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204 エミリー5つ道具【プロペータ】

───くるくる。くるくる


 未だボクの上を舞う数個の薬莢。エミリー先生の後ろに飛ぶ弾頭。

 一瞬だけ『ゾリッ』と何かを削るような音がしたが、深く考えるのは後回し。まだカーチェィスは終わっておらず、互いが進む事も譲らない事も止めやしない。

 義眼から発される赤い光は、身体の回転に合わせて螺旋状の軌跡を描いていた。


「天才だと?

そんな物で、私の今までの努力を否定するか……ふざけるんじゃないよっ!」

「でも、君が見る限り天才に見えるんじゃないかな」

「ぬぬ……」


 悔しい顔。ただしエミリー先生の表情に優越感も喜色もない。孤独な天才にとって、そんな物は見慣れていると言わんばかりだった。

 ペンを握った事しかないような美しく細長い指。それを持ち上げ、ると緋サソリの顔を指す。


「折角だ。天才ついでに君が疑問に思っている事に答えようじゃないか。同じように『予測機能』を持っているのに、こうも差が出るのは何でだろうね?」

「……」


 『天才』というワードでゴリ押ししてしまえばどんなに楽だったか。

 緋サソリはどうしてもそれを認めたくなさそうだった。とても努力家なのだろう。

 エミリー先生はコテンと首を傾け、柔らかい微笑みを浮かべる。


「とはいえ、回り続けるのも結構疲れるんだよね。フィギュアスケートの演技時間が長くて4分って言えば分かりやすいかも知れない。ちょっとコレ止めるね。

だから二輪車は止めて貰っても良いかい。今ので君の攻撃に意味がない事は理解出来ただろうしさ」

「……ふんっ!」


 やっつ気味の声と一緒にナナハンは止まった。ただしエンジンは何時でも走り出せるようそのままで、ピストンによる力強い振動は此処まで伝わってくる。

 合わせてエミリー先生も、ヒールから片手を離してキュッと回る事を止めた。


 スカートが勢いで翻ると、指で摘まんで布地は下に落ちていく。ビルから見ている様々な人種は、上から月光によって照らされる彼女に釘付けだ。

 その姿が観客とスポットライトのようで、まるで激しいダンスの一幕の様だったのだから。

 一流の踊り手でもそう滅多には居ない妖艶な美貌から放たれるのは、何とも専門的で武骨な話である。


「私の義眼は『プロペータ』という名前でね、エミリー5つ道具の中で唯一の発掘品(オーパーツ)な訳だが、ある国では『預言者』という意味があるね。何故だが分かるかい?」

「……予測機能」


 緋サソリはボソリと答えた。

 例え仮面を付けていようと、こんな時に何をしているんだという気持ちが隠れもしていない。しかし情報を掴む手段が限られているのだから、本当に渋々といった様子だった。


 もしもボクが緋サソリと同じ立場だとしたら、エミリー先生のやっている事は先ず時間稼ぎか何かだとでも思うだろう。

 だとしたら自分を追い詰めたオーパーツの情報は取引材料として悪くない。どちらにせよ対抗手段はない。


 あんなに素早く自分を追いかけてきたハンナさんは未だに追いついていないからだ。

 此処までやってハンナさんがやって来ないのは、もしかして何らかの制限があるのかも知れない。

 と、いう事は警戒すべきはエミリー先生のみ。どちらにしても捕まるのなら、適当な部分を聞き出して途中で逃げてしまおう。


 緋サソリが考えているのはこんなところか。


「そうそう。つまりはコレが予測をしている機械って事だね。

ある程度の情報を入力すれば、入力したものがどの様な動きをするのかを演算で導き出してくれる便利なオーパーツさ。

普段は思いついた発明品が自分の思った通りに動くのかとか、明日の天気予報とかに利用させて貰っているよ」

「便利な事だ。じゃあ、私の抱えている愛しの彼の考えている事も思い通りに解るのかい。

下調べで知ってるよ?この子には『読心術』っていう心を見通す卑しい才能があるんだってね?

そうやって互いに心を読み合い、決して傷付ける事なく愛し続ける。なんともぬるま湯で、薄っぺらい愛だねえ」


 抱えているボクを鞄の様に少し動かす。見ての通り挑発だ。

 しかしエミリー先生に動揺の色はない。


「ん~、そこまで万能じゃないかなぁ。

アダマス君ってば私がお風呂に突撃アタックかけているのに、第三者のフォロー無しじゃ愛していますの一言も出なかったしなぁ。

君の言う通りの事が出来るなら、詰将棋みたくもっと自然な状況に好きだと言わせるよう誘導する事だって出来るものさ。

まあ、私としては別に彼の情報を入力していた訳じゃないけどね。そんなつまらない恋愛はしない主義だし」


 ああ、こないだパンケーキ作った時ね。

 ほんとごめんなさいって。ボクは申し訳ない顔をすると、彼女はニマッとした表情を返す。今後もネタにされるだろうなあ。

 因みに今のも、別に読心術を使った訳じゃないぞ。


 エミリー先生はボクに微笑みをひとつ。その後、直ぐに外向けの微笑に直し話を続けた。

 それは眉をハの字にした申し訳なさそうな物ではあるのだが、作られた偽の表情なのだと分かる。声色は明らかに勝ち誇った者のそれだ。


「とはいえ、緋サソリ君。登場から現在に至るまでの短い時間でも色々解る事があるものでさ。特に君は単独犯だから読み解き易かった。

トリックや発明の傾向、射撃パターン、銃弾の威力、脱出経路の使い方、口調や癖……そういった事を組み合わせてオーパーツにポンと入力すれば人格パターンの完成さ。ほぼ未来予知に近い動きをする事が出来る。

なんせ『スーパーコンピューター』並みの演算機能があるらしいからね。ハンナさんに聞いただけで、スーパーコンピューターが何なのかは分からないけど」


 だから『預言者(プロペータ)』か。


 此処まで言われ、緋サソリは歯噛みした。

 凄い悔しそうな表情で、今にも泣きそう。お、泣くか。今泣くか。直ぐ泣くか?一応こういったところで微Sキャラを保たなければね。

 あ、痛たたたたた。ちょっとボクの胴体を締め付ける腕に力が入り過ぎで胃の中の物が出そうなんですけど。


 いっそ何か気を逸らす話題を振って、彼女の力を和らげてみるのも良いかも。

 悪い男みたく。

読んで頂きありがとう御座います。


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