176 勇者vs勇者
鎧の伝説は本当。
なお中身が無事だったとは限らないもよう……
見張り台と呼ばれる薄暗い塔の中で、風を切る音がした。
自身の身体が重力に従って加速をしているのだからさもありん。
一般の冒険者や兵隊では飛び降り自殺と変わらないが、こちとら『魔王の試練』を乗り越えてきた勇者である。この程度の落下なら何度だって経験してきた。
薄暗い中で床を見極め、爪先から着地。
そのまま身体を丸めて転がりながら脛、尻、背中、肩の順に着地する事で着地の衝撃を体中に分散した。猫が高い所から飛び降りても大丈夫だというのと同じ理屈だ。
現代でも気球等が空中で魔物に襲われた時など、緊急脱出手段の一つとして使われる。
『ボク』はそのまま何事もなかったかのように起き上がると、短距離走の様に駆ける。狙いは宰相の居る玉座だ。
王城の構造は実際に勇者として呼ばれた時と、ハンナさんの虫型偵察機とで頭に入っている。隠し通路なんかも調査済みで、到着には驚くほど時間が掛からなかった。
驚く文官やメイド達。そして硬直して動く事も出来ない衛兵なんかを素通りし、大層な扉を大剣で鍵ごと破壊した。
長い間、扉として使われてきた木片が玉座に散らばる。
すると、中には一人の男が待ち構えていた。宰相や王ではない。
百人に聞けば百人が『騎士』と答える。そんな男だった。
「ククク、よく来たな。愚かな反逆者よ」
黒い重装鎧を着ていて、顔は兜で分からない。しかし、声色から表情はなんとなく予想がついた。笑っている。勝利への確信がある者の『表情』だった。
片手には二人で持つような大盾。もう片手には、大盾が只の片手用の盾に見えるような両手剣が軽々と握られる。
更に炎の様な深紅のマントが、その巨体を強調していた。
「ああ、安心しろ。読心術を持つ貴様には不要な説明だと思うが伏兵はおらん。邪魔だからな。
さて。先ずは此処まで来た事、褒めてやろう。
しかし『真の勇者』の血族しか纏う事を許されない、この『剛破の鎧』!
隕石を受け止めた伝説を持つ我が家の秘宝は決して、『偽物の勇者』たる貴様の大剣程度では破られぬ!さあ、かかって来るが良い!」
そう言って男が剣を構えた途端だ。
剣を下段に構えた『ボク』は、腰を落としつつ低い位置から突撃する。現代における低空タックルだ。相手の膝よりも低い、かなりの技術だった。
その一瞬は、相手の視点からは消えたように見えただろう。
しかし『ボク』は、押し倒す訳でもない。密着する訳でもない。ただ、ある一定の距離で片膝を付くと、その膝を支点として大剣を振り上げる。その変則的な軌道は、純粋な切り上げというよりも、下突きによく似ていた。
狙いは足と股間の付け根。とはいえ、金的狙いという訳でもない。
そもそも通常の鎧でさえ、そここそが一番頑丈に作られていて、力いっぱい振り下ろしたハンマーも通じない場合が多い。
だから『ボク』は、股の付け根の隙間から大剣の切っ先を捻じ込み、そのまま上に突いた。
さて、重装鎧とは基本的に三つの構造に分かれている。
先ずは下着となり、打撃へのクッションとなる綿入り外套。その上には関節など隙間を攻撃された時の為の鎖帷子。
その上にはじめて鎧を着て完成だ。
因みに衝撃対策として頭と兜をに隙間を作っており、頭を殴れば良いという訳でもない。
そんな重装鎧にどう立ち向かうか。
大剣は打撃武器に備えて作られた甲冑の隙間を通り、鎖帷子を重量で無理やり切り裂き、面当ての眼部スリットから飛び出していた。
隙間を通しただけだが、はたから見れば股下から頭頂にかけて串刺しにしたような形になる。
「よっこい、せっと」
更に『ボク』はしゃがんだ状態から膝を軸に回し蹴りを放つ。
重装鎧は『倒せば重さで起き上がれない』なんて事はない。鎧を着てバク宙をした例なんていう記録もある。なので倒すのが目的ではない。
ある目的のために、少しだけ男の重心が後ろに向けば良い。
重心が最も後ろに傾く瞬間を、『ボク』は刹那の見切りで理解する。
瞬間、床にて蹴り脚とは逆の足を支点とし、挿入した大剣をてこの原理で引いた。
───パァンッ
小さな金属が幾つも同時に引き千切れる音がした。
重装鎧の部位を繋いでいたネジや革辺等の小さなパーツが空中に舞う。
黒い甲冑が『剥がれ』たのである。まるで、栓抜きでジュースの蓋を引っこ抜くように。
小さなパーツをよく見れば、それは甲冑同士を繋げる留め具と分かる。確かに、幾ら鎧が頑丈でもそこを狙えばどうにかなるかも知れない。
でも、普通やろうとするか。精密な動きの出来ない大剣だぞ。
同じことを思ったのか、面当てを取られ目を見開く男の顔が見えた。かなり厳つい顔をしているが、それ故の焦った表情がユーモアに反映されていた。
何時の間にか立ち上がっていた『ボク』は、男の顔を覗いていた。巷ではこれを『ナメている』と呼ぶ。
「ああ、誰かと思ったら騎士団長じゃん。
そんな凄い鎧があるなら、もうお前が魔王倒しに行けよとか俺は思うぜ」
現状、大剣は鎧を剥がすのに使ってしまったので『ボク』は無手で騎士団長と鼻同士が触れそうな程に超近距離の状態だ。
故に騎士団長は盾で殴って距離を取ろうと反撃するが、『ボク』の『素手』という武器の方が早かった。この判断は実力の差というより経験の差である。
もしも互いに木剣を持ち、決められたルールに守られた『訓練』という競技で戦ったなら騎士団長が勝っていただろう。
『ボク』は右手でスナップを効かせて手の甲側を相手の目に当てるように指を当てた。目潰しの一種である。有名な、指二本を直接眼球へ挿入するものではないので攻撃力はそれ程ないが暫く視力は奪える。
だが、その『暫く』で生死を分けるのが戦場というものだ。
騎士団長が未知の痛みに一瞬だけ目を閉じた時。『ボク』は鋼鉄の手甲で覆われた左手を握り、思い切り顔面をぶん殴った。
歯が宙を舞い、顎の骨が折れる感触が手甲越しに伝わってくる。
色々な修羅場を潜ってきたが、この喧嘩パンチはずっと使っている。しっくりきて、不思議と当て易いのだ。
「まあ、序盤から最強装備なんて真っ先に『魔王の試練』から落とされる対象だけどな」
吹き飛ばされる男に吐き捨てるように言うと『ボク』は大剣を引き抜き、玉座を叩き切った。するとそこには、隠し通路への入り口が開かれていた。
この先に王と宰相が隠れているという事を、『ボク』は知っていた。
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