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163 アダマス少年と愉快な仲間達

 不思議な事に、この日の朝は彩りが薄かった気がする。

 客観的に見れば内容は結構濃い筈なのに、だ。少し何があったのか思い出してみよう。


 ハンナさんの持ってきた書類を読んだ後の事だった。


 早朝。時間も余り、たまの庭園での散歩をしていると何時の間にか起きていたシャルが付いて来ていた。なので雑談を交えながら一緒に散歩。

 仲良く汗をかいたので、一緒に朝風呂に入っているとハンナさんが乱入するというハプニングが発生。両手でボクとシャル、それぞれの頭を洗うという神技を披露された後、髪を洗ってくれと言われたので洗う事に。

 その後、セーラー服に着替えさせられたボクは楽しく朝ごはんを食べた。今日は生ハムとアスパラの温玉サラダが美味しかったなぁと、今でも半熟卵のクリーミーな味と、野菜のシャクシャクした食感が舌に残る。

 後は思い出したくもない書類仕事を済ませ、今から外に向かおうとしている訳だ。


 この通り、ボクの脳髄にはしっかりと印象に残る程度には濃い朝だ。

 だが、自分で決めた事がその先にあると分かっていると、意識の優先度が変わってくるのも事実なのだ。それが、責任と呼ぶものなのかも知れない。

 子供考えだけどさ。


 只、いざ外に出かけようとすると自室の扉の取っ手に手をかけると、後ろからシャルに呼び止められた。


「お兄様、妾も付いていくのじゃ」

「……いや、ちょっとトイレに行くだけさ。だから直ぐ戻るよ」

「いや、それは嘘じゃな。

今日のお兄様ってなんか散歩でお話してる時とかずっと上の空じゃったもん。それに、さっき立ち上がる時は明らかに決意を固めた表情じゃった。

妾を虐めていた、あのメイドと戦う直前もそんな顔をいておったからよく分かる」


 う。鋭いなあ……。

 ボクは特に何も言わず。しかし後ろへ振り向くと、今度は腕をガッチリとホールドされる。


「どうせウィリアム殿の件じゃろ。除け者にしようたって、そうはいかないからな」


 そこでボクは息を呑んで、言いづらい事を言う。

 もしかしたら彼女を傷付けてしまうかも知れないが、それでも本当の意味で取り返しのつかない傷が付いてしまうのは嫌だから。


「……そうか。でもね、これからボクのやろうとしている事。そこにシャルが居ると足手まといになってしまう。

だから、大人しく待っててくれないだろうか」


 しかしシャルは、一層強い表情をした。


「むう~~!だったら一層連れていくべきじゃろ!

おそらくお兄様は、これからやる事への話し合いをすると思うのじゃ。

ならば、どうすれば妾がお兄様の邪魔にならないか。妾自身が判断出来るよう、せめて計画くらいは知っておくべきだと思うのじゃ」

「……そんなものかな」

「当たり前じゃ!ど~せお兄様の事じゃ。妾を加えず計画を立てて、その上で妾に何かあったら全部自分のせいにする気じゃったろ?

責任を全部独りで背負おうとしている姿が痛々しくて見ておれんわ」


 カルチャーショックを受けた。こんな考え方もあるのかと。

 何時の間にやら彼女の手を握っていた事に気付く。

 彼女は一見薄くて小さくて、今にも折れてしまいそうなのに、とても頼もしい。

 肩が軽くなって景色がはっきりした気がする。


 行くか。

 今度こそ心に決めたその時だ。今度は此処に居ない筈の声が上がる。


「話は全て聞かせて貰った!」


 勢いよく扉が開けられ、元気な声と同時に部屋に入ってきたのは、やはりというかエミリー先生。

 でもこの人って今日、講義は特に無かった気がするぞ。なんで屋敷に居るの?


「クフフ、アダマス君。抜け駆けはいけないなぁ」


 彼女は何時もの、艶っぽくの親しみやすい目つきでボクを見、語る。


「どうせこんな展開になるだろうと思って、スタンバっていたのさ!

私は侯爵専属の錬金術士だから、普段は使わない研究室が屋敷内にあるからね」

「ああ、なるほど。お見通しだった訳か……それを成し遂げたのはやはり、『愛』というものでしょうか」

「おっ、分かってきたじゃないか。先生嬉しいよ!」


 これ見よがしに、彼女は玩具の指輪を見せて輝かせてみせた。

 巻き込まないようにする予定だったのに、結局昨日と同じメンバーになってしまったなぁ。まったくこの人達は……。

 内心で呟いたボクは、またまたそこでハッとした。

 先程まで一緒に書類仕事をしていたハンナさんを見やる。


「そういえばハンナさんは来ないの?」


 パラパラと、映画のフィルムのように凄い速度で書類の最終確認をしている彼女はピタリと手を止めた。


「そうですねえ。行きたいのは山々ですが、旦那様の会談に同席した私が居ると警戒させてしまいますし。今回は此処から『様子見』ですわ」

「実際に行っていないのに様子見?」

「ええ。ウインドルーモア・ニュース社の社員の3割は、私の部下ですから」

「……なるほど」


 怪しく光る緑の瞳に、その一言しか出なかった。

 多少の寒気や様々な想いがあるが、「取り敢えず味方で良かった」と思う事にする。



 その後はまあ、昨日と同様ハンナさんに「行ってらっしゃいませ」と見送られ、商人通りの石畳を歩き、ウインドルーモア・ニュース社を目指すので淡々としたものだった。

 敢えて言うなら話題が「どうして朝ごはん一緒じゃなかったの?」と、エミリー先生を中心とした物だったという事くらいか。

 不思議と仕事の話題にはならなかった。


 そうして、昨日と同様に客間に入るが、今日は先客が居た。

 前はボクの方が先だったが、今度の彼等はボクをソファーで待っていた。そのせいかズシリと重量感のある印象があった。


「おはようございます。アダマス殿」


 ウィリアム・フォン・ローラン子爵は今までのイメージとは打って変わって真面目な表情を浮かべていたのだ。


 あ、因みにエミリー先生が一緒に朝ごはんを取らなかった理由は、単に「深夜まで機械の調整をしていたら寝坊したから」らしい。

 次の日に予定があるというのにダメな大人だなぁ。

 まあ、そこも好きなポイントだったりするけどね。完全無欠な人間なんてハンナさんだけで十分だ。

読んで頂きありがとう御座います。


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― 新着の感想 ―
[良い点] シャルちゃんがお兄ちゃん想いの妹で尊い( 〃▽〃) アダマス君も頼もしい味方が何人もいて幸せ者ですね。
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