惑っているとも言える。そんな状態から一言、ボクに問うた。


「君が見ているのは、他人の眼?自分の道徳観?それとも、私?」

「……え?そんなのエミリー先生に決まっているじゃないですか」


 当たり前の一言。

 しかしその一言が何か刺さったようで、彼女は目を薄開きにして深く考え込んだ。何時も高速思考を使って一瞬で答えを出してきた彼女にしては珍しい。

 暫くの無言が続き、目を再び開くとフンスと息を吹いて肩を落とす。


「……アダマス君がそう言うんじゃ、仕方ないか」


 傘の回転は止まり、先端が下ろされた。


 仮面の取れた緋サソリの顔へエミリー先生の視線が向けられる。

 演技も混ざっていたし、『素の姿』ではあまり喋らなかったから、声からは特定出来なかったけど、やっぱり君だったかと腑に落ちる。


「だから私の可愛い旦那様に感謝するんだよ?ねえ、【シオン】君」


 時に政治的な話をして、時に無理をして演技がかった口調で話す。時に冷酷であれば、時に激情を見せる。

 仮面の裏側から見せた鋭い目付きの正体は、シオンの物だったのだ。

 緋サソリ襲来の際にはじめにやられた筈のウィリアム氏の護衛である。


 確かに兵舎で見たシオンは『偽物』じゃなかった。

 しかし、はじめから緋サソリと同一人物だったと考えれば辻褄は合っているのだ。

読んで頂きありがとう御座います。


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