20 お昼ご飯を決めよう
「と、いう訳でシャルよ。ごはん、どうしようか」
「クックック……そんな事か。妾にそんな知識などあると思うてかっ!」
薄い胸を張る。腰に手を当てる。シャルはそういう事を言う。
とりあえず彼女なりにおねだりをしているという事はよく分かった。
ボクはシャルのほっぺをつねって伸ばし、さてどうすれば良いかなと考える。
ほっぺは焼きたての白パンみたいに柔らかい。
「痛いのじゃー」
「まあ、お仕置きだからなあ」
「お仕置きかやー、ひょれなら仕方ないのじゃ」
シャルは平然とした……寧ろちょっと嬉しそうな顔で『痛い』って言う。
まあ、ネタバレしちゃうとお仕置きって言ってもあんま痛くないように力加減を調整してる、所謂『遊び』だからなんだけどさ。
ボクとて好きな女の子へのイジワルは好きだが、可哀想で痛々しいのはゴメンだ。
そこの気持ちいい部分と嫌がるラインを見極めるのに読心術は結構役立つ。
まあ、普通の倫理観があれば読心術なんてものは要らないんだろうけどさ。
シチュエーションに大切なのは互いの気持ち。
ボクは彼女の頬をもう少し、グニグニと回した。引っ張られるシャルは相変わらず「痛い痛い」と幸せそうに言う。
シャルが楽しそうで何よりだよ。
「ところでパンフレットを確か持ってきてなかった?」
「あ〜確かにあっひゃの、そんにゃの」
彼女は腰の小さなポーチを開いて腕を突っ込み、クシャクシャと乾いた音を出しながら漁る。腰元を漁る時くらいボクの顔を見なくていいのに、その視線は前を向く。
普通に言ってみようとほっぺグニグニを止めたら、このまま続けてくれと言われた。彼女はちょっと気難しい。
取り出した皺だらけのパンフレットを受け取る。だから手は離れてシャルは少し残念がるが仕方ない。
取り敢えずボクはそれを捲って手ごろな食べ物がないかと目を通すのだが、少し固まる。
「まずいな」
「挿絵は美味しそうなのじゃよ?」
「まあそうなんだけどね。でも、どれを選んだものかなと。多すぎるのさ」
ウチは観光地だ。
領都の半周は山に囲まれる盆地。更に巨大な湖。更に少し馬車を走らせた所には少し大きな港町もある。
(尚、ハンナさんはその港町の出身でもある)。
そういう事で昔から豊かな我が領土は多彩な食文化に彩られてきた。
彩られるのは良い。
しかし最近はさらに聞き慣れない料理が増えた。ピロシキ、ラーメン、チキン南蛮などなど……。なんだろうこれ。ファンタジー舐めんな。
と、自分ツッコミはさておき、その背景には技術の発展がある。つまりはチョコレートと似たような事なのだ。
鉄道、製紙、製糸などといった錬気術の有用性が認められた事によって、その根幹にある錬金術にも莫大な研究費が国から投じられた。
それにより調味料の素材の発見、製錬法などが発見され、香辛料の値段も大分下がった。
また『遺跡』からまれに見つかる、今までの技術では再現できなかった料理レシピにも本格的に取り組むようにもなった。
我が国が建国される前の技術が見つかる遺跡が、幾つも見つかっているのである。
なので少し前では信じられないようなとんでも料理が沢山作られるようになったのである。実際に食べるかもって状況ははじめてだけどね。
だからこそ、こんな状況になった時の為に考えてあったことを実行した。プランBである。
名前は今考えた。プランAはない。プランBはプランBなんだ。
挿絵を見て何か言いたそうにしているシャルに向き直った。
「この中から選ぶとしたら、何か食べたい物とかある?」
「ええっ。知識が無いって言ったのに良いのかや」
「シャルは此処に来る前、ボクの部屋でいっぱい読み込んでいたからねえ。
特にパンフレットの料理欄なんて真っ先に見る筆頭じゃないか」
両手で口を抑えるシャル。やっぱ少し遠慮していたんだろうなあ。
現地人のボクに口を出して、食べたい物を言い出すのは中々難しい。
尤も彼女は単にお約束の流れをやりたかったからって言うのも、それはそれで正解なんだろうけどさ。
「えーっとじゃあ、此処と、ココで」
指差したのはこの広場にある屋台と、少し歩いたところにある飯屋街通りにある店の二ヶ所である。
僕自身、少し安心して店が出しているメニューを見る。
「魚フライの屋台と鮭クリームが美味しいパスタ店ねえ。この辺では普通で奇抜な発想じゃないんだね」
「うむ。別に気を使ったとか外れが出にくいからとかじゃないのじゃよ?本当じゃぞ?
やっぱ折角来たんじゃから現地で親しみのある此処ならではって味にしたいのじゃ」
「なるほどねえ。でも、それなら家で幾らでも高品質なものが食べれるんじゃないかな」
シャルはプウと頬を膨らませて、小さな身体でボクにもたれ掛かって肩に頭を乗せた。
今度は少し怒ってる感が強いかな。
「……これは妾が家族とする初めてのマトモな食事なのじゃ。メイドは気味悪がって楽しい食事なんかせんかったしの」
そうか、ごめん。
腕を後頭部から回して頭を撫でた。
読んで頂きありがとう御座います