159 剣と魔術の世界から
その日の夜、夢を見た。
銀の軌跡を描きながら目の前に迫って来るものがある。鉈剣程の大きさを持つ刃物だ。
形状からして旧式の矛状武器の先端。グレイブや薙刀などと呼ばれる物である。
青龍刀もこの分類かな。
突然の事で驚くが、こういった事に覚えはあるので直ぐに落ち着いた。
これは『ボク』の記憶。初代ラッキーダスト領主である、勇者アダム戦いの軌跡だ。
寝る前の記憶がボンヤリしているが、起きた直後に夢の内容を思い出そうとしてもボンヤリしているので、こんなものだろう。
『先読み』によって実際よりもスローモーションに見える刃は差し出された大剣によって受け流された。火花が散る。
受け流しによって下に落とした重心は、そのまま深い踏み込みに使われる事になる。
足の裏で爆発した勢いを以て、『ボク』は懐に潜り込む。選択肢は突きか振り上げ。
しかし長物の持ち主は柔軟で力強い手首で素早く体勢を切り替え、柄を回し石突きで小手狙いの反撃をしてきた。
あの速度なら骨折は免れないだろう。
なので『ボク』は、柄を握る右手と左手の間の空間。その先にある柄で受け止めると、力を逃す為にバックステップで引く。
前情報では『勇者は強い』と漠然と分かっているつもりだったのに、こうして実際に見ると驚きの連続だ。
飲む息もないが、内心ではそう感じる。
抜群の戦闘センスからの思いもよらない防御と攻撃によって、常人が彼と戦うなら初見では先ず勝てたものではないだろう。
そして同時に、そんな『ボク』と互角に渡り合う矛使いの彼は何者か。かなり気になるところだった。
彼の服装は長ズボンと黒いロングコートというのに、それ以外は特に着ていないという、かなりハードロックな格好だった。
そこからは余計な脂肪のない、所謂典型的な『細マッチョ』な体格がよく分かる。コートの下から割れた腹筋と盛り上がった胸筋が逞しい。
ツンツンとした、時々目元が隠れる銀髪から覗くギラギラとした野生的な目つきで『ボク』を見据えて、力を抜くように首を鳴らした。
先程の剣戟から分かる通り、石突部でも殴れば容易く骨折させる程度には重い筈の矛を小枝のように片手で玩んでいる。
矛を一般的なサイズだと考えると、彼は結構高めの身長だ。ニヤリと笑う。八重歯が見えた。
「ふむ、流石は吾輩の試練を乗り越えた勇者だ。強いな」
「試練?なんの事だよ」
『ボク』は何の事か分からないが、取り敢えず剣を下段に構えた防御の体勢で待っていると、気にせず指をチッチと振られた。
少しイラッとする。
「クックック……疑問に思わなかったのか。
そこらの薬草を採取して民家の老人に渡しただけで鉄製の装備一式と回復薬といった『冒険者セット』を貰えたり。
次の街に進もうとすると壊れた馬車が道を塞いでいて、都合よく魔物を倒せという依頼がやってきて倒すと居なくなっていたり。
孤島の遺跡の調査をして取り残された生存者を連れて帰っただけで、船と整備クルーを渡されたり。しかも賃金は要らないときた。
それらが全て『仕込み』だとしたら、どうする?」
大いに心当たりのある『ボク』は瞬時、二つの事実が脳裏から浮かび上がってくる。
一つは、そんな所まで見られていたのかという事。
そしてもう一つは今、明らかな攻撃のチャンスだというのに何もしてこない事。
ザワザワと胸元から現実味が増してくる。
そこから気持ちが喉を通り、段々と口まで上がってきたソレは言葉という形で吐き出される。
「あれは地元の人達の善意だった筈だ……」
こんな話は出鱈目だ。
一億人に聞いたら、一億人がそう答えるだろう。
だが、それは一部の例を除いた場合に限る。
祝福であり呪いでもある、嘘を完全に見抜ける『読心術』と呼ばれる病症を持つ者だったら、それを信じる事が出来るのだから。
故に『ボク』は、荒げた声を向けていた。
「それが全て、お前の仕込んだ演技だったっていうのかよ。
答えろよ、【魔王】!」
この戦乱の元凶とも言われている彼へ叫んでいた。
この必死さにボクは、前々から微妙に気になっていた『ボク』の先読みの能力も読心術によるものだという確信を得る。
「そうでもあるし、そうでないとも言えるな。
善意であるのは間違いない。が、そうなる状況に持っていったのは吾輩だ。
特に船の時なんて仕込みが大変でなぁ。実はアレって本人の持ち物でなくて、吾輩が用意したものを貴様名義で預けておいただけだったりするんだぞ」
「……は?」
そこまで聞き、下段に構えていた剣を更に落としていた。
魔王を断つ為、ギラギラと研ぎ澄まされていた剣に映る目は点になっている。
そういえばこの研ぎも【伝説の研師】に「魔王を倒しに行く」と言ったら無償でやってくれたという、冷静に考えて訳の分からないものだった。
初めとは違う意味で向き合い、『ボク』は石の床に胡座をかいて座る。魔王も同様に座る。
話し合いは、魔王の世間話からはじまった。
「さて。王を名乗ってる以上、ホントは酒と菓子でも出したい所なのだが在庫を切らしていてな。本当に申し訳ない」
「あ、いやいや。お気になさらず。
俺ってホラ、そういうのとは縁のない無頼感だからさ」
勇者として、今までの『依頼』で街の偉い人と話す事はあったのでそれに則った話し方をする。
魔王はカッカと笑った。
「いや、それがそうでもなくてなぁ。
『今までの勇者』は只の無頼感だったり、無礼な貴族だったりする時もあったから」
「今までの……?」
「うむ。そういう輩は大体途中で『脱落』して貰っているな。『勇者の素質無し』という事で。
クエストが終わるまで道を途中で塞いでいる馬車を叩き壊そうとしたり、王国の名誉を笠に着て武器屋から装備一式を掻っ攫おうとする輩だったりするから事故に見せて処理するのは特に迷いもなかったしな。
最悪、面倒だったら序盤では勝てないような魔物を配置するだけでも良いし」
「はぁ〜、それはそれは……じゃ、なくて!
え、勇者って俺だけじゃなかったの?」
バンと石の床を叩いて声を荒げる。
それで今思い出したかの様に、魔王は裏拳と手の平を叩き合わせた。
「ああ、国王が『貴様は勇者の血を引くから〜』って言って棒切れ一本渡して送り出すヤツだな。
うむ。貴族目線で悪人過ぎて兵としては使えんが、それなりに強い者を鉄砲玉として魔王退治に行かせる為の口実だな。
そうでなければ伝説の勇者の血を引いている割に護衛の兵も、出兵パレードも無しな出兵なんてせんし……ん、大丈夫か?」
割と衝撃の事実に、『ボク』は両手を床に付けたまま、跪き頭を垂れていた。
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