188 ナマズの顔は意外とハンサム
それを比喩するとしたら『鳥の巣』とでも言おうか。
勿論鳥の巣にも沢山の分類がある。
しかし、そう聞いて先ずイメージする物とは枝を積んで作る形式の物ではないかと思われる。
その『枝』に当たる部分が大量の棒状ポテトフライで出来ていたのだ。
ポテトフライの枝達が守る『雛』に当たるのは、こんもりと盛られた揚げ物である。
羽毛を思わせるフワフワとした衣の色は軽く、茶色というより金色に近い。
内側から漂ってくる揚げたばかりの魚特有の香りに食欲をそそられた。
フィッシュアンドチップスは王国において代表的な家庭料理なので、ボクもかなり食べる機会には恵まれいた。
だけど、ボクが食べていたのはオリオンから運輸されてきた鱈を調理したもので、ナマズを調理したものはあまり食べた記憶がないな。
正にそのナマズの産地である湖を持つ領の次期領主なのに、だ。
ナマズのものを食べた機会と言えば、ウチの修業場の昼食で出てきた物があった時だったか。
なんでもコストパフォーマンスの良さから修行生用として大量に作るのに向いているんだとか。
ただ、修業場そのものに良い思い出が無いからなのと、食事を楽しみに感じられたのがアセナと仲良くなってからなのであまり味は覚えていない。
あの頃は食べるという行為を楽しむというより、食事をかき込んで一人になりたかったという気持ちの方が大きかったからなあ。
アセナと仲良くなった後は、コスパは同じくらいでも味で勝るパーチのフライがメインになり始めた事や、一緒に食堂で食べるアセナが肉食女子(性的な意味ではない。今回は)なのもあったかな。
なんか引っ張る側の人が料理を頼むと、一緒に同じものを頼んで味についての話題で盛り上がる事がよくあったんだ。
加えて最近では、ボクは修行生達が訓練を受けている時、大抵の場合領主補佐の仕事をしているのでめっきり食べなくなっていた。
お忍びで何か食べに行った時もメニューで見る事はあっても、特段珍しいものでも無いという事でスルーだ。
そういった訳で、領主館でハンナさんの作ってくれた物の記憶ばかりが舌に残っているのだろう。
だとしたら、我が領の一般人はどの様な家庭料理を食べているのか。
じっくり味わうのは初めてかも知れない。
「……おや?」
食べようとして、また違和感を感じた。
食器が無いのだ。
つまりフォークとナイフ。
余分な事を言うならスプーンや箸なんかも。自分の常識で当たり前の物が無いと、世界が間違っているような感覚に陥る。
隣のシャルも同じことを思ったそうで、クルリとボクの方を向いていた。明らかに助けを求めている。
慣性でプラプラと。少しだけ縦ロールにしたツインテールが揺れていて、その表情はお預けを食らった子犬に似る。
つまり全時代的に手で食べろとでも言うのか。修業場でも流石にそれは無かったぞ。
そう思って、シャルの向こうに座るパーラを見ると、フィッシュフライを一つ摘んでパクリと一口で食べてしまった。
手が油で汚れる事を気にしていない。
どうやら、本当に素手でやるそうだ。
ボクら兄妹二人はそんな様子を見、若干のショックを受ける。しかし妹の居る手前、何時迄もそうしている訳にいかない。
武術の気付の技術を使い半ば無理矢理に、直ぐに立ち直ると、早速調査に乗り出した。
こう言う時、何時もはシャルが聞いてくれるものだけど、今回、恐らく彼女は出来ないだろう。
優しいシャルは常識の齟齬を、平等の立場である友達のパーラに対して聞くのは罪悪感を感じてしまうと思うのだ。
それに、妹が聞きづらい事を聞くのも兄の役目さ。
「あれ、パーラ。これって素手で食べるの?」
「ん。そうっすよ。なんだ、坊っちゃんはそんな事も知らないんですかい」
「ごめん、ウチってポテトフライをフォークで食べてたからなぁ」
「アッハッハ、お金持ちって変な事を気にするんすね。こんなもんオール素手っすよ」
「……ふーん」
その返答にボクは相槌。念のため読心術を使ってみたが、偽りは無し。
少々、修行場で食べたフィッシュアンドチップスの事を思い出し謎が残る事を思いつつ、先ずは大皿へ手を伸ばす。
流石に子供一人でこれはキツいから、三人で一皿の解釈で合っている筈。
隗より始めよ。
パーラ同様にボクの指が小さなフィッシュフライを摘んだ。
油の性質だろうか、カラッと揚げているせいだろうか、思ったよりもベタつかない。これは嬉しい誤算である。
その段階を越えてしまえば特に不安なところは無かったので、口に放り込んだ。
淡白な味は想像が付いていたけど、鱈に比べて少しパサパサしているかな。
まあ、これはこれで好き。
さて。このままシャルに「あ〜ん」と食べさせたいところだけど、それだけじゃ流石に、彼女が個人として食事をしている事にはならない。
でも、素手で食べる事には抵抗があるのも確かだ。
だからボクはポケットからハンカチを取り出す。出発時に取り敢えず目に入ったから持ってきたものの、結構良い生地で貴族の舞踏会に持っていっても良いものだ。
ボクはパーラの方にあったカウンターに手を出し、ピッチャーを掴むとハンカチを濡らした。クルクルと巻けばお絞りの完成である。
こんな店にそんな気の利いた物がないくらい、分かってきたしね。
そんな流れを見ていたシャルは、ハッと何かに気付いたようにフィッシュフライを摘むと、急いで口に入れる。
自分の心に急かされたせいか、掴む事に躊躇いは無かった。
急いで咀嚼し、ゴクンと飲み込んだ彼女は一言。
「美味しいのじゃ」
だがしかし、それは本音でないと分かった。読心術で満足の感情を読み取れないのもある。
しかし、それ以上に彼女の気配が修業時代のボクに被ったのが大きかった。
だからボクは言う。
「正直な気持ちで良いんだよ?」
するとシャルは苦笑いを浮かべた。
でも、それは何処か嬉しそうな苦笑いだった。
「少し泥臭いのじゃ」
周りは「お嬢様の口にはそりゃそうだ」と、ドッと笑った。特に悪い気持ちは感じられず、彼女達の間でも当然の事だったのだろう。
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