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183/568

183 横にしたイカはサソリに似ている

 何時もとは違う趣向の本をマジマジと読み込んでしまうのはよくあるある話。

 エミリーの教えたがりは絵本でも発揮されるようで、ボクは彼女の隣にちょこんと座って、折角という事で絵本を読んでもらう事にした。


 4歳のボクとしても言葉を喋れるとは言えど知らない言葉は沢山あったので、新しい世界には飛び込む好奇心があった。エミリーが夢中になるなら尚更だ。

 彼女の横に座ってコテンと頭を肩へ寄りかからせると肩から柔らかい息遣いを感じる。


 そんな状態から本に目を通すと、おとぎ話の名に相応しいと言うべきか。それとも当時の時代に作られる本としてはギャップを感じると言うべきか。

 ポップで優しい絵柄が目に飛び込んできた。


「ええとね、それじゃ読むよ。

昔、◆◆◆◆◆という心優しく美しい女の子が父親とお屋敷に住んでいました」


 名前のところは掠れて読めなかった。まあ、人名だし勝手に当て嵌めても良いか。

 ボクは何となく口に出す。


「昔、エミリーという心優しい女の子が父親とお屋敷に住んでいました……」

「うひっ!ちょっと!」


 突然の発言に、エミリーは再び肩を震わせビクリと驚く。

 頭が肩に直接接しているので分かり易い。プクリと頬袋を作った彼女に注意された。


「ごめんごめん、なんかエミリーの顔で再生されて。似合いそう」

「もうっ。年上をからかう物じゃないよ?そうしないとロクな大人にならないんだから。それに文字数が合っていないよ」


 否定しつつも嬉しそうではある。正直な気持ちなんだけどなあ。

 そう思っていると、続きを読み始めたので大人しく聞く。


 因みにその後の本の内容は、母親が亡くなってから再婚し、更に父親も亡くなると継母が主人公に意地悪をし出して召使のように使われるような日々になったらしい。

 そんなある日、魔法使いの魔女がカボチャの馬車とドレスを魔法で用意してくれて、舞踏会に行ったとの事だった。


「こうして、王子様に見初められて二人は幸せに暮らしましたとさ。

めでたし、めでたし」


 パタンと彼女は本を閉じ、そうして初めて物語が終わったことに気付く。どうやら聞き入っていたらしい。

 良い音楽を聴いた後の様な浮遊感が残っていた。

 ふうと一息付いて、なんでもない事のようにエミリーへ向き合う。


「よしっ、エミリー。ウチに来ようか」

「ごめん!突発的で文脈が読めない」

「それもそうか。いやあ、こんな話の後だし、ウチの館でエミリー専用の舞踏会でもしようかなあと」

「ああ、そういう事ね……いやいや。流石に無理があるよ!市民権すらない行商人だよ⁉」


 ボクが領主の息子である事は、エミリーとの間では公然の秘密だった。それっぽい動作をしても知らないフリをしてくれる、少なくとも、有象無象の貴族門弟よりは信頼のおける大切な人だ。

 なので家に招待したいという考えは、前々からあった。


「え~、そうかな。ハンナさん、ダメ?」

「ダメです」


 ボクはハンナさんに聞いてみると、笑顔で却下される事に少しだけ残念な気持ちが湧いたが、諦めも早かった。ハンナさんが言うなら仕方ないのだ。

 そんなやり取りを見て持ち直したエミリーが口を開く。


「まあ、その内『魔法』を習得して、自力でアダマス君ん()にお邪魔するから気楽に待ってくれれば良いよ」

「魔法?エミリー凄い!」

「そう、魔法さ。

いっぱい勉強して、良い大学に行って凄い『魔法』を覚えるようになったら、君の家に入れるほど立派な魔法のドレスを作れるようになるんだ。

そしたら毎日、カボチャの馬車で君の家でお迎えされるのさ」


 それは、錬金術と魔術の区別が正式な学問レベルでも曖昧だったから言えたこと。

 彼女は背表紙を握ったまま両手を天高く掲げて願望を語る。背筋も伸ばす。非常に希望に満ち溢れて乙女チックなものだった。

 しかしボクは若さゆえの過ちというものか。捻くれた感想が呟かれる。


「……でも、折角魔法のドレスを作っても舞踏会って毎日違う服を着るよ」

「む~、それもそうか」


 再び頬袋を作って腕を組むと、一瞬で答えを出した。


「よし!だったら、自分の意思で好きな形にドレスの形を変えられる魔法を覚えれば良いのさ!」

「おお~。まあ、出来たら確かに御呼ばれされそうではあるけど」


 そんなものを作れる錬金術士が居たなら、間違いなく貴族位が与えられる。

 学園都市を介して、ボクん家に呼ばれるのは間違いない。


「でも、作れるの?そんなの」

「ん~、ヒントはあるんだよねぇ」


 そう言って取り出したのは、更にボロボロの学術書である。

 ページを開くと、絵の全体像が見えないながらも生物図鑑だと解った。更に、その生物に対するメモ書きまである。

 エミリーの文字ではない。寧ろ、その生物を実際に見て書いたような文体だった。

 その内の一つ。

 エミリーが指差したのは、烏賊(イカ)の絵だった。イカ墨のようなモノを吐いているが、独特の光沢が表現されているのが解る。


「これは……?」

「【ディスメント・ロア】

体長20cmでコウイカの仲間だ。深海に住んでいる。

主な特徴はイカ墨ではなく液体金属を吐く事にあるね。

体内に海中の屑鉄等から液体金属を合成する炉を持っていて、様々な微生物や魔力が噛み合って成り立っているらしい。

そして合成された液体金属は体外へ外骨格上に纏う事で、地上への進出が可能。その時の形はサソリに似ているらしいね」


 子供特有の異様に詳しい動物の知識。知らない言葉は彼女に聞いて知識を補填しながら想像を巡らせた。彼女によしよしって褒められたかったのもある。

 つまり、黒い液体金属で身体を覆った烏賊が十本の脚で歩いていて、()を上に向けたのをのを前に向かって曲げている訳か。

 確かに三角形の部分がサソリの尻尾に見えなくもない。


「なるほど。つまり、その液体金属でドレスを作れば……」

「うん。理解が早くて助かるよ。

それでだ。知能は高く、人語の理解なら簡単に出来て、人間と取引をする事もあるとか。

性格はかなり残酷らしく、『取引』で滅んだ国は数知れない事から『悪魔のサソリ』とも呼ばれているね」

「ふえっ」


 それを聞き、ボクはふいに泣きそうになった。

 4歳児がこんな怖い話を聞かされたら泣いたって仕方ないじゃないか。彼女はそんなボクの頭をナデナデしてくれると、生き物図鑑をパタンと閉じる。


「まっ!『解析出来れば良いな~』程度だけどねえ。そんな心配する事でもないさ。

あ~、どっかに死体でも良いからサンプルとか保管してないかな~」

「む~!なんだよそれ~!」


 そうしてボクは頬を膨らませると、彼女の胸をポカポカ叩いた。

 彼女はアッハッハと朗らかに笑い、よしよしと頭を撫でてくれるのだった。


 因みに、このやり取りを聞いていたエミリーの父親さんが、僅かながらも絵本の仕入れを増やしてくれて、エミリーが読んでくれたものをボクが買う流れになるのはまた別の話。


 なので今も幾つかは、ボクの部屋の本棚に置いてある。特に今回の物は大切に納められているし、よく見返しもしていた。



 ……と、いった事を思い出していると、パーラから声がかかる。

 おっといけない。ここは新聞の話題にしておかないとな。


「どうしたんすか?さっきから動かなくなっちゃって」

「あ。いやさ、なんかボクなりに良い売り方とか無いかなって。受動的な性格だからシャルみたいなやり方は苦手でね」

「ああ~、そういうのあるっすよねえ。ま、才能がないんだから地道にやるしかないでしょ」

「……それもそうか」


 そんな会話をすると、都合よく新聞を買ってくれる『運命の人』が現れてくれる訳ではないボクはシャルを中心に置いて新聞を取り出し、声を張り上げたのだった。


「新聞いかがですかーっ!お安いですよー!」


 少しは成長出来ていたら嬉しいなあ。

 しかしこの先、もっと身近な事でこの頑張りが役に立つのを今のボクは知らなかった。

読んで頂きありがとう御座います。


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