181 新聞の四コマ漫画は面白い
急いで読まなければいけない状況のせいだろうか。新聞を読んだ印象が前と少し変わっていた。
たまにあるだろう?詰め込んだ内容より、少し遊びが入った方が頭に入るって事がさ。
活字の中にゴシップを介した市民の声を身近に感じる事が出来たり、エッセイの様な娯楽性を感じられた。
流し読みでも覚えやすい。これなら絶対性を求める営業マンよりも、日雇いの若者なんかに週刊誌感覚で売った方が良いかもなあ。
将来に不安を覚えているとはいえ、丁稚の皆が何度だって読みに行くのも納得だ。アセナ、いい仕事してるじゃないか。
ところでふと、一種の不安が頭に湧いた。
もしも狭い視界の人間に売った場合、自分が賢いと思っている者がこういった噂話程度の真実の側面から、1を知って10を理解した気になり暴挙を起こさないかというという不安だ。
だが、そんな考えは霧散した。
よくよく考えれば周りの丁稚小僧や乞食でさえそういった事はない事に気付く。あまりにも馬鹿馬鹿しい悲観主義的な考えだと思い、ボクは自分が支配者側故の考え過ぎだと頭からそれを切り離したのだった。
世界はそんなに馬鹿な筈ない。父上みたく頭の良い人はそれすら考慮にいれて行動するのだろうけど、子供のボクでは信じるだけで精一杯だった。
「ん、どうしたんすか。さっきから俯いちゃって」
「え?ああ、ちょっと考え事をね。ごめんごめん」
「もお、しっかりして下さいっすよ」
『班長』のパーラがボクの様子に気付いて話しかけてきた。
今日、ボクは丁稚小僧として新聞売りに参加する訳だが、流石に新人一人に任せるのもどうかと三人一組の班を作ってくれたのだ。
班のもう一人は勿論シャルである。
キャスケット帽を被った彼女は、新聞が詰め込まれた鞄を肩から下げて、お気に入りのかぼちゃパンツを揺らしながら、今日はどんな楽しい事があるのだろうと様々なベクトルの好奇心に目をキラキラと輝かせていた。
仕事だというのにこういう考えになれるのはシャルの良い所だ。
そんな事を考えていると、彼女の視線が此方に向いて、少しニマッとした顔で覗き込んでくる。
どうやらボクの行動のひとつひとつも、彼女の好奇心の対象らしい。
「どうしたのじゃ、お兄様。妾がナデナデした方が良いかの」
「いや、魅力的ではあるんだけど、さっき新聞社でパーラに注意されちゃったしね。まあ大丈夫」
「ちえー、釣れんのじゃ。因みにどんな事を考えておったのじゃ?」
正直に話せば馬鹿馬鹿し過ぎて詰まらない事を話してしまう事になる。シャルも退屈してしまうだう。何か他に気の向いた話題はないかな。
そう思って周りを見ると、懐かしい場所を見つけた。今日のボクは運が良い。
此処はとある大通り。
屋台や立ち売り。他にも似顔絵描きや怪しいポエムの色紙売りなどが目立つ中で、今のその場所は空きスペースだった。
此処の屋台にこれといった縛りはないので、空いていたのは単なる偶然だろう。
何もなくなっているのは寂しい物を感じるが、ボクの瞼の裏には4歳の頃の光景がはっきりと色褪せないで映っていた。
昔。鉄道という物が出来て市の中心が駅前に移る前の時代。
そこには馬車も兼ねた行商人用の屋台が置かれていて、店主の親父さんの隣には売り物の本を読む女の子の姿があったのを覚えている。
ピシリとそこを指差した。
「ほら、あそこの空きスペース。
実はボクとエミリー先生がはじめて出会った場所なんだ。昔、ボクがハンナさんと一緒に外を歩いていた時なんだけどね。
それを思い出してたら、なんだか懐かしい気持になってきてさ」
「へえ~、エミリー先生の小さい頃って想像できんの。どんな感じじゃったのじゃ?」
「ん。それを言うのは良いんだけど……」
視線を横にズらすと、そこには明らかに興味津々の様子で耳を向けるパーラが居る。
彼女に寝床を与えて、世話をしているのもエミリー先生だ。色々と思うところがあるのだろう。
察したシャルは、ボクに向けたもの以上にニヤニヤとした笑みをパーラに向けていた。
「なんなら加わっても良いのじゃよ?」
「んっ!いやいや、さぼっちゃダメっすよ!任された仕事はしっかりこなさなきゃ!」
「ふ~む、強情なんじゃのう」
褐色の両手で薄い胸を押され、物理的に距離を取られるシャルは相槌を打っていた。
だが、そんなとぼけた表情から瞬時に何時ものニッとした笑いに戻ると、思いを伝える。
「だが、そんなパーラは悪くない。寧ろ妾の好きな人種なのじゃ」
「え?はあ。ありがとうっす」
よく分からないが褒められたらしい。
パーラは帽子を取って、少しパーマのかかった髪をかいた。
「うむ。それじゃ早速新聞を売ってしまうのじゃ!」
「んっ……んん!?それは余りにも突拍子が無い気がするっすよ!
言葉のキャッチボールプリーズっすよ!」
テクテクとボクの指差した方向に歩いていくシャルへ猛烈なツッコミが飛んでいく。
しかし好奇心というものは言葉で止まるようなものではなく、返事は無し。此処はひとつ助け舟を渡しておこう。
パーラの肩を叩くと、割と凄い顔で振り返ってきた。
「『折角だしあそこで仕事をして、仕事の後か休み時間にでもエミリー先生の話を聞いてみないかや?』って言っているよ」
「あ?ああ、なるほど。翻訳さんきゅーっす」
凄い表情が少し考える表情に変わり、そして機械の様に頷きながら納得の表情へコロコロと顔つきが変わっていく。ここら辺、シャルと似ているかも知れない。
ボクは簡単に返事を返した。
「いいんだよ。まあ、取り敢えずは仕事を教えて欲しいかな。場所は突発的に決めた此処でも大丈夫なのかとかも気になるし」
「ああ、はいっす。
何時もの場所は駅前なんすけど、売って問題ない場所なら何処でも良いっすね。ショバ代は新聞ギルドに納めるシステムなんで。
それで値段なんすけど何時もは雫型銅貨一枚なのが、今日はスクープという事で半額で……」
「ああ、はいはい。それはシャルも交えて話そうか」
指摘すると、彼女は空きスペースで寂しそうに立って待っているシャルの方へ焦って駆けていった。結構おっちょこちょいなんだなあ。
パーラの事は恋愛目線では見る事ができないけど、こういう女友達が居るのも悪くないかも知れない。