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156 夜のアフタヌーンティー

 ひとりになりたい。

 そんな気分の夜だった。


 庭園の外灯に照らされて、ボクは石畳の敷かれた通路をフラフラと歩く。

 ふとゴチャゴチャした文明から離れて清涼な空気で頭を覚ましたいとはいったものの、実際にボクのような子供が、こんな時間に外に出るのは危険なものだ。

 けれども今居るような人工的に作られた『自然』なら丁度いいと言えば丁度いい。


「んんっ、んあ~」


 足元から正面に向かって二重に延びる、己の影を眺めながら大きな深呼吸をひとつ。

 少しは頭が覚めただろうか。気付かない内に複雑な道を通ってきたようで、延びる影の先にはひとつ、何処かで見たような噴水が()っていた。

 今日の朝、エミリー先生と見た噴水だ。


 と、いう事はだ。

 キョロキョロと。生垣で囲まれる事で作られる噴水広場を見回すと、目当ての物は直ぐに見つかった。これまた今日の朝に座っていた、丸太を横にして作ったベンチである。


「よっこらせっと」


 この行動に、例えば国を変革だとかのこれといって深い目的は無い。

 単に頭が覚めてくると足への疲れもどっと感じるもので、尻を落として休めたくなっただけである。


 ボクは両手の平をベンチに付けて体重を預けて噴水を眺めた。

 そこには星空を背景に、外灯に反射した水飛沫という天然と人工のコントラストが効いた眺めが展開されて正に絶景だ。

 今のボクの状況も相まり、まるで一粒一粒が意思を持った魂のようだと感じられた。今にも飛び込みたい気分に駆られる。


 もういっその事飛び込んでしまおうか。

 預けた体重の反作用で、少しだけ上半身が無意識のうちに前へ動く。


 そんな時の事だった。


「あらあら坊ちゃま。お散歩ですか」

「うわっ!」


 不意打ちの声掛けに、突然背中を叩かれたかのように驚く。

 こんな事を言ってくるのはハンナさんで間違いないのだが、まさかと思うような所にも現れるから心臓がドキリとした。

 未だ鼓動の止まらないまま声のした方向を振り向くと、やはりそこに居たのはハンナさんで違いないが、ひとつ予想だにしない物がそこに追加されていた。


 両手でティーカートを押していたのだ。野外だぞ。

 天板の形は丸く、真鍮の縁に囲まれたガラスで出来ている。縁の周りには四本の柱がくっつき、地面との間にもう一枚の天板を支える。

 そして柱の末端には、小さなタイヤが付いていた。これも縁や柱と同じ真鍮製。


 こんなタイヤで石畳だらけのこの通路を、どうやって無音で持って来たんだとツッコミを入れたいものだが「ハンナさんだし」と言う力業で納得出来てしまうのは一種の身内びいきだろうか。

 頭が真っ白になった影響で、アワアワとした様子で彼女を見ていた。今にも全ての歯が震えてしまいそうだ。

 そんなボクの様子に、彼女は軽く冗談をひとつ。


「ああ。音につきましてはタイヤが石畳に触れないよう、常に地面スレスレで少しだけ持ち上げていれば良いのですよ。簡単なトリックでしょう?」


 いやいやいや。どんな握力と膂力だよ。

 内心でツッコミを入れている間、彼女はティーカートをカラカラと、そこまで音を出さずに押していく。よく見れば石畳の溝にタイヤが嵌まっているのか。溝の内側にも専用らしきスリットがある。

 ああ驚いた。これはこれで凄い技術だけど、確かに不可能ではないなと落ち着いた。

 そういえば此処は様々なお客さんとアフタヌーンティーなんかを楽しむ場でもあるので、予め仕掛けが作られていても何ら不思議ではないのだ。

 自分で気付く事こそ大切なんだなあ。


「そろそろ休むお時間かと思いまして。

お節介ながらお茶を淹れさせて頂こうと、付いてまいりました」


 そう言って、ティーカートはボクの目の前で停止する。

 彼女はボクの足元にしゃがみ込むと、それの支柱に付属していた歯車のような物を回して高さを調節した。


 どうやら各々が太さの違う中空の柱二本で構成されていたようである。

 とはいうもの、それだけでは一本の支柱の長さが変わった途端、天板に載せたティーセットが傾く事で落ちてしまうのでまだまだ見えない内側にからくりがありそうだが。


 うんうん考えながら見ているうちに、ティーカートは少しずつ低くなっていき、ベンチに座るボクの胸元で止まる。即席のテーブルだ。

 ハンナさんは白磁の、少しだけ模様の付いたお皿をボクの目の前に差し出す。そこに在る黒茶色のお菓子は、本日という単位で言えばとても見慣れた物だった。

 それ故に気乗りしないのは我が儘なのだろうか。


「お茶請け、ビターチョコレートになります」

「チョコ、かぁ……」

「うふふ。確かに今日はチョコ尽くしですものね。しかし、此処は騙されたと思ってやって下さいませ」


 続けざま、流れるように銀色のポットを手に取り、お皿と同様に白磁のカップへ紅茶を注ぐ。その仕草は滝が流れるかの如く上から注ぐアクロバティックなもので、見てる側を退屈させない。

 次いで、気付く事があった。


「栗の臭いがするね」

「『ショーレマロン』というお茶ですわ。干し栗を含んだ紅茶でして、街角で売られている焼き栗の味がすると市位の皆様からは専らの評判で御座います」

「いや、まあ……。実際に干し栗を入れているんだから、栗の味はするだろうけど」


 今のボクは何とも可愛くないクソガキに見えるのだろう。愚痴ばかりだ。悪い方にばかり考えてしまう。

 言いつつチョコレートを齧って紅茶を啜ると、舌で互いを転がして、只々黙って吟味した。


 飲み込んだ後に息が漏れる。


「……美味しい」

「うふふ。良い物でしょう?

大人の苦みのビターチョコレート。それに乾燥させることで甘みを濃くした栗の味が溶け合う事で、より一層コクが増しまして、複雑な味わいへと変化致します」


 その時のハンナさんは何処か楽しそうで、こういうのも良いかなと思った。

読んで頂きありがとう御座います。


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