169 容れ物のキモチ
果たして会談は思っていた通りに終わったのか。それともこういう形に誘導させられたのかは、まだボクには判らない。
取り敢えずは歪ながらも、形として纏まったのは確かだろう。
やれやれといった表情でウィリアム氏は立ち上がり、その後ろをシオンは付いて行く。
これで一先ず、ボクの日常は返ってくる。その筈だった。
気付くとボクは、日常と無関係な筈の彼女に声を掛けていた。
「ちょっとシオンさん。良いかな」
「……」
返事は返って来ないが、ピタリと足は止まった。ウィリアム氏と彼女の間でボソボソと、小声でやり取りをしているのが見える。
そして一拍後、マントが翻る。唇から放たれるのは只一言。
「……ッ!なんでしょう?」
「貴女にとって、ウィリアム殿とはどの様な存在でしょうか」
かなり苛ついた声だった。
きもち舌打ちが聞こえた気がする。
これが普通に貴族としての会談なら「護衛如きが無礼者め。出会え出会え」とでも言うべきだろうが、ボクはノータッチ。
これは存在しない筈の密会の終わった後の、『只のアダマス少年と軍人シオン』による新聞社での雑談だからだ。
なんならシオンが返事を返さなくても無礼ではなく、こうして会話出来ている事に幸運を覚えている程だ。
「彼は、代わりにすらなれなかった空っぽの私に最後の手を差し伸べてくれた恩人。
それ以来私は、彼の剣であり盾。
彼の夢は私の夢。彼が望むのであれば、この身、幾らでも差し出すつもり」
感情に反し、スラスラと言葉が出てきていた。
随分抽象的な言い回しだが、それが真実でもあるのだろう。そも、人が人を表す事に具体性を求める事なんて無為なものなのだから。
シオンの顔は美青年にも見えるし、男装の令嬢にも見える。事実、彼女は己の性別を超越して彼に仕えている。
威風堂々とした目付きでボクを見る『軍人』がそこに居たのだった。
一人の軍人は軍帽を整えると、再びマントを翻して扉へ向かう。
「それでは、これで」
「うん。今度こそ、これで」
ボクは軽く手を振って見送るが、彼女がボクに向ける心は最後まで知る事が出来なかった。
それは表情と同様に、無関心なだけなのかも知れないけれど。
パタリと扉は閉じられて、後にはボクの関係者のみが残された。
さて、今からどうしたものか。そう考える寸前の事である。
「お兄様っ!」
「むむっ、なんの!」
勢いよくシャルがボクに抱きついてきたので、ついボクも抱き返して受け止める。
一瞬、これはもう日常茶飯になりつつあるから受け止められたものかと感じたが、彼女の温もりを肌に感じていると恐らく違うのだろうと、思えるようになった。
単に、仮にシャルから抱き付いて来なかったらボクの方から抱き付いていたのだ。だから無意識の内に準備が出来ていただけの事である。
重く、息苦しかったから癒しというものが欲しかったのである。
ボク達は抱き合ったまま、拙い社交ダンスのような足取りでヨチヨチとソファに向かう。
そして背もたれに背中をくっつけて、互いに視線でタイミングを合わせる。
タイミング通りに二人同時に脚を跳ねさせると、反った身体を後ろに倒した。
その流れによりコロンと身体は背もたれに沿って、ソファの内側に身体を落とす。二人揃って寝転がる形になる。
ボク等はそのまま、今度はお尻と背中を動かしてイモムシの様に寝ながら移動すると目標地点まで到達した。
「おやおや、君からとは珍しいね」
エミリー先生の膝枕だ。ボク達は二人揃って、太ももに頭を乗せていた。
スカート越しに柔らかい感触がやってきて、非常に安心出来る。
「だって疲れたんですもの」
「クフフ……そりゃ確かに。肩に重いのが乗っかっているのがよく分かるよ」
何時もは父上がやってるような事だけど、こんなに疲れる事だったんだなあと息を吐く。
意地でも尊敬はしないけど。
それを分かってか、彼女は笑い声を落とす。
それはシュールを演じるように母性的な妖艶さを奥に込めた小さくとも奥深いものであり、ボクの頭を撫でながらに聞くには丁度いいものだった。
ずっとこのままでも良いかもなあ。
そう思った時である。視界が一気に真っ暗闇に覆われた。
闇の正体は顔を硬めだけど布のように薄い何かに覆われたからというのが、感触から分かった。上から声が掛かってくる。
「なにを黄昏ているんだい」
この雰囲気は間違いなくアセナだ。そして、この声は間違いなくアセナだと再確認。
と、いう事は、ボクの視界を覆っているものにも当たりがつく。
それを手に取ると、確認の為にピンと手を伸ばして視界を光に晒した。
先ず視界に入るのは、ボクの顔を覗き込むように見ているエミリー先生とアセナ。次に映ったのが、確認した物だ。
ウインドルーモア・ニュースの制帽である、茶色い革製のキャスケット帽である。
「やっぱコレか。パーラのヤツと同じ触感がしたしね」
「まあ、アダマスはアレだ。
議員が持ってきた文面を印刷したら、それを被ってパーラ達と一緒に手伝って貰う。言い出しっぺなんだから、売る時くらい手伝えよな」
ボクが帽子を被って首を縦に振っていると、隣で一緒に膝枕しているシャルが反論した。
「今、お兄様は疲れているのに、そんな事言わんでも良いと思うのじゃ」
それに対してはボクが返した。
「まあまあ。アセナとしては『本番はこれからだから気を抜くな』って言いたいのさ。
癒しはかなりありがたい。けど、それだけじゃ物事は進まないのも確かだしね」
「ふ~ん、そうなのかの」
アセナの獣耳がピコリと動き、その褐色肌の頬が赤らんだ。
読心すると、内心微妙に喜んでいるのがよく分かる。
「特にアセナは優しい人だからね」
「優しいとな」
「ああ。こんな帽子を一つひとつ手縫いで作るようなアセナが優しくない筈がない。幾らルパ族の裁縫技術といっても布じゃなくて革だよ?
これなら確かに長い間使えるけど、労力が布とは違い過ぎる」
「なるほどのう」
───ペチン
そこでボクは額を軽く叩かれた。
やったのは勿論アセナで、その表情はヤレヤレといった感じのものだ。
「な~に勝手に深読みしているんだい。単に冒険者をしていた時に余らせた、大量のリザード系の素材の処分方法をどうしようか、困っていただけさ」
その言葉は読心術で『嘘』だと読める。
後ろを向く彼女の尻尾はフリフリと揺れて、とても可愛いらしく思えた。
読んで頂きありがとう御座います。
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