205 「呪い」「復讐」「狂おしい恋」
なにか緋サソリの気を逸らせられる物はないものか。
そこで思いついたのが、エミリー先生に対して気になっていた事だった。前にルパの町でも、エミリー先生の能力についてはザックリと聞いていた。でも、ちょっと疑問な部分があったんだ。
ボクが気になるのだったら、緋サソリも気になるのではという単純な理由だった。
「でもエミリー先生。
義眼に情報入力して先を読んでいるのは解りましたが、それだと出力される情報が多すぎませんか。
義眼が都合よく今必要な情報のみを吐き出してくれるとは限らないでしょうに。それでも天才なら何とか出来るかもですが」
ボクが読心術を使う時はあくまで自分の脳で行う訳だが機械でやるとなると、直感というものが使えない。それは凄く不便な事ではないだろうか。
「おっ、アダマス君。良いところに気付いてくれるねえ。でもそこら辺は大丈夫なのさ。
必要な情報だけ入力し、必要な答えだけを抜き取れる。ノート作りの基本だね。天才の私は特にコレが上手いんだ!
アダマス君も私の授業でのノートはしっかり取るんだぞ」
「あ、ハイ……」
腰に手を当て、ドヤッとした様子のエミリー先生に、ボクはつい答えてしまう。
対してイラっとした様子の緋サソリは尻尾を動かしていた。銃口を向けたい気分だったのだろう。
ところがその表情には違和感の色が浮かび、次の瞬間には驚愕が訪れる。
ボクも違和感を感じる。なんだろう、何か『足りない』ぞ。と、いうより『短い』。
「くそ、何処までもコケにしおって。こうなれば……。
……!……!?無い、だと……」
「おや、やっと気づいたかい。人間の肉体だったらとっくの昔に気付けていただろうにねえ」
エミリー先生はクスクスと笑って少し上を見た。
丁度、尻尾の先端がある部分だ。しかしそこに在った筈の、肝心の物が無くなっていた。
ミニガン諸共、尻尾の先端が『消滅』していたのだ。
『切った』や『砕いた』ではなく、初めから何も無かったかのように、そこにはぽっかりと虚空だけが在る。
敢えて言うなら先端のあった場所には、まるで丁寧にヤスリ掛けでもしたかのように抉られたような跡が残っていたという事くらいか。
しかし、それが『消滅』という現象の事実を尚物語り、逆に不気味さを強調していた。
エミリー先生が当たり前の表情で変わった握り手の『コウモリ傘』を片手に握っている事に対し、緋サソリが絶望感を隠せないでいたのは『消滅』という現象そのものだけではないだろう。
只今一部が消滅した尻尾こそきっと、彼女が【緋サソリ】を名乗る所以であり、彼女が無敵であり続けられた絶対の信頼を寄せる相棒だからだ。ボクはそう思う。
ボクが推測の形で言っているのは、有名な名前の怪盗の割にその盗みを直に見た者は居ないから。
彼女の姿をチラリと人影程度に見た事はあっても、尻尾まで見せた全体像を見た者は居ない。少なくとも新聞では幾ら情報を漁っても出なかった。
緋サソリはあくまで予告状に書かれた自称であって、誰かに呼ばれた名前ではない。
見せたら見せたで彼女を改造人間と判断させるに事足りる材料なのだから仕方ないとは思うけどさ。只、その多様性や戦闘能力は今日見ただけでも、姿を見られず盗みを働くには十分な代物である。
今回は初めから使ってきたが、その分本気なのだろう。
ところがどうだ。
今、その大層な秘密兵器は文字通りの消滅だ。
やっと意識を此方に取り戻した緋サソリは、何か言おうと口を開くがエミリー先生の言葉によって直ぐに遮られた。何処か溜息気味だ。
「……長々と喋り過ぎてしまったね。まあ、これだけ喋れば大丈夫かな。
君は私の行動を時間稼ぎか何かと勘違いしていると思うが、そんな理由じゃなくてね。
ひとえに私がアダマス君を取り戻すに十分な材料を持っている事を証明し、アダマス君を安心させたいからに過ぎない。
私はアセナと違って理屈臭いんだ」
そう言ってエミリー先生が、無造作に『コウモリ傘』で尻尾を撫でる様に振る。袖先のフリルが優雅に揺れた。
「稼働時間的にもアレだし。そろそろアダマス君を返して貰おうか」
───ゾリッ
音と同時に粉末のような物が空中を舞った。
光に反射して星の様に綺麗だと、粉末の正体を知る前のこの時は単純に思っていた。
音そのものは粗い目の金属同士が擦れる音とでも言えば良いのか、この音には聞き覚えがある。
カーチェィスの最中、エミリー先生の回転に紛れて出ていたあの音だ。
緋サソリの視線はある地点に固定されたまま動いていない。言葉も出ない。まるで「反応に困る」とでも言いたげに。
視線の先を辿っていくと、先程よりも更に短くなっていた尻尾がある。起こった事象はまた『消滅』。
そこは紛れもなく、コウモリ傘に『撫でられた』あの位置だった。
自身の惨状に向ける視線を何とか動かし、傘を観察して必死で分析しようとしていた。
彼女の身体は機械の筈なのに、その機械になり切れない怯えからは、ありもしない心臓音が此処まで響いて聞こえそうだ。
対してエミリー先生は冷めた目をしている。まるでゴミを見るような目だった。そんな彼女は敢えて彼女は優しい口調で言葉を紡ぐ。
冷酷な声色で優しく言うのは逆に怖いものがあった。
エミリー先生の闇だ。
幾ら殴ってもまだ足りなくて、絶望した相手に言葉を叩き付けて己の憎悪を根付かせたい。心にも身体にも深い傷を負っているからこそ出て来るエミリー先生の一面なのだ。
目と子宮。身体の傷はフランケンシュタイン家譲りのバイオ技術で『治す』事が出来るけれど、決して治そうとせず機械で補っているところに更に深い闇がある。
軽く傘を持ち上げてクルクルと手首で回すと、何もされていないのに緋サソリはヒッと距離を取った。しかしエミリー先生は気にせず精神的に追い詰めていく。
「この『傘』の名前はね、【クロユリ】っていうんだ。
名前の由来はコウモリ傘の見た目がクロユリに似ているのもあるけど、寧ろクロユリの花言葉に由来する側面が大きい。
クロユリの花言葉を知っているかい?」
ふとした『偶然』で『撫で』られたら、また尻尾が短くなってしまうかも知れない。寧ろ今度は尻尾ではないかも知れない。エミリー先生は誰よりも改造人間を知っていて、誰よりも憎んでいる。
そうした強迫観念が深く考える事も許さず、反射的に答えさせる。
「『復讐』……そして『呪い』」
「分かるものだ。
怪盗にも乙女チックな知識もあって何よりだよ。
これはね、私の呪いなんだ。呪いによって生まれた、エミリー5つ道具の中で唯一純粋な『兵器』なんだ。
本当はある復讐の為に作ったんだけどさ、結局使われなかった……なんでだと思う?」
「知るかっ!」
声と同時にナナハンが蒸気を吹いて走り出した。
戦略的撤退というより、これ以上関わりたくないというストレスによる動物的な逃避に似ていた。身体で唯一生身の頭部からドッと冷や汗が噴き出ている。
凄いな。ボク、本当に冷や汗を流す人を初めて見たよ。
だが天才たるエミリー先生のバネ足パンプキンはそんな物よりずっと速い。あっという間もなく、死神の如く真横に追いついてみせる。
ドロリとした想いを込めた言葉は風切り音の中でも耳まで綺麗に届く。まるで巨大な魔獣の体内に取り込まれたようだ。
「教えよう。是非、耳を澄ませて聞いて欲しい。
作った私が、この兵器の残忍さを誰よりも知っているからだ。それが例え、嘗て自分を地獄の底まで辱めた相手でも躊躇う程に、ね」
とても力強いと言葉だった。消える直前の蠟燭のように。
だから彼女は勇敢半分、壊れ半分の声色で緋サソリに迫る。
「今は躊躇わない……。
もはや!私一人が傷付いて呪えば良いってだけの問題じゃないのだからさぁ!」
だからこそ、その在り方に不安を感じる。
元々が一度全てを失った彼女である。ならば、その力の根幹にはボクを救い出す為に自分の心すら失う事も是とした自己犠牲があるのではないか。
まるで強すぎる重力が周囲を飲み込み続け、最終的には己すら飲み込んで消滅するブラックホールを見ているような。そんな危なさがあった。
読んで頂きありがとう御座います。
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