175 何があろうと恐れる事はない。きっとあなたの風が吹くから
神殿から外に出た『ボク』が目にしたのは、空を飛び回る重力弾と精一杯戦おうとしている兵隊たちの姿だった。
恐らくは宰相の知らないところで、議会もUFOに歯向かう事を決めて兵隊を動かしたのだと思われる。
見張り台に見えるのは、腰にサーベルを佩き、ロングボウやクロスボウ。
そして僅かながらもオーパーツと思われる火薬式銃なんかを放つ兵隊たちだ。しかし、矢や鉛玉なんかは簡単に重力弾の発するバリアに防がれていた。歯向かうという形は取っているもの、『戦う』という土俵にすら上がれていないのがよく分かる。
もしもこれを操るハンナさんがボクの知るハンナさんであるならば、彼女なりの優しさと思えただろう。
降伏の機会を与える為の場を設けているのだと。
勿論、ハンナさんの事を知らない兵隊達からは、自分達を弄ぶ不気味で無機質な侵略者としか思えないだろうが。
兵士達も攻撃は無駄であると、分かっていない訳ではないとは思う。
彼らは騎士だ。教養のある知識人達の筈なのだ。
それでも引かないのは『引いたら食われる』の身体に根付く本能か。騎士階級としてのプライドか。はたまた、そういう命令は受けていないからなのか。
取り敢えず『ボク』の読心術を使った視点からは、何時攻撃してくるか分からない無機物への恐怖がなみなみと伝わってきた。
そんな、ある意味平衡状態な戦場へ『ボク』は溜息を付きながら円盤の縁まで歩いていく。それは逆に、無為な戦いを続ける兵隊たちに歩み寄っていくとも言える。
彼らの肉眼で見える程度の距離まで来ると、わざと目立つよう堂々と両手を広げて咆哮した。
「俺は此処に居るぞぉ!」
愚かなまでの威嚇。
それを見つけた兵隊たちに浮かんだ表情は、救いを得たような物だった。
彼等視点からだと此処は、上からの命令で終着点が見い出せない、無謀な消耗戦を無機物相手に強いられていた、まるで魔王軍との戦いですり潰される奴隷になったような戦場だ。
そこへ、ただ目の前の人間を倒せば良いという、自分達の物差しでどうにかなる目標が出来たのだから。
彼らは擦り減った心に鞭打って強弓へ矢をつがえる。
その様は、流石は城の兵士と言うべきか、放たれた幾本もの矢達は綺麗な扇型を描いて『ボク』に向かっていったのだった。
勿論『ボク』は普通の人間だ。矢が刺さったなら致命傷。
しかし笑って左手を前。右腕を顔の横に構えて半身の構えを取ったのだった。
───集中
『ボク』は視界に入る矢の軌道を全て先読みし、最低限の動きでかわし、時に小手や鋼板を使い腕で回転運動を作る事で受け流す。
更には受け流した矢で飛んで後からやって来る矢の軌道さえも変えてみせる。
機能美の詰め込まれたその回避法は、まるで舞踏の一種だった。つい美しいと思ってしまう。
「こんなの剣を抜くまでもねえな!矢でも鉄砲でも持ってこいってな」
兵士たちは唖然とした表情で、無傷な『ボク』を見ていた。
そんな中で『ボク』は軽くジャンプすると、ハンナさんがUFO内から操作する事で飛んできた重力弾に両足を乗せ、風よりも疾く空中を飛んでみせたのだった。
風の抵抗で落ちないのは重力操作によるものと思われる。
「行くぜ相棒!」
今度こそ剣を抜くと、見張り台の真上に飛び上がる。
空中で構えられた大剣は体の右側で立てられていて、一見すると八相の構えにも見えるが、上に掲げられ過ぎていて上段にも見える。まるで鉞を振り下ろす直前だ。
つまるところ、防御を捨てている構えだった。
「ちぇすとおおお!」
大剣を、円錐の形をした見張り台の屋根へ振り下ろす。
屋根は煉瓦を積み上げてで出来ており、その中は小さな窓の付いた空洞……つまり屋根裏部屋になっていて、飛び道具を放つことで鳥型魔物や小柄のワイバーン程度の侵入なら防ぐ構造になっていた。
故に小窓から『ボク』目掛けて矢は飛んで来るが、そんな物は関係ないとばかりに矢の軌道を見切った上で少しだけ身体を空中で捻らせて躱し、煉瓦の継ぎ目を狙って質量任せに『叩き切った』。
はた目には質量で叩き壊したようにも見える。
故に天井へ大穴を開けながら見張り台へ侵入する『ボク』。
屋根が崩れ行く中で『ボク』に弓を引いた兵士を、互いに落ちながら後ろ回し蹴りを放ち、見張り台の床部へ叩き付けて意識を刈り取っておく。
更に着地と同時、今度は観測手の兵士と目が合った。装備はロングボウとサーベル。
しかし彼は恐怖の感情を一瞬で殺し、反射的に持っていた弓を捨ててサーベルへ手をかける。確かにこう狭い場所では大剣よりも小回りの利くサーベルの方が有利。
直ぐに弓を邪魔と判断して捨てた所といい、良い判断だ。
だが、それは対人戦の常識が通じる相手に限る。
「おらあああああああ!」
『ボク』は大剣の柄を両手に握ると、竜巻の如く振り回した。
さて、屋根付き見張り台の形について語ろう。
基本的に見張り台とは城内へ続く円柱か四角柱の塔の事だ。その真上には数本の柱が建ち、住居と同様に屋根が取り付けられている構造をしている。
この際に重要なのは外の状況をちゃんと見張れる様に大きな窓を作る事である。
なので、柱と柱の間隔は広くなるよう……即ち屋根を支える柱の本数は少なくなるよう作られている。
また、今の見張り台の屋根は大穴を開けられた衝撃で重心が不安定なのもあった。
故に、全ての柱が叩き折られて柱と屋根だった物は外に吹き飛ぶ。
阻む物が無くなった事で差し込む日光が、振り回しの時に少し先端が切り取られた兵士のサーベルを照らした。
「閉所の優位が消えたな!」
『ボク』の言った事に兵士はハッとしたがもう遅い。彼の目の前には大剣の面が向かっていたのだから。
それはテニスラケットの如く、兵士の胴体側面へ叩き付けられた。
歴戦の戦い。そして開拓の肉体労働によって鍛えられ、魔力によって強化された筋力は弓兵故の軽装とはいえ甲冑を着た兵士を、見張り台同士を繋ぐ廊下へ吹き飛ばす。
廊下の床へ叩き付けられ、少しめり込んだ兵士を一瞥した。うん、戦闘続行は不可能そうだ。
『ボク』は大剣を鞘に戻して、王城の中へ続く梯子のある穴を見る。
「とうっ!」
そして、着地の衝撃なんか気にしないかのように勢いよく穴の中へ跳び降りたのだった。
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