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19 ひと目見た時から

 シャルは先程のような膝枕のままに横を向く。

 顔をボクのお腹の方に向けているので表情はよくわからない。

 そして、当のボクはといえば丁寧に彼女の髪についた芝草を取り除いていたのだった。

 強く引っ張ると痛いだろうし、中々力加減が難しいものだ。


「実はの。妾はお兄様に嘘を付いていたのじゃ」

「それは初耳だね。どんな事だい?」

「妾が外に出れなかったのはお父様が過保護だった訳じゃないのじゃ」

「ああ、そんな事言ってたねえ」


 罰として髪を指に絡める。少し痛いんじゃないかな。しかし彼女は嫌がる動作ひとつ見せない。

 なので解いて、ゴメンよと頭を撫でておく。

 解ってくれているならそれで良いさ。


「お父様は、本当は妾の事なんてどうでも良かったのじゃ。ただ妾が外で何かをしでかして自分が責任を負うのが嫌だから、外に出さなかっただけなのじゃ」

「ふうん、そうかい」

「……お兄様はこんな事信じるのかや?

妾が一方的にお父様を非難しているだけかも知れんのじゃぞ」


 彼女は両手を地面に付けると顔を持ち上げ、ボクと同じ視線になる。

 折角確保した膝枕なのにもう良いのかい、せっかちだね。

 ボクはシャルの後頭部へ手をやって、自分の胸に押し付けた。彼女には「トクントクン」と、静かな心臓の鼓動が聞こえている筈だ。


「言ったじゃないか、ボクはシャルの味方だと。確かに嘘なのかも知れないね。

でも、そんなものは嘘だと解ってからで十分さ」

「そんな……。いい加減な……!?」

「いい加減じゃないよ、そもそもシャルが嘘を付いていないって実は分かるし」

「どうしてなのじゃ?」


 シャルは腕の中から顔を滑らせて、慌ててボクを見上げた。

 確かに彼女みたいな環境で育つと欲しいのかも知れないね、読心術。

 とはいえこれ以上ややこしくするつもりはないので適当に能力についてははぐらかしておこう。

 今必要なのは、彼女になら騙されても良いという気持ちが伝わる事だ。


「そんな気がするから」

「はあっ!?」

「じゃあ違うのかい」

「いや……まあ……違わんけど……」

「『ならば良しっ!』なのさ。そうだろう?」

「ぐぬぬぬ」


 言うとシャルは、いつもの調子で頬を膨らませた。ボクはそれをもう慣れた仕草でつついておく。

 直ぐに萎むという訳ではないが、少し口を尖らせたムスッとした表情になった。

何時もならこの表情がまあまあ続く。

 しかし今回は一気に力を抜くと、手を此方へ伸ばしてきたのである。

 その流れでボクの頬を撫でてきた。


「妾は、お兄様が好きなのじゃ。

ひと目見た時から格好いいと思った。

しかも妾を見た目だけじゃなくて内面でも好いてくれて、少しイジワルで……。

何より一緒に遊んでくれる。

家族の中で優先度が低いからといって無視されんし、人間でないからと気味悪がらん」

「……ありがとう」


 罪悪感を感じつつ、ボクはそれしか言えなかった。何か別にあるだろうと心の隅で感じつつ何も思いつかなくて、とてもモヤモヤした。


 これでは無関心と思われているのではないか。こんなに彼女の事が好きなのに、それが伝わっていないのではないか。

 不安と悩みで押し潰されそうだ。


 悩んでる間に撫でる手は頬から額へ移っていた。

 額は女の子らしい柔らかい指を感じる。それがボクの前髪を掻き上げるのを感じる。


 微笑みをひとつ浮かべて、彼女はボクの額に桃色の唇を付けた。

 指とは比べられないくらいに柔らかい。


「こんなお兄様が居てくれたらなと、妾は昔から願い続けていたのじゃ。

出会ってくれてありがとう!なのじゃ」


 唇を離したのが分かった。

 すると眼前に花が咲いたような笑顔が見える。

 背後の湖が太陽の光にキラキラと反射しているのもあって、とても綺麗なものに見えた。


 それが発する奇妙な引力に惹かれた。この時、ボクの心は彼女に囚われていたのかも知れない。

 気付いた時には、ボクは彼女の顎をクイと上げていた。

 おやいけない。早まり過ぎた。これでは額に口を当てられないじゃないか。


 しかし彼女は目を瞑って大人しく口を差し出している。期待の感情も、そんなに出さなくても良いよというくらい読み取れる。

 どうやら準備万端らしく、ならばと互いに唇をゆっくり重ねた。


 シャルの唇の動きで慣れていないのが分かるが、そこはリードしておこう。

 流れるそよ風は冷た目で心地よかった。


「ボクも好きだよ。

今は『シャルだけのお兄様』でいようと思っている」


 唇を離してそう言った。

 ボクの顔を改めて見た彼女は、耳まで真っ赤にしている。

 腕を組んでボクを見ていた。


「本音を言えば何時も。そしてずっと、妾だけのお兄様でいて欲しいのじゃけどな」

「それは無理かなあ。でも、シャルを手放すなんて事は絶対にしないよ」

「……仕方ない。それで許してやるのじゃ」

「かたじけないね」


 ふと、広葉が己の肩に付いているのが目に入る。そよ風で枝から千切れたのだろうか。

 これは気付かなかったなと、ボクは簡単に払うと、もはや芝草に紛れて見えなくなる。


「さぁて、これからどうしようか……おや?」


──キュルル。


 途端、小動物の鳴き声のような音が鼓膜をくすぐった。音の出所はシャルのお腹。彼女は赤面し、隠すようにお腹を押さえる。

 そういえば、もうお昼の時間だったっけね。

読んで頂きありがとう御座います

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