168 アダマスの野望
「なっ!」
ウィリアム氏は驚くというより、こうあって貰っては困ると焦ったような様子だが、それくらいは解っている。
大貴族の息子。しかも自分の家の宗家を犯罪者の現れる場所に放り込むのだから、その責任は計り知れないものになる。
だが、ボクの握っている彼の弱みは「ダメです」の一言で無視出来るものでは無くなってしまった。引く事は出来ない。
しかし人事の基本は飴と鞭。変に爆発されても困る。ボクは飴も与える事にした。
クリップで吊るされた新聞紙をチラリと見る。
「緋サソリは新聞を読む限り、変装の名手でもあります」
なんともお約束な女怪盗だ。
他にもお約束として、最新の機械に異様に詳しかったり、夜の街を気球やグライダーなんかで逃げる事もあるそうな。
「なのでボクの読心術があれば、当日に周りの憲兵や新聞で寄ってきた野次馬に変装しているかどうかが解ります。
それに、ボクに被害が及ぶ可能性は低いと考えられます」
「根拠は?」
「見た感じ緋サソリが『理想の義賊』として美学を重視するタイプだからです。その証拠に今までの犯罪歴からも窃盗以外は、自分が窮地に陥った時しか行っていない。
しかも、女子供には完全に手を出していないのです」
これもまたお約束だった。
甘いと言えばそれまでだが、彼女なりのポリシーなのだと利用させて貰う。
それに当日の現場には、暗部も絡む。
これはウィリアム氏だけではなく、暗部に指示を出す父上自身に責任があるという事で、ボクはこの交渉が無謀な物でないと思っていた。
故にウィリアム氏は行先を封じられたかのように眉間に皺に寄せ、長考する。様々なイレギュラーが重なり計画を立て直しているのだろう。
そして体感時間で一分ほど過ぎた時、大きく溜息をつき、眉をハの字にして首を縦に振った。
「……仕方ない。良いでしょう、その条件で呑ませて頂きます。
しかし、何が貴方をそこまで動かすので?」
ボクにはそれが、駆け引きではなく興味本位なのだと確信できた。
言う義務はないのだが、敢えて言おう。感情の制御が下手な子供なのだから。
「父上をね、見返したいのですよ。
何時も踊らされる立場なんかじゃない。否定されたウィリアム氏へ協力する事で、言い逃れの出来ない手柄を上げてやろうとしている。それだけです」
それを聞いたウィリアム氏は暫くキョトンと空白の時間を作ったが、キュッと眉を絞って微笑みを浮かべた。
「そうか、それは野暮な事を聞きましたね。
なんて事はない、貴方も『大志』を抱く者でしたか」
彼がティーカップを持ち上げると、ボクも同様に胸の辺りまで持ち上げた。
カツンと乾杯して、甘酸っぱいレモンティーを飲み干した。
透き通った茶とは裏腹に、互いのどろっとした灰色の想いをこれでもかという位感じていると、クイクイと腕を引っ張られる。
「なあなあ、お兄様。妾は行っちゃダメかの?緋サソリは子供を襲わないのじゃろう?」
「う~ん、物凄く悩んだんだけど、やっぱ今回は危ないからダメかなあ。シャルに手伝える事が無いし、シャルに万が一の事があっても困る」
自分の考えていた事をハッキリ伝えた。
可哀そうだが、危険だと分かっている所に愛しの妹を連れていく訳にもいかない。それをよく自覚していたのだろう、俯くだけでおとなしくなる。なんか罪悪感湧くなあ。
「……分かったのじゃ。無理言ってすまんの」
彼女は残念そうな顔で、無理に笑顔を作ろうとしていた。そんな時だ。意外なところというか、今まで注目されていなかった所から援護が来た。エミリー先生である。
「はい!私、提案するよ。
シャルちゃんはウルゾンJに乗って私の補佐をするのはどうかな。丁度、前回の運転でアダマス君の補佐を経験しているしね」
「え、エミリー先生……来るんですかのっ⁉」
シャルがボクの言いたいことを言ってくれた。
あくまで研究者である、飛び入り参加のエミリー先生を連れていくのは危険だと考えていたからだ。そんなボクの心の内を読んだかのように、彼女は手を天井へ掲げると、ドレスを変形させてみせた。
一旦ドロリと液化した袖が瞬時に取る形は、彼女の上半身を覆う鳥かごのような形である。
彼女は鳥かごの中から語り掛けて来る。
「おや。これでも私は、このメンバーの中どころかこの国の中でも屈指の防御力を持っていると自負しているよ?」
確か、あの鳥かごはアセナと一緒にケルマの倉庫に殴り込みに行った時に取った形だったっけ。確かに銃弾の包囲程度ならどうにか出来そうだ。
「それに、こうも考えられないかな」
楽しそうに微笑みつつ、こてんと首を傾けた。
「皆が緋サソリに対処している間、ゴタゴタに紛れ込んだ第三者や緋サソリの仲間が遠くに避難している私やシャルちゃんに害を及ばす可能性」
「否定できない……」
「だろう?それなら現場の近くで、ウルゾンJの中から外の動向を調べていた方が安全ってものさ」
「でも、緋サソリは最新の機械に詳しいって聞くし。もしかしたらウルゾンJの虚を突かれる可能性だって……」
「はっはっは、そりゃ恐ろしい。確かにウルゾンJは隙だらけのロボットだ。
ただ、そんなものは中の人補正でどうにかすれば良い。私を機械の分野で超える天才が現れたのなら是非お会いしたいものだ」
大きく笑って義眼を光らせた。
仮にそうだとしても、いざという時は機械の駆動系掌握機能をウルゾンJに使う気なのだろう。
「くっふっふ。さて、他には何かあるかね?アダマス少年」
「いえ、無いです」
その自信が羨ましかった。
でも、取り敢えず今はその自信に根拠なく賭けてみようと思う。こういう彼女の様な能力をカリスマっていうんだろうなあ。
後に自分へ求められるであろう能力に溜息を吐きたくなった。
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