200 自由な彼女の恋愛感
祝!200話!
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時間は少し遡る。
エミリーがアダマスに追いつく少し前。
アダマスが連れ去られた直後、意識を失い落下するアセナをハンナは回収。
彼女はアセナを『安全な場所』に寝かせると「追い掛ける心当たりがある」と屋上へ繋がる階段を昇って行ってしまった。
しかし、どうもハンナはそれっきり戻ってこない。
トーマス隊長が屋上に調べに行くと、黒い金属製の『何か』が残るのみだったという。とんでもなく『強力な力』でも掛かったのか原型が残っていなかった。
屋上で怪我をしていた憲兵の一人に聞いた話だが、こう述べている。
「確かにアレは脱出用のジャンプ台でした。緋サソリはあれでグライダーを飛ばして脱出したのです。
しかし破壊は一瞬の事だったから解りません。グライダーが飛んで少し後。突如、人間大の影のような物が横切ったかと思うとジャンプ台が大きな音を立てて鉄くずになってしまったのです」
これからの話はそんな時に、兵舎の中で起こった事である。
因みに後日、本格的に踏み台破壊の原因を調べようとした時に領主によって、捜査は中止されてしまう。調べようにもジャンプ台の残骸も回収されてしまった。
結局原因は解らず仕舞いとなってしまい、事件も謎を残したまま終わる事になるのだった。
◆
「ううん……」
アセナは暗闇の中から意識を取り戻した。
まだまだ倦怠感は残るもの、後遺症が残るような重症ではないのを己の知識と経験則から理解する。そして、気絶そのものも長い眠りではない。数分をいったところだろう。
鼻をヒクヒクと動かすと、魔力を多く含んだ蒸気の臭いが感じ取れる。
覚醒したばかりなので直前の記憶は曖昧なままだが、此処は日頃から使っている場所なのだと直ぐに解った。
「ウルゾンJの中か……操縦席が無いって事は、後ろのシートかね」
どうやら彼女はウルゾンJのシートに寝かせられていたらしい。
上半身だけ起き上がろうとすると、腕に熱さにも似た痛みを感じた。銃弾の傷だ。
感覚と香りから、最上級の回復薬に加えて縫合などの純粋な医学で処置をしているのが分かる。
「良い治療だな」と感じた。
痛みを感じるという事は神経も以前のまま元通りになるという事だし、これだけ動かせるという事は筋肉も問題ない。
冒険者時代は「大怪我をしてもポーションで治療できるから大丈夫」と雑な治療を繰り返し、後遺症で身体を壊した先人を大量に見てきたものだ。
さて。人体とは不思議なもので、ある程度の痛みは「来る」と分かっていれば案外耐える事が出来る。だからアセナは歯を食い縛り、前の座席に手をかけて上体を起こした。
単なるやせ我慢に過ぎないが、動けるならそれで良い。
記憶が正しければ前の座席は操縦席。
そして普通に考えれば、そこに座るのはエミリー以外居ないだろう。
前を見れば予想は当たっていた。但し雰囲気は暗い。
「うっ、ううっ……アダマス君。私は……アダマス君を……」
「ああと、うん……。その、後はハンナを信じて待ってみると良いと思うのですじゃ」
何時もの飄々とした態度とは打って変わり、エミリーは運転席に項垂れ、今にも泣きそうだった。
助手席に座るシャルがそれを励ましている。どうしようもない『失敗』をしてしまったエミリーは子供にでも縋りたかったのだ。
しかしもう一度同じ場面が来ても、彼女は引き金を引く自信が無かった。そんな自分が嫌になっていたのだ。
エミリーは自身を追い詰め続け、まるで葬式のような雰囲気を作り上げていたのである。
そんな様子を見、アセナは胸中に一つの想いが浮かぶ。
チクチクと胸に刺さるような気持ちだ。それが喉元に逆流して、突き刺さり、吐き気を催す。世間では『虫唾が走る』と呼ばれる気持ちだった。
原因も解っている。
エミリー同様に、自身へ強い負の感情を向けているからだ。違うのは感情の形が悲しみではなくて『怒り』である事だけだった。
普段は自由人ぶっているアセナだが、実のところ堅実なルパ族の長としての責任感が芯にはある。
自由とは対極にある義務感を持つという事が嫌いではないし、寧ろ当然であると考えていた。
帰る場所があって、そこには秩序がある。それを守る事ではじめて自由を得る権利があるという思想があるからだ。
率いる者の居ない族長に意味はあるのか。結局、自由しかない人間は何も持っていない、只の独りぼっちじゃないか。と、いうのがアセナにとっての自由の解釈だった。
つまるところアセナの本質とは、大局的に広く物事を見定め、その範囲で『自由という名の趣味』を楽しむ現実主義者という所にあった。
その容姿と活発な性格から、一年間の冒険者としての生活で幾つも付き合って下さいと何度も声はかけられたものだが、他の男に靡かなかったのはこういう面がある。
皆、アセナを自由奔放なだけの娘と勘違いしているのだ。
勿論、部族の誇りが誰よりも根強くある彼女が単なる恋愛感情から他の男に靡くという事はない。とはいえ彼女の『好み』と大きく外れていたのも確かだ。
なんせ彼女に声をかけるような男は皆、『同じ』ように責任能力に楽観的な自由人の冒険者か、自由なスタイルに惹かれた義務に縛られる小金持ちの庶民か、もしくはステータスに惹かれただけの金持ちか。
その誰もが気付けなかった現実主義者としての彼女の好みは『ルパ族全てを率いる資産とカリスマ性を持った男』というものがあった。
資産は大量になければいけないし、資産があっても心が無い男でもいけない。宵越しの金は持たない事を格好いいと勘違いする楽天家なんて論外だ。
移民してきたばかりのように、ルパ族が単なる一部族として迫害されてもいけないから政治的な権力も必要だ。
それ故に、はじめてアダマスを紹介された時はマイナス評価だった。
親の七光しかない子供だし、直ぐに泣くし直ぐしょぼくれるし。カリスマ性の欠片もないアダマスは好みから大分外れていた。楽天家よりはマシと思った程度か。
なのでルパ族を保護している侯爵という『支配者』からの命令によって、政略結婚的な意味で『許嫁』になるというイメージだったのだ。当時は別に好きな訳でもなかった。
それ故、『弟のようなもの』という以上の感覚は無かったのである。
ところが、共に育つ内に段々とカリスマ性の片鱗を見せてくるではないか。
アダマスが侯爵の仕事を手伝い、支配者として本格的に教育を受けるようになる頃には、すっかりと彼の虜になっている自分が居た。
そんな風に自分の好みを全て兼ね揃えた彼の為なら喜んで全てを曝け出した従順な飼い犬になれるという気持ちがストンと落ちていて、操を捧げたのも自然の流れだった。
因みに、騎馬民族のルパ族において馬に乗り、獲物を獲り、そして戦果を上げられるなら歴史的には大人と見なされている。
近年では10歳が成人とされ、それ故に3歳にもなれば手綱を握らされる。普通の人間なら問題はあるが、そこは超人的な身体能力を持つ獣人故の風習である。
なので、出会った当時のアダマス……6歳との婚約は珍しいものではなかった。
アダマスの寵姫になったのも、自身の年齢が11歳と成人を迎えて少し経った辺りなので、個人的な抵抗は無かったのである。
旅の果てにアダマスが理想のつがいとして帰結したのはそんな経緯があった。
金・権力・カリスマと理想が高すぎるとも取れるが、彼女の背にはルパ族全ての命と誇りが乗っているので致し方なし。
そんなアセナであるが、今、いざという時は最愛の『つがい』を守れていない憤りが沸いている。
保護されている身分の癖に、そんな当然の事すら出来ない。
これで彼を失えば、また流浪に逆戻りかも知れないのだ。下手をすればルパ族の半分ほどが見せしめで処刑される恐れもあるだろう。
過激な発想であるが、少なくともルパ族が生きてきた世界はそういうものだ。
「おい、ちょっと良いか?」
気持ちを抑え込んだまま、先ずはエミリーの肩を軽く叩く。
振り向き、目の下を赤く腫らしたエミリーと目が合った。本当は泣きそうなのではなく、やっと泣き止んだ直後だと解る。
エミリーの乱れた気持ちは、どう反応して良いか分からないと彼女を縛り付けていた。そんな人間らしい反応だ。
こんな彼女に自分は撃つ事を押し付けていたのか。アセナの中には再び嫌な感情が湧いていた。なんで、彼女あっての作戦にしてしまったのかと。
もっと他に方法はなかったのかと。
そして、そんな状態の彼女へ本来は自分がやるべき事を、これからやらせなければいけない事に。
尚、ジャンプ台破壊はどっかのメイドさんの大ジャンプによるもの
読んで頂きありがとう御座います。
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