202 帰ってくるまでがダンスパーティーです
『準ずる技術』。
それを結論から言うと、準ずるどころかエミリーの発想を上回る、遥かに進んだ技術だった。
ハンナ自身がマザーコンピューターとなりUFOやミサイルを操作する技術の応用でペンシル君をハッキングしているのだ。
ペンシル君は虫型ロボットなので、特に容易なハッキングだった。
と、言うのも虫型ロボットは様々な古代文明で発明され、高度な文明を持っていた海底都市オリオンでは研究され尽くされた分野だからだ。ハンナには透けて見える程の知識が備わっている。
この世界では海底都市と同様、古代文明が幾つも存在していた。
時には他の惑星をテラフォーミングするほど超越した文明を持った場合もあったが、結局は滅び、忘れ去られていったのだ。
しかし名残が完全に無くなった訳でもない。例えばアダマスが『オリオン座』と呼ぶ星座も古代文明の名残だ。
時にひょっこり。『ダンジョン』とも呼ばれる遺跡が発見される事もある。
そこからは古代人の遺産が発掘される訳だが、人の考える事はどんな世界でも中々変わらないという事なのか、似たような思想から作られる類似品が多々見つかる。
その中でも見つかり易いのが虫型ロボットの残骸だ。
例えば勇者アダムとハンナが王城に攻め込む際に活躍した虫型偵察機であるが、あれらは大量に放る事を目的とした量産機である事と、その米粒の様な大きさから、どうしても脆くなってしまうという特性がある。
寧ろ情報の流出を防ぐためにわざと壊れやすくする場合もある。
なので只の虫と勘違いされて壊された、又は気付かぬ内に踏み潰されていた等の原因によって残骸そのものは比較的見つかり易い傾向にあったのだ。
エミリーの居た学園都市でもオーパーツのサンプルとしてありふれたものであるし、虫型ロボット専用の研究所さえもある。
尚、この時代で此処まで虫型ロボットを『再現』出来たのは稀代の天才であるエミリーくらいだ。他にも居るかも知れないが、そうした例は今のところ上がって無い。
と、言うのも解明したという事実だけでも、いざという時の戦略兵器になりうるからであり、製作者の命と自由を危機に晒すものだからだ。
エミリー本人としては、己が天才だという自覚がある。
だが、世界で最も優れていると奢っている訳ではない。歴史の長いラッキーダスト家なら、学園都市とは別に、それくらい解析を進めているかも知れないという考えもあった。
そのような結論を出し、事実を受け入れて態度を整える。
「……承知しました。それで、私はどうすれば?」
『現在空中から追撃中です。
これから片翼を落としますので、義眼に送られてきた落下予測地点のデータを基に追い掛けて来て下さいませ』
確かに声の向こう側から、ノイズ交じりの風切り音が聞こえる。手段は不明だけど、まあ、戦っているのならそれでいいや。私も頑張らなければ。
そう思い、溜息。シートの奥に仕舞っていた物を、様々な想いと共に取り出した。エミリー五つ道具の最後の一つである。
決して良い想いは持っていない。
「まさか『コレ』を使う日が来るとはね……。あまり使いたくは無かったんだけど」
「その傘に何かありますのかや?」
取り出したものはシャルの言う通り、深紫色の蝙蝠傘だった。
その『ハンドル』は真っすぐな持ち手に底辺と斜辺が付いていて、本人以外が見たら中空の三角形のような形をしていた。傘としては少し使い辛そうに見える。
特徴的なのは純粋な三角形という訳でもなく、底辺は少し太くて、やや内側に湾曲している事。普通、傘は手が疲れないよう外に湾曲……つまり大抵は半円形になっているものだ。
まるで手以外の、何か別の部位に接して使う道具のようにも見えた。
エミリーは独り心地るように苦笑いし、シャルの頭を撫でた。
「なぁに、シャルちゃんはまだ知らなくて良い事さ……少し行ってくるよ。直ぐに帰って来るからさ」
儚げな背中へアセナの声がかかる。
「ちゃんと二人で、迷わず戻って来るんだぞ」
それは最大限の信頼の言葉。
エミリーは何も言わず、強気の笑顔で頷くとウルゾンJから降りる。
そして後始末で未だ騒がしい兵舎の外に出ると、月夜の下で手を大きく広げていた。
貴族が使用人に衣装の着替えを求めている格好にも見えるし、衣装を変えるという意味では間違っていない。
エミリーの着ているドレスが形を変えていく。
普段はオフショルダーのドレスなのだが、それを形作る軽量の液体金属が胴から首まで伸びていき、首全体を覆う襟が完成。
そこから鎖骨部、肩、手首まで伸びていき、広がった袖と、その内側から伸びるはフリルが出来る。
腕は、糸上になった液体金属が網目状の手袋のような形になって、指の爪先まで覆われた。
これは下半身も同様で、ボリュームあるロングスカートの中では網タイツが形成されて生足全体を覆っていっていた。
網糸の間を透けた布地が埋めて、脚を切らない様に守る。
やや古風であるが、王都の社交界などで着るドレスの形だ。敢えて特徴があるとするなら胸の谷間が出ている所だろうか。
正直に言えば、外見そのものにそこまでの変化は無い。
今まで着ていた物に、ドレスの上半身をジャケット状にした物を羽織っただけと言うべきか、逆バニーの上の部分を着たと言うべきか。
そういった事から分かるように胸の谷間だけは今まで通り露出している。
谷間を覆っても性能に差は無いが、似合う似合わないかの判断だ。アダマスは好きと言ってくれるが、大きい胸は似合う服が限られるのも困りものである。
これから『ダンスパーティー』へ行くのだから身嗜みは整えねばならない。エミリーは網膜が風で『乾かない』ように、左目に片目ゴーグルを付ける。
ローラーハイヒール『バネ足パンプキン』。
これは靴としてコンパクト化されているのも関わらず、最大時速300km。踵部に仕込まれたバネによる跳躍高18mを叩き出す、正に大発明とも言える。
ただし、エミリー五つ道具の中で最も特殊性が高い物でもある。その代償として他の五つ道具と組み合わせて使う事が前提条件となっているのだ。
先ずは右目の義眼『プロペータ』。
これの持つ予測機能が無ければエミリーという天才の演算機能を持ってしても転ぶなり障害物にぶつかるなりして即死だ。
小指程の小さな石ころでも、それを時速300kmでぶつけられたら痛いでは済まされないという事だ。
そしてもう一つが軽量液体金属ドレス『月夜の羽衣』。
その頑丈さによるライダースーツとしての役割もあるが、重要なのは別にあった。
エミリーなりに鍛えているとはいえ、アセナの様な『戦士』には全く届かない生身。そのような身体で走るものなら空気抵抗による反動が酷い物になる。立って走れるならほぼ奇跡だ。
そこで考えられたのが、液体金属による『筋力補助』だった。
液体金属はドレスの内側で網を形作り全身を覆う。それが筋肉を再現し、身体を強制的に引っ張らせる事によって補助を行うのだ。
身も蓋もない事を言ってしまえばほぼテーピングの一種だ。
「それでも、敢えて名前を付けるなら、『パワードスーツ形態』とでも言おうかね」
なんとなく呟くと同時、服の準備が完了する。バネ足パンプキンのエンジンに火を入れる。
この時、ハイヒールの大きさでは稼働時間に限界があるので、網タイツ部からハイヒールへ魔力が供給される形でドレスと兼用しているという事実があった。
それでも稼働時間が短いのは変わらず、何ならドレスを使える時間もごっそりと減る。そういう訳で滅多に使う事はない五つ道具となのだが……。
「今がその時だ!」
小さなタイヤが超高速で回転し、エミリーの姿は吹いた煙を残し一瞬で消えたのだった。