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18 フランケンシュタインの怪物

 シンボルツリー……シャルが言うには『緑翼の木』の木陰の下で。

 ボク達は少し息を切らしていた。足を伸ばして木に寄り掛かかる。


 上を見れば陽光で透ける広葉が一枚。綺麗だなと思わず手を伸ばす。

 まあ届く筈無いんですけどね。アホだなあと、ボクは腕を降ろした。


「疲れたね」

「そうじゃのう。流石の妾もクタクタなのじゃ」


 湖を介してやってくるそよ風が気持ち良い。

 取り入れた酸素で腹がふくらんだり縮んだりしていると、細かい事がどうでも良いと思えてくるものだ。


 しかしだ。なんだってどうでも良いという訳でもない。

 特にお互いの身体にくっ付いている大量の芝草。コイツは大問題だ。


 どう悟りの境地に達しても、やはり青臭いものは青臭いし、しかもチクチクする。気にならないとか絶対無理。

 これを我慢するくらいならまだ、此処まで転がって来たのを周りの人から見られた時の少し白い視線の方がマシというものである。


 幾らなんでも、ずっとそんな物がくっ付いているのはあんまりなので、シャルの身体の草を取り除いておく事に事にした。

 彼女との距離を少し詰めた。頬の辺りを痛くならないよう、パッパと払う。

 突然の事に彼女は少し驚く。


「うひっ。な、なんなのじゃ?」

「芝草が付いててチクチクして痒そうだなって思って」

「ああ……なるほどの。ありがとなのじゃ」


 礼を言われて、これといった反発心もなし。実は恐怖感が払った直後に跳ね上がったが、落ち着いて元通りになっている。

 なんか過去にあったのかな。

 まあいいか、少しスケベ心でも出してみよう。


「なんか他に払って欲しい所とかある?」

「他の場所……かの?」

「そう。他に」

「どんな場所でも良いのかや?」

「まあ、シャルがそれで良いなら」

「ふーん、そうじゃのう」


 シャルは目をつぶって少し考える。クイと顎を上げる。人差し指で己の喉元を叩くように指差した。


「それでは、ココの草を払って欲しいのじゃ」


 そこは確かによく見ると芝生の草が付いているのが見える。

 背中とか肩とかの方が多い気もするが、そこが気になるらしい。

 まあ自分じゃ見えないからね。仕方ないね。


 それではとボクは手を向ける。その途端だ。彼女は一気にボクのふくらはぎまで飛び込んできた。

 まるで弾丸だ。不敵な笑いが下から聞こえてきた。


「クックック。お兄様の膝枕ゲットなのじゃ」


 ただし、その笑みには少し不安の色も見える。彼女はコクリと唾を飲んでいた。

 取り敢えず困ったような台詞でも言っておこうか。ボクは右手をあくまで軽く、ワキワキと動かす。


「あっちゃー、取られちゃったかあ。

それで、このまんまシャルの喉元の草を取っていけば良いのかな」

「うむ。ゆっくり咲いて優しく、喉元ゴロゴロして欲しいのじゃよ」

「なんか猫みたいな事を言うねえ」

「クックック。望むのなら、別にこのままお兄様のペットになるのも悪くないと思っているのじゃよ?

にゃんにゃん」


 そのようにシャルは背徳的なセリフを放って、己の頭に両手でネコミミを作る。ついでに腰もくねらせる。

 ボク程度が高く評価されたものだね。


 彼女の言いつけ通りにゆっくりと喉元をゴロゴロすると、猫のように身体をよじらせる。気持ち良さそうで何よりだ。

 そんな事をしていると、彼女が前触れなく口を開いた。


「……なあ、お兄様」

「なんだい。シャル」

「お兄様は、妾の事が気持ち悪くないかや?」

「いや、シャルは何時だってかわいいよ。どうしてまた」


 ゆっくりと撫でつつ、ボクは真面目に聞く体勢を作る。

 何か聞いて欲しいんだっていう続きがあるんだね。


「得体の知れない癖に突然押し掛けて、突然好感を持ったりして、もしかしたらお兄様の邪魔とか迷惑とかになるかも知れなくて……その……そのっ!」


 シャルの目元には潤むものがあった。

 抑えきれない気持ちが内心では溢れているのだろう。トラウマが暴れて整理が出来ていないとでも言うべきか。

 ボクはシャルのかわいらしい、サラサラのおデコを撫でた。


「大丈夫。大丈夫だから。まあ、ゆっくりとね」

「……うん」


 そうして彼女の顔付きは少し落ち着きを取り戻していた。

 泣き顔は嫌いじゃないけど追い詰められたものは好きじゃない。

 無性に彼女を知りたいという訳ではないけど心の拠り所にはなりたい。

 そんな矛盾したような思想が今を作る。


「なにかあったのかい?」


 シャルは自身の胸に手を当ててボクに真っ直ぐと語り掛けた。そこには年齢不相応な『人間』の顔がある。


「実は妾の身体。半分が人間ではない。

錬金術によって作られた人造人間の母と、人間の父の間に産まれた娘。それが妾なのじゃ」


 エミリーの講義で少しだけ聞いた事がある。

 我が国が成立する前、人間を作り出す錬金術が存在したらしく、詳しくは教えてくれなかったが、昔その技術を持つ貴族に関わった事があるとか。

 フランケンシュタイン家なら、その家系であってもおかしくはない。


「でも君のお母さんは、ミュール辺境伯から嫁入りしたって話じゃなかったかな」

「……書類上はの。

でも本当は、お父様が自分の『作品』と結婚出来るように家格に合うよう作らせ買った、でっち上げの戸籍なのじゃ。

ウチは金と利権だけは大量にあるからの」


 彼女の声には深い哀しみ。そして解放感が半々に込められているのが読み取れた。

 知られる事に色々な気持ちがあるのだろう。それでも溜め込んでいるのは辛いものな。

 だからなのかボクは笑いもしなければ泣きもしない。


「そうかい」

「お兄様は、気味悪くないかや?

妾は貴族の子でも、平民の子でも、人間の子でもない。

そんな妾をまだ愛してくれるお兄様でいてくれるかや?」


 シャルは優しい子だな。普通はそれで過去、自分になにが起こったか喚くだろうに。

 それなのに第一に考えるのは今、目の前に居るボクの事なんだな。

 大切なのは過去より今。出来る人は不思議と居ない。


「勿論だとも。ボクはいつだってシャルの味方さ」

読んで頂きありがとう御座います

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― 新着の感想 ―
[一言] フランケンシュタインはここの伏線でしたか、何があると深読みしてましたがここですか。素晴らしいタイミング、そして悲しいような萌えるような、この展開は続きが気になって仕方がないですね。 ゴロゴ…
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