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171 奴隷解放宣言

 ボクは今見ている夢の内容から、何となく次に起こりうる事が予感できた。だってこの流れは、まさしく現代でも王国が一領主であるラッキーダスト家に手出しを出来ず、逆にラッキーダスト家も議会で腫物扱いを受ける歴史の闇なのだから。

 属に言う、『勇者の真実』である。


 ボクは今でも、この宿題に答えを出せないでいた。

 平和とは永遠に続かないように出来ているのか。永遠が存在しないから健全なのか。

 ただ、今のボク自身の生活が崩れる事を想像すると涙が出そうになるのは、おかしい事なのかな……。



 さて、舞台は『ボク』の視線に戻り、順調にラッキーダスト領を開拓していたある日の事だった。

 『ボク』の目の前にはかなり古いタイプの装備をした騎士がやって来ていて、羊皮紙で出来た手紙を読み上げる。この紙は今でも変わらない。


「ラッキーダスト卿。陛下からの伝令を読み上げる!

此度、奴隷をあくまで一市民として雇用し、領地を開拓する手腕は誠に天晴である!」


 そりゃ仕事の働き甲斐で効率が違うのは当たり前だ。

 ボクが勇者の旅路をちょくちょく見た記憶では、文字通り馬車馬の様に働かされている奴隷が沢山居た。馬替わりに荷物を引く奴隷なんて当たり前だ。

 勿論、奴隷は財産だしそうでない場合もあったけど、総じて優先順位が低い事には変わらない。

 結局のところ、平等な『人間』として扱うのは『ボク』のような変人なのだろう。


 騎士は更に続ける。


「それに伴い陛下は大変感動し、奴隷解放宣言を発行なされた!」

「……っ⁉」


 『ボク』の身体に緊張感が走った。筋肉が反射的に動くのを我慢した感覚だ。

 これが歴史の闇の、その一部。奴隷解放宣言は、勇者が唱え始めた事になっているが、それは違う。

 だってこの宣言に、そんな綺麗な思惑は無いのだから。


「よって目出度(めでた)く、卿の買い取った奴隷も全て自由民となる事に決まる。

しかし!その過程で奴隷には犯罪者が多く存在する事が判明し、引き渡しを求めるものである!

尚、寛大な陛下は犯罪者を匿っていた卿を罪に問わないものとす……る……」


 さっきまで王国を後ろ盾に、強気な態度と慣れた様子で伝令文を読み上げていた騎士の表情が、何故か羊皮紙から視線を動かし『ボク』を見ていた。

 表情は、分かり易く弱気なものに変わっていた。

 それは動物的な危機感に近かったのかも知れない。


 彼は、勇者が放つ強烈な殺気に晒されていたのだ。


 確かに伝令兵はその性質の為か、殺意を向けられる事も仕事と言える。だが、それはあくまで常人の範囲内の話だ。

 例えば、国家を相手にしても連戦連勝だった魔王を剣一本で倒すような伝説の勇者が放つ全力の殺気は、もはや人の物ではないと言えた。


 尚、余談ではあるがこの『殺気』は、古流武術に多く使われる『技術』でもよく取り入れられる。人を怯ませ、一瞬の隙を作る役目があるとされるそうだ。

 しかし近代的な接近格闘術の発達により、理屈で戦う者の中では非科学的であると呼ばれて無視されがちな技術でもある。


 ところが一方、学園都市では注目されている題材でもあった。

 使い手の殺意に敵の体内の魔力が共鳴し、敵の脳波に干渉しているといった、魔術的な研究結果が出ているからだ。

 逆の技術で味方の士気を上げる『鼓舞』等も見受けられ、これらは最近になって操作型魔術として分類すべきではと議論されているようだ。


 蛇に睨まれた蛙よろしく、青白い顔をする騎士を前に『ボク』は言う。


「そうか。よく伝えてくれたな。

じゃあ、返事は後で送るからさ。お前はもう帰って良いぞ……」


 『ボク』は動けないでいる騎士の前で前屈みになって、ひょいと羊皮紙を摘まんで『受け取る』と、真正面から睨みつける。


「俺の気が変わって、テメェを脳天から股下まで真っ二つに叩き切らねえ内になぁっ!」

「ヒィィッ!」


 そんな力は無い筈なのに川面(かわも)が揺れて、同時に樹木に茂る葉が一斉に揺れた気がした。

 その時の『ボク』は、とても人間と呼べる表情をしていなかったのだと思う。国を背負った小役人という最も人間らしい人間を理屈無しで黙らせる事が出来たのだから。



 騎士の去った後。

 『ボク』は領民の皆を集めて、先程までの出来事を包み隠さず言う。領民たちは少し怯えた様子で『ボク』を見ていた。


「そ、そんな……せめて関係なかった女子供なんかは許すように言って貰えば、儂らの犠牲だけで何とか……」


 此処の領民は『ボク』と『賢者の石』を除くと全てが元湖賊。

 大真珠湖の不法占拠で、先ず全員が罪に問われるだろう。

 ただ、厳密には湖賊をしている最中に産まれた子供なども居るので、そういった者達は法律上奴隷と判断されない。国民とも判断されないが。


「い~や、これはそんな簡単な問題でもねえのさ。

大体、王城のアホ共が自分等(てめえら)でどうしようも無かった湖賊の平定を『お前、勇者なんだからどうにか出来るだろ?』って押し付ける時点で、なぁ。お前らに俺を殺させる気が見え見えだったよ。

『罪に問わない』だの綺麗事をほざいてるがよ、はじめからアイツ等に俺達を生かす気なんてねえんだ。俺を殺す理由が欲しいだけでな」


 『ボク』は苦笑いして、先程の羊皮紙をペラペラと靡かせる。


「お前らを逃がせば俺は反逆者として、まあ処刑だ。

逆にお前らを差し出せば、補充の開拓者とかいって、俺みたいな暗殺者が流れ込んでくるだろうな」

「そ、そんな……なにが貴族をそこまで……」

「そりゃあ、魔王の遺産だろ。お前らも艦隊をぶっ壊された時に見たろ?『アレ』が目的だ。

……恨むか?」


 ああ、と領民達は納得した様子だが、特に怒りは見えなかった。

 それは『ボク』という人間を今まで見てきた故からなのか、それとも、魔王の遺産を渡しても、今度はソレを使って『証拠隠滅』させられるであろう諦めか。

 ならば特に言う事なんて無い。ボクはすっかり溜息をついて、何時も通りのお道化た様子に戻っていた。


「そうか。お前らがそれなら、それで良い」


 『ボク』は両手の指を組んで背筋を伸ばす。節々から、パキパキと凝っていた音が聞こえた。大分溜まっていたと思われる。

 恨みを吐くべき場面なのに、何故か穏やかな声だった。


「ま。俺としてもそろそろ、あのクソ宰相との因縁も鬱陶しくなってきたところだ。

俺が全て……ケリをつけてくるさ」


 すると、近くの木からハラリと木の葉が地面へ落ちてきた。色は黄色を主体に茶色も混ざった、栄養を作り蓄えるという葉そのものの役目を終えたものだ。

 開拓して切り倒したものに、まだ付いていたらしい。

 『ボク』の脳裏を過ぎるのは優しい友人の言葉だった。


───力で王国を支配しようとは思わんかったし、邪魔だからと宰相を暗殺しようとはならなかった。


 目を閉じて深く考えると、『ボク』は首を横に振った。


「……ごめん」


 呟くと、何処からともなく風が吹く。

 木の葉は明後日の方向へ飛んでいき、そして見えなくなった。

読んで頂きありがとう御座います。


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