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177 命乞い

 煉瓦を組んで作った洞穴のような、小さめの下水路のような。

 そんな、なんとか通れる狭苦しい隠し通路を『ボク』は抜けていた。その先に在ったのはぼんやりとした明かりだけに包まれた殺風景な部屋である。

 主な家具はテーブルと椅子のみ。後は籠城でも考えているのだろう。兵糧を詰め込む為の木箱やら樽やらがちらほらと見える。


 感覚的に六畳ほどに感じるが、大剣を基準とすると本当はもう少し広いのだろう。

 魔力灯が発明される前の、キノコをガラス瓶に詰めただけの明かりが現代人たるボク視点でそういった感覚にさせているのだろうか。

 それとも、この部屋を取り巻く空気がそうさせているのだろうか。


「来ちゃった♡」


 『ボク』は大剣を肩に担ぎ、椅子に腰かける宰相にそう言う。

 ふざけた台詞とは裏腹に、そのはらわたは殺意で煮えたくっていた。凶暴な『笑顔』を作る己の眉間には皺が寄り、額には青筋がめいっぱい浮かんでいるのが感触で分かる。

 笑顔とは本来、攻撃的な表情なのだ。


 殺気に当てられた宰相の顔には、じんわりと大量の汗が浮かんでいた。それでも睨み返す事を辞めない。

 寧ろ騎士ですら怖気づく殺気に当てられても耐える事が出来る彼こそ、流石稀代の大悪党とでも褒めるべきかも知れないが。


 壁には飾るようにボウガンやらサーベル。それにダガーなんかも掛けてあった。

 こういう部屋ではそれらを予め手に持っておき、閉所及び暗所を利用した奇襲を仕掛けるものだが、それをする仕草が見られないのは『ボク』に対して完全に無駄だと分かっているからだろう。


 そんな宰相は落ち着いた様子で『ボク』に語り掛ける。


「敗れたのだな。騎士団長(ヤツ)は」

「ああ。これでもかってくらい出オチだったな」

「家系、武具……伝説というものも当てにならんものだ。どうだ、此処に座って話さんか。一応、茶と焼き菓子くらいは出せる」


 チラリと兵糧に視線を移し、同時に手で椅子を引く。あの、常に人を見下し続けてきた男とは考えられない行動だ。

 そしてスラム上がりの『ボク』としては、考えられない事をする場合は向こうに何か考えがあるのだと経験則が知っている。

 だから敢えて立ったまま、揺さぶりをかけてみた。


「ああ、時間稼ぎをしていると思んだうけどさ、残念ながら失敗してるぞ」

「……」


 宰相は答えない。

 しかし読心術は心の動きを捉えていた。更に、隣の王も反応している。此処に来る前に安心させる為の策として言っておいたのだろう。

 未熟な王は取り乱しそうな目つきをしていた。


 『ボク』は一指し指を立てると、一匹の翅蟻(ハネアリ)がそこに止まった。正体は虫型偵察機だ。

 それの複眼が光り出すと宙に立体映像を投影し、ある光景を動画で映し出していた。


 場所は密林。

 そこでは底なし沼に嵌まって水を吸った綿入り外套(ギャンベソン)を着ていたり、網に引っ掛かりと身動きを取れないでいる、甲冑を着た騎士達の姿が映っていた。

 また、腐葉土でぬかるんだ足場が本来の動きを阻害しているのも見られる。

 そうして騎士は森の茂みから出てきた男たち……ラッキーダスト領の開拓民達に多対一で倒され、時に捕らえられて壊滅状態と化していた。

 そんな彼らの指揮を執るのは女性の様に細い体つきと長い耳。元湖賊のリーダーをしていた、エルフのタークルだった。


 今起きている光景を見ながら『ボク』は溜息を付いた。


「領民を人質にしておけば交渉材料に使えるって考えは悪くないとは思う。

だけど地の利というか、もうちょい現場の声ってものを聞いた方が良いぞ。こないだまで湖賊をやっていたとは言え、エルフの本質は森の民なんだ。

金をかけた良い装備で固めて、数で押せば勝てるだなんて先ずありえねえから。湖賊の討伐だって同じ考えで失敗してるしな。

調べさせて貰ったんだが、最新の大型船を使った水軍の連敗によって貴重な大湖を占拠され続けざるを得なかったんだってな」


 言い捨て、手首を振ると翅蟻は何処かに飛んでいき、立体映像も切れた。

 宰相はより眉間の皺を濃くして、椅子を元に戻す。そんな怒りと悔しさの混ざった苦々しい表情で睨みつけつつ、重い口を開いた。


 圧迫感は凄いものの、意外と声色は落ち着いていた。

 こんな時でも普通に喋れるなんて修羅場を超えているなあ。


「次の機会があれば考え直してみよう……」

「第一声がそれかい。お前に次なんてねえぞ」

「だが、此処で儂を殺せば確実に国は割れる。王を支持する者と、貴様を支持する者にな。今、儂が居なくなれば、議会が国王陛下を支えるようになるだろうが、あの有象無象共では無理だ。

そして、貴様も国を導けるほど王としての力はない。確かに領地を任せる分には十分だがな。信のみで動かす程、国家運営は甘いものではないのだ」

「ふ~ん……」


 軽く頷き、大剣の切っ先を宰相の首元に突き付けた。

 しかし宰相は少しも怯まない。寧ろ読心の結果では余裕とさえ読み取れる。

 それは、政治音痴で王の器でないと自覚している『ボク』が、話に興味を持ったから。


「じゃ、どうするよ?」

「貴様を王にしてやる。

国は確かに二つに割れるが、貴様の武力を背景にした権威さえあれば直ぐにまた纏まるだろう。そして王として案を出してさえいれば、儂が現実的な形に落とし込んでやる。

寧ろ此方の方が本来の王と宰相の関係に近いとは言えるな。もし結果が出せないなら、この首……幾らでもくれてやる!」


 嘘はない。本音だろう。

 『ボク』はそこまで聞いて、無言で大剣を持ち上げる。大剣は、その長さ故に持ち上げないと背中の鞘に仕舞えないのだ。

 互いに頬の筋肉を少し緩めて肩の力を抜く。


 その刹那だった。


「だが断る!」


 『ボク』は持ち上げた大剣を一気に振り下ろし、袈裟懸けに宰相の身体を叩き切った。

 何が起こったか分からないような表情で、重力に従って地面に落ちる宰相の上半身は掠れた声を上げる。


「バカ、な……後悔……するぞ」

「すまんな。俺、お前のブサイク面嫌いなんだわ。王様にしてあげるって言われたって毎日見たくね~や」

「この、チンピラ……め」

「そうだな。俺はチンピラだよ、勝手に勇者とか言われてるけどな。文句あっか」


 べしゃりと柔らかい音を上げ、上半身が床に落ち、下半身もそれに重ねる様に倒れる。

 こうして、今まで王国を裏から支配し、幼少より勇者を苦しめてきた黒幕はこと切れた。

 これ以上の事は何もない。あまりにもあっけない終わり方である。


 敢えて言うなら、宰相の考えを採用するのだったらハンナさんがそのポジションに付けば良いだけだしね。

 彼とは考えている事が根本的に違っていたのだろう。『ボク』の性格を解っていなかったとも言う。

読んで頂きありがとう御座います。


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