162 たった二人の最終決戦
そして120話へ……
背中合わせで座っていた。
手の平を床につけて互いに体重を預け、寝そべりそうなくらい脱力した。敵同士というより、友達の家で語り明かした後といった雰囲気だ。
魔王はボウと天井を見ながら言う。
「と、いう訳で先生の言いたい話は以上だ。なんか質問はあるかね」
「だ~れが先生だっての。
まあ、聞きたいことと言えば、さ。なんで素人の俺が土地を発展させる必要があるんだ。
別に土地なんか無視して、その国民と亡命なりすりゃ良いだけなんじゃねえの?」
「ん~、これは当時まだ生き残っていた、四天王なんかの側近達と決めた事でな。
皆の愛したこの国の在った場所を、現地の民と共存し、健やかに暮らせる土地にしたいという話に纏まったのだよ。
だから力で王国を支配しようとは思わんかったし、邪魔だからと宰相を暗殺しようとはならなかった」
何かを思い出すように、感慨深く再び上を向いた。
「只、それだけだ。
臣民の賛成には従うべきだと考えているし、吾輩個人としても賛成ではある」
同時に息が吐かれた。
片方は得意げに、もう片方は溜息を。
「……ふん、甘々だな。チンピラの俺にとっちゃ甘すぎて反吐が出る程度には甘々だ」
「クックック。地上人から見ればそうかも知れん。
だが、最終的にそういった答えになる吾輩達の思想こそが、賢者の石によって今日まで自滅しなかった鍵でもあるのもまた事実なのだ。
吾輩は、この愚かな思想を誇りに想っているよ」
そう言って魔王は、置いてあった矛を再び手に取る。
すっくと立ちあがって柄で己の肩を叩いた。
「後は貴様が吾輩を『討伐』してその戦果を報告すれば良い。褒章に魔王城を含めてこの土地が貰える筈だ。手回しは済んでいる。これだけは宰相に渡す訳にはいかないから、確実だ。柄にもなく必死にやらせて貰ったよ」
魔王はニッと笑った。
あ、これ知ってる。
結構前の夢で見たんだけど、確か魔王を倒した勇者アダムは、貴族としてラッキーダストの姓を得ると同時に、魔王の支配していた土地を得るんだっけ。
理由は、まだ解放したばかりの土地は危険な魔物や湖賊が多いので、勇者でもないと開拓は難しいとの事。
また、周辺の領の住人は勇者への好感度が高いのもある。
宰相は反対したらしいんだけど、環境が他人では無理なのと勇者に好感のある貴族達から圧力が掛かって、宰相の意見が珍しく認められなかったそうな。
ボクはそんな事を思い出していると、『ボク』が大剣の柄を握って同様に立ち上がっていた。まだ構えずに魔王と向かい合う。
「で、領地経営素人な俺の補佐は何処に居るんだ?」
すると魔王はコートの懐に手を入れた。固めの、折られた紙を取り出すと手首のスナップを効かせて投げる。
受け取るとそこには地図が描かれていた。とはいえ、かなり大雑把でこれが正しいなら樹海の中という事にもなる。
しかし心当たりがないという訳でもないのが怖い所。
「そこに記した位置に神殿が建っている。火山による土地の隆起後も現存する、貴重な我が国の建築物だ。
爵位を貰う前に寄ってみると良い。政治の場における立ち振る舞い等でも色々なアドバイスが貰える筈だ」
「ふ~ん、了解」
樹海の中って腐葉土に足を取られて疲れるんだよなあと先の事を考えつつ、ボクは地図をしまって向き直る。
「ところで、俺たちが戦う必要ってあるのかね。
その身体だ。フツーにベッドで安らかに息を引き取っても良いんだぞ?」
魔王は鼻息を立てた。
「吾輩、一族の中でも変わり者でな。戦う事が好きなのだよ。チャンバラ程度だがね。
聞いての通り我が一族は、海底に居た頃は誰とも争う事は無い穏やかな思想だった。
そこに不満はなかったが、心の何処かで燻っていたのだと思う。
折角、魔王とまで呼ばれるようになったのだ。折角、使う事のない武術を披露する強敵に出会えたのだ。
最期を迎えるなら、吾輩が最も吾輩らしく在れる方法で終わりたいのだよ!」
「そうか。戦士なんだな……。生きる為だけに戦ってきた俺としちゃ、少し羨ましいかも知れん」
クスリと『ボク』は微笑んだ。
大剣を両手で構え直すと、この時『敵』として、そして『友達』として認めた一人の男に向かって名乗りを上げた。
「俺はアダム……先読みの勇者アダムだ。
お前は?何時までも『魔王』じゃ呼び辛くて叶わんわ」
「名乗りか。そういえば、魔王城に来る者も居なかったし、した事が無かったな。では言おう。そして聞け!
我が名は【アンタレス】!
今は無き【海底都市オリオン】最後の王である!」
「そうかよアンタレス……幾ら負け確だからって手加減するんじゃねえぞ。そんな事したらぶった切るからな!」
アンタレスは知っている。
自分はもはや目の前の『ボク』には勝てない事を。
『先読み』は、初見殺しの性質を持つ一方で、時間が経てば経つほど使い手にとって有利になる性質もある技能である。剣を交わす内に相手への理解度が高まり、次はどのような攻撃をするか。どのように防御するかが『読める』からだ。
つまり、先程の戦いで互角であったという事は、今は逆立ちしても勝てないのである。
と、そんな理屈は良い。
アダムは魔王自身が幾つもの紛い物の中から探し出した本物の勇者だ。勇者は魔王を倒し、次へ進む。それで十分ではないか。
因みに、なんで『ボク』視線の筈のボクが彼の心情を理解出来ているのかは分からないが、出来てしまったのだから仕方ない。
まあ、取り敢えずだ。
それでも……、寧ろ、だからこそ安心して全力をぶつけられる相手に向かって吠える。生きていると実感するかの様に。
「クハッ!上等だ、やってみるが良い。これが最後の『魔王の試練』だ!
吾輩の屍を越えてゆけぇ!」
こうして互いの白刃が交差して、たった二人の最終決戦が幕を引く。
刃は交わった瞬間、太陽に反射し目の眩むような白光を放った。
◆
「ハッ!夢か……」
その瞬間、ボクは目が覚めた。
窓の外から見える赤っぽい太陽から観測するに、早朝と言って良いほど起きる時間が何時もより早い。
夢の内容そのものは、何時もより凝縮されていて随分長かった気がするのだが、これもエミリー先生が授業で言っていた相対速度とかいうものだろうか。
そうした理由で暇な時間で何をしたものか。
隣で寝るシャルを愛でつつ、湖に映る太陽をボンヤリと口を半開きにしながら眺めていると、ノック音が響いてきた。時間帯のせいかよく鼓膜を刺激する。
幾らボンヤリしていても、聞き逃す訳にはいかない。
襟巻よろしくボクの首を抱く義妹の腕を丁寧に解くと幸せそうな彼女の寝顔を確認して、額を撫で、それから扉に向かって返事した。
「ああ。入ってくれ」
「それでは失礼致します」
入ってきたのはオリオン出身のメイド、ハンナ・フォン・アンタレス。通称ハンナさん。
何時もなら着替えの詰まったカートを押してくる筈が、今回は書類を手に持っているだけだ。
彼女は瀟洒な態度でそれを差し出す。
「それでは此方、ウィリアム・フォン・ローラン子爵について調べさせて頂いた内容で御座います。お手に取ってご確認下さいませ」
ベッドに腰かけ、ボクは書類を受け取った。綺麗な字だ。
夢の中で見た、魔王の持っていた地図と字体の癖が似ているなあと感じたのは気のせいでは無い筈だ。
だって彼女はアンタレス子爵なのだから。
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