160 救世主
衝撃の事実に、いっそ『ボク』はヤケ酒にでも浸りたい気分になったが、向こうも酒が出せない状況なのを思い出して深い溜め息をついた。
結局はみんな大変なのだ。落ち着きを取り戻す。
「……ええと、ここまで情報が回ってるって事は、もしかして魔王とウチの国ってグルだとかそんな認識で良いのかな?」
「いや、相変わらず敵対関係だから安心して貰っていい。
ただ、普通に戦争しても統制の取れた魔物を率いる魔王軍には勝てんので、吾輩に勇者という名の殺し屋を送っているのが今の状況だな。
まあ、互いにその状況を利用させて貰っている部分があるが、後々話すとしよう」
魔王は胡座に肘を付いて、そのまま頬杖をつきながらニヤリと笑っていた。
状況を考えれば大分洒落になってない筈なのに、この時の『ボク』の脳はふと「普通に会っていれば友達になれたかも知れないなぁ」といった事を考えていた。
親しみやすい雰囲気のせいかも知れない。
「さて。気になっている事もあると思うので、はじめに言っておくが、戦争を仕掛けて来たのは王国の方からだからな。
理由は、身体の構造こそ諸君ら人間と違う吾輩達魔王軍が『ある事情』で王国に現れた際、この地で生きる事を認めて貰うために交渉していたのだが、段々と高まった異種族・異文化への緊張が爆発したのが原因だ」
「そんな話、聞いてないぞ」
「言ってないしな。年代も百年以上前だ。でも、貴様なら真実かを判断出来る筈だ。
『読心術』を戦いに利用するまで研ぎ澄ませた貴様なら、な」
言われて『ボク』は萎む。
同時にボクは不謹慎ながら読心術を持ってて良かったと思ってしまう。政治……特に戦争になると情が事実を認めたがらなくて、話が進まないのが問題だったりするからね。
「まあ、国としてはそんな都合の悪い話を下にまで言う訳にもいかんしな。
それに、そんな事は王国の真の目的の為の、単なる『こじつけ』に過ぎん。この辺は、一部の権力者による政治が関係しているので後程話そうか」
ポンと手の平を叩く。
「では、話を戻そう。『魔王の試練』についてだ。
何故にこんな状況で勇者に都合良くなるよう試してきたという事だが、実は貴様の人格・善性を問う試練だったのだよ」
「善性だ?王国が見限るほどの悪人だぜ、俺は」
「いやいや、そんなものは貴族の視点に過ぎんのでな。吾輩としては寧ろ、王国の定めた『道徳』に疑問を持てる程度には『悪人』の方が都合が良いのだよ」
唇を尖らせる『ボク』に対して、カジュアルに肩を竦めながら魔王軍の様子を簡単に説明してみせる。
「さて。
我が魔王軍……王国がそう呼んでいるだけであって正式な国名はあるのだが、まあ分かり易い方が良いだろう。
取り敢えず、我が魔王軍はいかんせん人材不足でね。
確かに吾輩が指示を出せば操っている魔物を暴れさせる事は出来るが、それだけだ。指揮官は居ない。
随分昔は四天王だのとかいう吾輩と同郷の幹部も居たんだが、先立たれてしまってなぁ。今ではそういう者が居るかのように見せる傀儡が居るだけになってしまった。
だからな、せめて吾輩の出した試練を乗り越える様な勇者が欲しいのだよ」
途端に魔王の視線がネットリとしたものに変わる。
『ボク』は背筋にゾワッと冷たいものが走り、床に置いた大剣に手を添えて何時でも戦えるようにした。
「その言い方は……まさか俺に。
勇者の俺に、王国を裏切れという事かよ!」
「ん〜、嫌か?」
「嫌に決まってる!」
「そりゃどうしてだ?」
「恩義があるからだ」
「例えばなんだ?」
「只のチンピラだった俺を勇者として引き上げてくれた恩だ。
確かに一方的な思い込みかも知れないが、俺は恩を通すべきだと思っているな」
少し前のめりになって少し額に皺を寄せる魔王は、至って真面目に聞いている。少なくとも今までの飄々とした態度とは打って変わり、複雑な表情である。
それを思うのは、ボクだけではなかった。『ボク』も少し笑って口を開く。
「ふん、お前もそんな顔をするんだな」
「そんな変な顔をしていたか?」
「ああ。ウンコを我慢しているような顔だった」
「ククク、なんだそれは」
そして魔王は苦笑い。
ここまで言っておけば十分だろうと、柄から手を離すと、今度は魔王が「さて」と口を開く。
「まあ、吾輩は特に王国を裏切れと言った訳ではないがな」
目を点にしてポカンと口を開く『ボク』。
そんな表情に、頬杖をついたままの魔王は再び愉しそうな様子になった。ホント表情がコロコロ変わるなあ、この人。人生楽しそう。
「は?じゃあ、今までの会話は何だったんだよ」
「そんな事言われても吾輩、貴様の質問に答えただけだしなあ。そりゃ逆切れだろうって」
「くっ、図星!」
そして悔しそうな顔をした。
おいおい、大丈夫か初代ラッキーダスト家当主?ボクのような若造が言うのもなんだけど、とても領地を運営出来るような頭をしているように見えないぞ。
「まあ、貴様のそんな馬鹿なところも勇者と認めた所以だ。頭を使うところなんて他にやらせれば良い。
……と、いう訳でアレだ。貴様に我が国の王の権利を譲ろうと思う」
「ああ、そうしてくれるなら安心……ん、待て。今、何て言ったよ?」
「いや、だから貴様に吾輩の持つ全権利を譲ろうとだな」
深い沈黙が訪れる。
そして溜め込んでいた何かを吐き出すかのように、『ボク』は立ち上がって大きく叫んだ。
「ちょっと待てやあああ!
それって勇者を辞めて魔王しろって事じゃねーか。王国裏切る以前にもっとダメだろ!」
「おお、そういう捉え方も出来るな。やりたければやって良いぞ?
でも貴様が盛大に叫んでいる通り、別にそんな事は期待してないから安心しろ。そんな事を考えるような人間なら、今頃『脱落』して貰っているしな」
聞いて無言になり、『ボク』は聞く価値はまだあるのだと肩を落とし、また座った。
今度は立ち膝である。
「俺に何を求めている?」
「愚問だな。『王様』が『勇者』に頼む事と言えば決まっているだろう」
魔王の表情が、今までになく真剣なものになる。
「我が国を、そして我が国の民を救って欲しい」
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