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153 おまえのものは おれのもの

 海図を持っている事を議会で知られてはいけないのに、それを新聞に。何なら顔写真付きでデカデカと載せては元も子も無いのではとシャルは聞いた。

 ところがウィリアム氏に焦る様子はなく、物覚えの悪い子供に教えるような笑顔で返す。


「いえいえ、そこは問題ありません。海図を持っていたのは私ではなく、オルゴート殿になるのですから」

「……ほへ?どーいうことですのじゃ?」


 ボクの膝に座る彼女はきょとんと目を丸くした。何も話していないだけで、ボクも内心で目を丸くする。言葉遊びだろうか?

 アセナとエミリー先生も理解出来ないようで、しかしはじめに何か気付いたように理解の色を示したのはアセナ。その一瞬遅れでエミリー先生も気付く。

 地頭が良いのはエミリー先生なのだろうけど、こういうのは情報を作る側の方が気付くのが早いという事かな。

 まあ、ボクは何も分からないんだけどね。まあ、分からない時は素直に分かる人に聞こう。


 ボクは後ろへ、護衛として立っていた彼女へ向く。


「アセナはどう見るかな?」


 突然の事だった為か、後ろでニヤニヤと此方を見ていたアセナは話題を振られる事に戸惑ったようだった。

 しかし段々と、頼られているという気持ちに対し愉悦の表情を浮かべ、後ろからボクの両肩を軽く握って答えを落とす。


「フーッフッフッフ!若様にそこまで期待されては仕方ないですね!」


 議員の前なので『一応』敬語だ。

 ただし尻尾と耳がパタパタと揺れて気持ちは隠せていない。かわいい。


「先ず前提として、議会としてはローラン卿(ウィリアム氏)個人が海図を持っている事に対しては言及出来るのですが、ラッキーダスト侯爵が海図を持っている事には言及出来ないのですよ」


 ああ、そうか。

 ラッキーダスト家は王都の政治から腫物扱いされている家である。それ故に血族から議員を出し辛い訳だが、逆に向こうにも暗黙のルールとして同じ事が言える。

 半分独立国みたいな状態とも言えるのだ。なので我が領へ『内政干渉』するにはそれなりのリスクが伴う。


「それ故、ローラン卿が『一時的に』侯爵様から『預かっていた』海図を緋サソリに狙われたと、『いう事にする』。

捕まった後の緋サソリは否定するでしょうが、侯爵様の言論の方が信頼度はずっと高いですしね

そしてローラン卿は緋サソリを捕まえたという成果を持って王都に帰還し、侯爵様は海図を手にするという事になる訳です」


 普段侯爵領のデメリットになっていた部分を逆に利用する訳だ。

 ボクとシャルは二人顔を並べ、同じ表情で只感心していた。なるほどなあ、と。


 謎が解けたところでウィリアム氏との話を再開する。


「しかし、海図を此処まで持ってくるのも大変だったでしょう。

そんな危ない物、怪盗とは別にそこらのヤクザ屋さんなんかに盗られる心配はないので?」

「大丈夫ですよ、その為に『コイツ』が居るのですから」


 彼は親指で後ろのシオンを指差した。

 シオンは無言でペコリと頭を下げる。その様子にアセナは少し疑いの眼差しを向けていた。


「なるほど。しかし護衛という割には華奢(きゃしゃ)ですな。アタシも人の事は言えませんが、獣人であるという種族的な優位性がありますから」

「はっはっは、よく言われますよ。しかしコイツ、それを証明する為に中々腕力には自信がありましてね。どうでしょう、一つ腕試しをしてみては」


 慣れたように彼が顎をしゃくると同時、シオンは阿吽の呼吸で前に出てきて腕捲りをすると白い肌が見える。肘を机に付ければ腕相撲の構えの完成だ。

 それをジトリと見て考える者が一人。エミリー先生である。彼女は先程からずっとお茶淹れをやらせていたジャムシドに声を掛けた。


「ジャムシド君、ちょっと相手をしてくれないかね」

「俺ですかい。まあ、良いですけど。手加減は出来ませんぜ」


 そう言って彼は、嫌がる様子は特に見せず腕捲りをした。負ける気がないのだろう。

 なんせ、はたから見ると剛腕というイメージを受けないジャムシドであるが、それは高めの身長と顔の輪郭からそう見えるのであって、実際は丸太の様に太い。

 軽量級の格闘家は細く見えるが、一般人と並べるとそうでもないのと同じ理屈である。


 対称的な二人がガッチリと手を組み合って、公平になるようボクが開始の合図をかけた。


「それでは。レディー……ゴー!」


 ギリギリと軋むような音を立てる両者の腕。

 互角の図式を描くそれは、一般常識から余りにもかけ離れた奇妙な光景だった。


「くっ、ぐぐぐ……」


 しかもジャムシドは歯を食い縛るのに対し、シオンは涼しい顔で力を入れ続けていた。まるで体力の減少が見られない。

 そして暫く。ジャムシドが一瞬の隙を見せた時だ。とうとう手が片方に傾き、決着の時が来た。

 華奢な手が剛腕を捻じ伏せていたのである。


 呆然とするジャムシド。目を見開くアセナ。

 そんな様子にウィリアム氏は笑顔を向けた。


「ね。問題はないでしょう?」

「ええ。まさか本当にジャムシドに勝つとは予想外ですね。あ、もう引いて良いぞ」

「へい……」


 アセナはジャムシドを引かせた。

 そしてエミリー先生の方へ向き合うと探るように聞く。女準男爵であるエミリー先生への態度も敬語だ。似合わないなあ。


「それで、なんでジャムシドを当てたんでしょう?」

「一番の力持ちを使った方が分かり易いと思ってね。ウィリアム殿、シオンさんって改造人間でしょう」


 その一言に電流が走ったかのように驚愕の表情を浮かべるアセナとジャムシド。

 ああ。そういえばこの二人って、このネタを今まで知らないんだったな。

読んで頂きありがとう御座います。


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