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203 ビールマンスピン

 二つのエンジン音が重なり合い、今、ボクの目の前ではオートバイ(ナナハン)ローラースケート(ハイヒール)という異様なカーチェィスが続けられていた。

 共通しているのは蒸気機関で動いているという事くらいか。


 エミリー先生ビルの屋上の縁を走り追い掛け、緋サソリはミニガンを放って迎撃しようとする。

 しかし義眼の予測機能に本来の天才という相乗効果が命中を許さなかった。結果的にはビルの縁が欠けるのみとなる。

 エミリー先生が自分から足を離してポトリと自由落下する事でかわし、落ちながら空中を回転した後にハイヒールで着地。飛び降り自殺と一緒なのに、本人への怪我もハイヒールの欠損もまるでない。


「庶民の味方の筈の緋サソリが酷い事をするものだ。ビルのオーナーが保険に加入してなかったらどう責任を取ってくれるのかな」


 その声は、誘拐されるボクが直前に聞いた時とは違ったものだった。

 何時もの様に気さくながら自分に自信のある声色だ。助けにきてくれた事は嬉しいが、彼女が元気な様子を見る事が出来て同じくらい嬉しい。


「こんな時に気にする暇などないわ!

というか、ビルから落ちてその形状の靴が無事っておかしいだろ」

「ああ、これかねっ!

惜しみなくお金を注ぎ込み、強度と柔軟性を併せ持つ魔骨の素材製っていうのもあるんだけどね。

タイヤの超高速回転の安定した軸を維持させるシステムとそれの衝撃を吸収するスプリングによるものっていうのが大きいね」


 エミリー先生は嬉々として説明し始めた。普通、こんな時に武器のタネを明かすのはデメリットにしかならないのだが、発明家とは発明品トークをしたいものなのかも知れない。緋サソリも同様にナナハンとグライダー見せた時は嬉しそうに早口だったし。

 現にエンジン音とタイヤで駆ける喧しい音の中でも聞こえるよう、敢えて大声だ。そしてオタク特有の早口だ。


「他にも色々あるけど、基本はそんなものかなー。あ、因みに落下によって私の身体が無事なのは筋力補助によるものもあるよ。

いやあ、全部私のアイデアだから研究者視点で聞いてくれる人が居なくて、中々話す機会が無いのよ。気持ちいいね~!」


 あ、やっぱりそうなんだ。

 説明後のエミリー先生による爽やかな笑顔に相反するように、緋サソリは不機嫌な顔つきだった。仮面を被っているから目付きは解らないけど、ギリリと歯噛みする口元が隠し切れていない。


「いや、嘘も程々にしとかんか!私だって一介の科学者だ。だから分かる。

どんなに優れていても研究者が一人でそんな物を作れる筈ないだろ!」

「ふざけてないですー、聞かれたから答えただけですー。アダマス君はどう思う?」


 エミリー先生は口を尖らせ子供の様な声を出した。ついでにあっかんべをする。命がけの追いかけっこの最中だというのにだ。大丈夫?舌嚙まない?


 取り敢えず先生に質問されたからには、答えるのが生徒の礼儀というものだ。


「これは緋サソリが悪いよ」

「ほら、アダマス君もそう言ってる。ちゃんと私に謝りたまえよ。緋サソリ君」

「ウガアアア!」


 その叫びはまるでゴリラのように猛る獣だった。

 故に感情に任せ銃を乱射。だが、考えもしないで放った攻撃がロクに当たる訳もなく、ローラースケートによる軽やかなフットワークで軽く躱していく。


「あ~あ。エミリー先生が煽ったりするから」

「当たらなければどうという事はないから良いんだ」

「そういう問題ですか」

「寧ろ煽って無駄玉を使わせた事と、更に距離を詰めた事は立派な戦術さ。アダマス君」


 確かに彼女の言う通り、気付けば距離は微妙に迫りつつある。具体的にはもう直ぐで目と鼻の先だ。

 タイヤの大きさにも関わらず速度はエミリー先生の履くハイヒールの方が微妙に速い。これは壁走りを使える分、場所を立体的に使えて地面の障害物に邪魔されないのがあると思われる。

 他には、距離を縮めていくにつれて緋サソリから段々余裕が無くなっていったのもあるかな。こういうピンチに見舞われた事が無かったんじゃないかな。文字通り『追い詰められて』いるんだ。


 そう思った突如の事だ。


「くそっ!これでは手詰まり……いや、待てよ。

これは、なるほど……ふふっ!アハハハッ!」


 追い詰められている筈の緋サソリは口端を歪めた笑みを浮かべた。更に次の瞬間、嬉々として笑い出す。これは何か閃いたかな。

 対してエミリー先生は呑気に返した。


「どうしたんだい、急に笑い出して。何か悪い物でも食べた?」


 言葉とは裏腹に油断の色はない。

 片目ゴーグルのガラス一枚を隔てた、目付きは夢の中でよく見た雰囲気を作り出している。

 肩の力を抜いて相手をよく観察し、どのように動こうかを予測する。それは戦士特有の気配だった。


 対し緋サソリは、怯むことなくニヤニヤと口を回す。

 まるで勝利を確信したかの様に。


「ふふふ……これが笑わずにいられるか。

貴様の躱し方は壁走り等による立体起動と、ミニガンが放たれた直後の予測機能を利用したものが主だ」

「へえ、よく私が予測機能を使っているなんて解るね」

「私も使っているからな。

さて。貴様は距離を詰めれば詰める程、銃口からの距離も縮める事になるが、それは移動の自由度を狭める事に他ならない。

つまり、今までの様な回避運動が出来なくなる訳だ」


 確かに遠くから狙いを付けて銃弾を放たれるなら回避のしようがあるけど、ほぼゼロ距離から銃弾を放たれるなら回避は無茶だ。

 予測で来ると解っていても、動く為の時間が無い。しかし距離を空ける訳にもいかない。少しだけ不安になりエミリー先生を見ると、しかし彼女はパチリとウインクしてみせた。


「ふむ。アダマス君、落下の衝撃には気を付けてくれたまえよ」


 落下。


 その言葉から思い浮かぶのはただ一つ。この後何らかの形で銃弾を防いだ彼女は、緋サソリが抱えているボク諸共道路に転倒するという事である。


 ならばボクは信じよう。エミリー先生は嘘を付かない人だから。少なくとも緋サソリよりは信じられる。

 故に二つ返事。


「うん、解った」

「……あれだけ言われて良い度胸だ。じゃあくたばれ」


 自分の言っている事がどうでもないとばかりに流されたのが気に障ったのか。それとも単に無視された事が悔しいのか。

 緋サソリはエミリー先生に向かって銃口を向けた。


 大量に響く発射音。宙に飛び散る薬莢。


「……そこだっ!」


 対してエミリー先生はスカートのスリットから折り畳んだ脚を背中側に伸ばした。

 そして、銃弾を受けながら回転したのだ。しかしドレスを貫通する様子は無い。何故なら次々と銃弾は彼女の後ろへ飛んでいくのだから。回転する事で後ろに受け流しているのだ。


 放たれる弾は増えるが、それにつれて回転は加速した。


 エミリー先生は高い柔軟性を活かし、スカートのスリットから艶やかに伸びた足を、背中から頭上へ段々と高く持ち上げていく。

 そうして完全に真上に来た靴のヒール部を片手で掴み、受け流す(ドレス)の面積を上げた。

 そうして出来上がる涙滴型のシルエットはエロティシズムを醸し出し、ゴクリと息を呑ませる。

 その様はまるでフィギュアスケートの様。


 だが、最も凄いのは派手なアクションではなく、銃弾がドレスへ『被弾』した直後の動作だ。

 回転の速度が速過ぎてで目では全然追えないが、護身術を学んでいる身としては何となく理解出来た。


 受け流すに衝撃を拡散しながら滑らす必要がある。


 エミリー先生のドレスは液体金属製だ。

 故に形と強度を変える事が出来る訳で、飛んできた銃弾との接触部を一旦『粘体』にして受け止める。

 それで銃弾の勢いを完全に殺せる訳ではないので、接触した瞬間に受け流す方向に沿った『流体』の道を作り、後ろへ弾を受け流したのだ。


 しかもそれは、一瞬の内に機関銃(ミニガン)から放たれる無数の銃弾『全て』の軌道・威力・速度・距離を完全に読み切った上でだ。

 何故なら様々な方向から飛んで来る銃弾全てを受け流す為には、ドレス全体を同じ方向の流体に設定すれば良いという訳ではない。角度差で銃弾が流体の力に押し且つ場合もあるからだ。

 つまり、受け流す行先が同じというだけで個々の被弾箇所から受け流す為の違う流れを描く必要がある。

 多分、受け流す瞬間のドレスは、様々な流体の軌道を描いた為に、身体全ての血管が浮き出た動物の様になっていた筈だ。勿論そんなプログラムを組む時間は無い。だから全ての作業をマニュアルで行っていたという事になる。

 一発でも読み違えていたらドレスを貫通して大怪我では済まされない重症だった。


 故に、結論から言えば理論上は可能だ。しかし人間技だと聞かれれば、ボクは間違いなく顔をしかめるだろう。


「えっ?」


 カランと虚しく地面に落ちる薬莢。緋サソリはボクと同じ様に唖然とする。

 銃弾が全て止んだ頃、エミリー先生は先程よりもゆっくりと回転しながら残酷な一言を告げた。

 だが、そんな『身も蓋もない』一言こそ、こんな芸当が出来る事の証明でもある。


「すまんね。私、天才なんだ」

読んで頂きありがとう御座います。


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