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201 親友

 冷たい油にズブズブ沈んで、急に吊り上げられる。

 そんな感覚。


 エミリーは暫く己の悲観的な世界に没頭していたが、現実に戻される事になる。

 意識を取り戻したアセナに肩を叩かれたからだ。


 心にダメージを受けすぎて何を話していいか分からない。突然の状況にオロオロとするしかなかった。

 それでもアセナの腕の包帯を見て、ハッと腕の治療を自分がした事を思い出す。

 形だけの平常心を整えて祝いの言葉を紡いだ。しかしボソボソした口調が心の傷を周りに伝えて、逆に痛々しい。


「あ、ああ。目が覚めたんだ。良かった……。

その、色々手は尽くしてみたんだけど調子はどうかな」


 実はエミリーは、医者の資格を取得している。

 学生時代にイカの研究をしていた片手間の事だった。


 一応専門外の分野だったが、フランケンシュタイン家の奥義を半年で理解する程度には生物学への理解がある。

 故に、アセナの治療をエミリーがしたのは当然の流れとも言えた。普段からの付き合いもあるが。


 取り敢えずアセナは指を開閉させて確認した。

 正直に言ってしまえば内側からズキズキと痛む。しかし、今の問題を思えば我慢できない程でもない。


「ああ、問題ない。処置が適切だったお陰だろうね。ありがとうな」


 聞いてエミリーはほっと胸を撫で下ろす。


「良かった。あ、でも暫く戦ったりは無理だからね。

ポーションを使っても、まだ腕の骨にちょくちょくヒビが残ってるし。頑丈な改造人間の身体を撃ち抜く銃弾の威力は、ホント酷い物だったんだ」

「ああ、大丈夫だ。アタシは暫く戦わない様にするよ……でもね」


 アセナは手を振り上げる。腕の肩から指先がジクジクと痛み、治療してこれかと改めて怪我の酷さを思い知る。よくも戦っている時は動けたものだ。

 それでも覚悟を決め、一つの音を鳴らした。


───パン


 張り手がエミリーの頬へ放たれた。

 皮膚同士が互いに傷つけ合い、その悲鳴はウルゾンJの席全体へ響く。


 アセナという戦闘のスペシャリストが放つには、余りにも弱々しい攻撃だった。実際に本人に攻撃の意思は無い、随分と手加減されたものである。

 しかし、込めた気持ちはとても強いのも確かだ。


 エミリーは何が起こったか分からない様子だ。

 赤くなった頬を押さえたまま、ぼんやりとアセナを見やる。対してアセナは叱るように視線を合わせ、歯を食いしばり何とか言葉を放つ。


「ッウ~~~!

痛ぇ。痛ぇなあ。そしてエミリー、アンタも痛い筈だ……アタシはそう信じているよ」


 腕は痛い。それ以上に心が痛い。

 しかし耐え忍び、走った虫唾を吐きかけた。


 二人きりで話す事がよくある。


 幼馴染という関係もあるが、最近は保護する子供達を新聞社で働かせる都合上、どうしても二人きりになり易いのだ。

 主な話題は何ともない雑談であるが、たまにアダマスに秘密にしておきたい話なんかもする時がある。つまり、腹を割って話せる親友という事だ。


「エミリー。アンタさ、前に言ってたよな。

『アダマス君と約束した魔法の道具を作ったんだ』って。

『これがあればどんな場所で舞踏会をやっていても行く事が出来るし、ドレスだってどんな注文にだって応えられる』って。

それがなんだい。こんなしみったれたトコでメソメソと……」


 歯を食い縛り、ドレスの胸の谷間を掴んだ。本来は胸倉を掴むが、今回のドレスは露出の多いオフショルダーのドレスだったので仕方がない。

 掴むことでで腕の痛みも増すが、そんな物は掻き消えるくらい大切な事があるので関係ない。


「てめえの『家族』が攫われたんだぞ!奪われたら一生会えねえかも知れねえんだぞ。分かってんのか、悔しくねえのか!

そのご立派な右目は節穴か!そのご立派な頭は設定だけの飾りもんか!

折角用意した大層なドレスセットを使いもせずに、箪笥の肥やしにでもする気かぁ!」


 思い出すのは迫害の歴史。そして、良いように使われていた人質時代。ああする以外無かったのだから、族長としての選択に後悔はない。しかし、彼女個人としてはどうしても未練が残っていた。

 思い。想い。そして現実。

 そうしたモノを口に乗せて突き付けてやる。


「……ん」


 エミリーの右目は、過去の事件でもう無い。しかし、まだ残っているアメジストのような左の瞳に段々と艶が戻っていった。

 彼女は息をひとつ飲み込み、自分に言い聞かせるようにゆっくりと呟く。


「……ああ、そうだったね、それもそうだ」


 先ほどの抜け殻のような状態から一転。抜け殻を残して飛び上がらんとする蝶の如く、上体と頭を持ち上げて前を見る。

 窓ガラスに映った自身の顔を確認し、目元を擦ってアセナに向き合った。


「大切な事を思い出させてくれて、ありがとう」


 対してアセナは震える手で精一杯親指を立てた。痛みを耐えて笑顔を作る。

 立てた親指は、ウルゾンJの出入口へ向かっていた。


「行きな、エミリー。アタシの代わりに……な。

ホントはアタシが這ってでも行くべきなんだが、この身体じゃ邪魔するだけだ。

だからアンタに託すよ。シャルは見ておくからさ」


 悔しいな。だけどおめでとう。

 アセナは心の底からそう思っていた。苦渋の選択をしたが、後悔はしていない。



 こうして話は纏まった訳だが、疑問を覚えてふと口を挟んだ者が一人。隣で頑張って話に付いて来ていたシャルである。全てを理解できずとも、流れから察する事は出来ていた。


「凄い気迫のところ、ちょっと良いですかの?」

「ん。何かな?」

「その……どうやって場所を割り出すのかや?」


 普通の人間なら「やる気だけではどうしようもない」と投げ出したくなるような問い。

 しかしエミリーに先程のような曇りはない。チカチカと義眼の中心の赤い光を点滅させた。


「うん。一応、義眼(プロペータ)のレーダー機能で街を覆う魔力の濃度計測と、行動パターン分析による予測機能から割り出そうかなと思っている」

「ああ、成程。流石エミリー先生ですじゃ。邪魔して悪かったの」

「いえいえ。じゃ、いくよ」


 その一言を言い放つと、もう片目を瞑って眉の間に皺を寄せる。

 これは現在ピコピコと点滅している義眼が、演算能力を存分に発揮している証拠だった。そして結果からエミリーが割り出そうとしているのだ。

 つまり作業ははじまったという事だ。


「……」


 彼女の邪魔をする者は居ない。

 周りの二人は何か出来る訳でもないのに、ゴクリと唾と緊張感を飲んで静寂を作り出す。


 その時だった。静寂を敢えて打ち破る者が現れる。


『…ピ…ガガ……話は全て聞かせて頂きました』


 エミリーの胸元から音が聞こえた。

 初めこそ乳房の肉に阻まれ、高い音としか分からなかった。

 しかしそれは、胸元の肉を掻き分けながら姿を現す。そうする事で、段々と聞き取れるような『声』として変化していった。


『しかし、それでは時間が掛かる上に不確定要素が大きいのではないでしょうか』


 胸の谷間からひょっこりと顔を出すのはペンにも変形するサソリを模した小型偵察ロボット。マイクになっている顔は、まごう事無くエミリー五つ道具の一つ【ペンシル君】である。

 そして、声の主に直ぐ見当が付いたエミリーは咄嗟に声を荒げた。


 これはペンシル君の動きを含めて遠くからハッキングしているに他ならない。

 自分の技術に自信を持っていて、だからこそ今起こっている事態がとんでもない事だと一番解っているからこその焦りだった。


「ハンナさん!その技術は……っ!」

「ああ、それ以上は聞いてはいけません。

只、貴女の発明品はオーパーツである虫型ロボットを解析して作ったものですよね。我が領は『それに準ずる技術』が存在するとだけ言っておきましょう」


 隣で聞くシャルはとんでもない事だとは感じた。ただ凄すぎて、どう凄いのかはまるで雲を掴む気持ちだった。なので、口を半開きにして頷く事しか出来なかったのである。


読んで頂きありがとう御座います。


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