17 I Can Fly
一面には芝生。端には浜辺。
湖の水平線に果てが見えない。
大真珠湖前広場への到着である。
でもなんで此処を目指していたんだっけ。
此処に来るまでのやり取りに夢中になりすぎて記憶がどうも朧気になっているね。
「それでお兄様、確か小説家の先生を探すんじゃったっけの」
「あ~、そんな感じの話の流れだったねえ」
「もしかしてお兄様、忘れてた?」
「いやいや。そんなことないよ。誠実なボクがそんな事を言う筈ないじゃないか」
「誠実な人間は自分を誠実だなんて言わんのじゃ」
ボクは手の平を筒状に丸める。それを片目に当て周りを見回した。
ハンナさんに教わったサバイバル術のひとつで、荒野などに住む民族なんかはこれでかなり遠くの動物の群れを探し出せるらしい。
そして探す途中、一本の木が見えた。
この広場のシンボルツリーで、ボク達が此処に来るきっかけともなった木だ。小説家先生たちも取材によく使う。
そこには特にこれといった人影はなく、そして其処を確認し終わった時には、もう大体のものは調べ尽くしていた。
こうして分かった事といえば「結局、見つからなかった」って事。
特に期待はしていなかったので驚きはないが、知ったシャルは少しくらいはガッカリするんじゃないかな。
「シャル、残念なお知らせだが……」
「おやや~、居ないのかや?かや?」
しかし伝えると寧ろ、白い歯をこぼした少々ウザめの上目遣いで此方を見ていた。もしかしてサドっ気を演出しているつもりだろうか。
ちょっと無理矢理感が強いな。
表情とは裏腹に下半身の辺りをよじらせながら起こすその動作は、期待に胸を膨らませているものと読み取れた。
まあいいけどさ。乗ってやろう。棒読みにならなければ万々歳だ。
「こりゃ参っちゃったねえ」
「ではどうするかの。帰るかや?」
「なんだ。帰りたいのかい」
シャルはニヤリと笑って返す。
「お兄様が遊んでいくって言うなら残るのじゃ」
へたくそな焦らしだ。なんちゃってサドっ子だな。
でも、背伸びした行動からチラリと年相応の事をされるのはハートに響く。間違いなく天然なんだろうけどそれが素晴らしい。
実のところ、シャルだってこうなる事は何となく解っていたのだろうとも思う。彼女が本当に楽しみにしていたのはボクとの時間。
しかし、それをどう過ごせば良いか解らないからボクに託してきたのだろう。
単なる予想でしかないが、まあ間違ったらドンマイだ。
ところが困った事に何も浮かんでこない。
何も考えていない時だと自由にアイデアが湧いてくるものだが、期待に溢れた目で見られると、「やらなきゃ、やらなきゃ」とアイデアを作らねばという不思議な義務感がボクを急かすのだ。
どうしようかと迷っていると、なんとも肉厚で気持ちよさそうな緑の絨毯が目に入ってしまった。やめとけという脳内の声は、不思議と聞こえない。
汚れても良い服だしもうこれでいいや。ボクは大きく手を広げて、芝生の中へうつ伏せに身体を突っ込ませた。
「あ~い・きゃ~ん・ふら~い」
ああ自分でも何言ってるか分かんねえ。
しかし時すでに遅し。ぼすんと枕よろしくボクの顔は芝生に埋もれていた。やばい、流石にこれは白けるだろ。この状態からどうしろっていうんだ。
申し訳ない気分に苛まれていると、後ろからはシャルの声が聞こえる。
「お、おおっ!?それで、どうするのじゃ」
ええ~。この子、凄いワクワクしてる。普通に遊びの一種だと思ってくれちゃったよ。
打算的に考えればイジワルごっこの続きかとも思えるが、長年悪徳貴族の不正を暴いてきた読心術は、その声色が正直な物だと言っている。
悶々とした気持ちがある中、ならばと半分ヤケクソな気持ちで応えた。
責任感がそうさせるのか、あくまで表情は意味ありげ。少しニヒルに笑ってみせる。
「ふふふ。シャルも同じようにしてみなよ、先ずはそれからさ」
「分かったのじゃ!あ~い・きゃ~ん・ふら~い、なのじゃ!」
ボスンと隣にシャルが飛び込んで来た。ボクの背中に飛び込んでこなかった事に一先ず安堵し、チラリと彼女を見る。
眼が物凄い期待で光ってた。確かこういうの、古代の言葉で「遠足前に眠れない小学生の顔」って言うんだっけな。
しかし妹の期待を裏切るわけにもいかない。そう思い、ふと、シンボルツリーを思い出す。
「この後はどうするのじゃ?」
「あそこに木があるだろ。屋敷から単眼鏡で見た、よく小説のネタにされるやつだ」
「緑翼の木じゃな!」
どうやらシャルは小説の名前で憶えてしまったらしい。まあいいや、困るものでもないし今度からシャル相手にはそう呼ぼう。
それはそれとして、ボクはかなり思い付きの遊び方を口にした。
「そうそ。その緑翼の木を目掛けて、ボクらがこの芝生の上を、コロコロと転がりながら競争をするんだ。やってみるかい?」
話してから、普通に駆けっこで良かったなと、テンパって芝生へボディプレスをしてしまった自分を悔やみ、シャルが思い留まってくれるのを期待する。
「勿論やるのじゃ!」
そういえば攻めに回ったマゾは、「自分ならこれくらい大丈夫」と限界を超えた考えをしだすから手に負えないって、どっかで聞いたっけ。
シャルの顔は、光り輝く笑顔だった。
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