15 ハーレムルート確定
「~♪~~♪」
歌いながら坂を下る。
すると領主館程とはいかずとも、中々の屋敷が並ぶ高級住宅地に出た。殆どはボクん家で働く使用人の家だ。
『領主館に住み込み』とは、此処で暮らすという事を指す。社宅みたいな物とでも言えば良いかな。
メイドや従僕等の使用人とは言うものの、貴族位を持っている家臣の立場なのでこの扱いは妥当といったところ。
内訳としてはウチの親戚と、昔からウチに仕えているハンナさんの親戚筋が主である。
屋敷の所有主になった家臣は、更に彼等に仕える下位の使用人達と一緒に住み、出勤時はそれらを率いたチームリーダーとして領主館へ勤める訳だ。
だから厳密には『使用人の家』というより『使用人チームの家』と言った方が正しいのかも。
因みにウチは大貴族なので、親戚では無い他貴族から子弟や令嬢を有料で預かり、社会勉強として使用人をさせている一面もある。
特に最近は産業革命によって財を成し、貴族位を買った元商人の子供を預かる事も多くなった印象。成金とも呼ばれているね。
彼等もこの区画内で暮らしているが、専ら集合住宅だ。伝統派も成金も平等に一纏めで暮らす此方は学生寮といったところか。
実際に彼等『修業生』には使用人としてだけではなく、普通の学校でやるような講義なんかも受けて貰っている。ほぼ学校経営だな。
さて。話が長くなったが、そんな高級住宅街の真ん中には広い道路が通っていた。石畳が敷かれ、しかも清掃員によって綺麗に整備されている。
領主館への通勤路だ。
この通勤路をこのまま真っすぐ行けば、大真珠湖へ行ける。
と、いうのも初めは領主館ではなく大真珠湖へ行く為に設けられた物だからだ。
初期の人口の少ない領都では、領主とその臣下が大真珠湖での現場業務を行う事が主な仕事だったのである。
しかし発展していくにつれて、行先が逆転した訳だ。
そんな歴史がある通路な訳だが、ボクとしてはとても有難い事実だった。
使用人の殆どは現在仕事中。あまり邪魔者が入らず恋人繋ぎをして、鼻唄交じりに歩けるのだから。
先ほどはシャルが前を歩いていたので、今度はボクがリードする形で前に出た。
「ほへ~」
「ふむ、シャルさんや。折角だし、一緒に歌ってみるのも一興かもよ?」
「う~む……いや、ここは大人しくしておくかの」
頬を膨らましながら上を向いて少し考えて、彼女は身を引いた。物理的には手を繋いでいるが。
外で歌う事そのものには、これといった感情はないらしい。だが、ちょっと気になるので聞いてみた。
「遠慮しなくて大丈夫だぞ。
ていうか、もしもボクの歌が下手で遠慮されているだけだったら、逆にボクが恥ずかしいだけだし」
シャルは手の平を団扇のように軽く振って否定する。
少し涼しい風が届いて、もう少し続けて欲しいと思ったが、シャルの罪悪感はそれを許さないらしい。直ぐに止んでしまった。
がっかりだ。
「いやいや、逆なのじゃ。お兄様って歌上手いんだなって思っての。今は聞き惚れていたいのじゃ」
「なるほどなあ。
皆で歌っている時になんか上手い人が歌い出すと、突然ピタってワイワイしていたのが止まって、静かにみんなで聞いているあの現象かあ」
「お、おう。そうじゃの」
あ、やっべ。内心反応に困ってる感じになってる。
軽く言っちゃったけど、そういえばこんな機会無いんだろうなこの子。取り敢えずボクは涼しい顔をして話題変換をして乗り越える事にした。
「そういえばこの歌って、その上手い人に教わった曲なんだけどさ。
よくウチじゃワイワイ集まってみんなで歌ったりするから、今度シャルも一緒にどうだい」
「え!?で、でも妾じゃ置いていかれそうな」
「ああ、あるある。大丈夫だよ、なんか自信の持てる曲を一つや二つ持っとけば十分さ」
ボクは笑ってブンブンと恋人繋ぎを持ち上げた。
顔を近付け、まるで騎士の口付けだ。故意ではない。しかしシャルは赤くなっているので、その隙を突かせてもらおう。
「と、いう訳で、歩きながら歌の練習でもしようか。はじめと趣旨が変わってしまうけど、歌そのものはボクが教えるよ」
「お、おおおうっ。そうじゃのっ!」
「じゃあ、さっきの歌にしようか。折角だし、それにシンプルだけど歌い易いから初心者にはお勧め」
「おお、そうじゃ……いや、やっぱ待って欲しいのじゃ」
シャルは肯定の姿勢を崩す。手を振る。あ、涼しい。
口元まで上がっていた手の甲に額を押し付け、ボクにも負けないジト目でボクを見上げた。
「のお、もしかして歌が上手い人って女性かや?」
「まあ、そうだね」
「うーむ、やっぱのう。因みに美人かや」
「エミリー先生かぁ。まあ、美人っちゃ美人だね」
「ふむふむ。それで館じゃ見なかったが、そのエミリー先生とやらは何をしている人なのじゃ」
「ああ、ボクの家庭教師をしているよ」
エミリー先生は前々からボクが引き合いに出してる、色っぽい家庭教師のお姉さんの事だ。
歳は21。
ラッキーダスト家をスポンサーにした錬金術師でもある。
行商人の娘で、13歳の頃にラッキーダスト領を訪れ、一年ほどボクと交流を持った後に他領で事件にあった後16歳の時に一般枠で学園都市に入学。
若くして様々な発明をしている実力派で顔立ちも良い。
ところが、一般的な貴族からは「性格に難あり」との烙印を押されて評判はよろしくない。
どうもエミリー先生は件の事件で14歳の時に子供が産めない身体にされた後、学園都市へ入学するまでを違法な売春施設で働かされて精神が壊れてしまったそうな。
その後遺症で、子供というものに異様な執着を持つようにになる上に、母性と性欲が混ざってしまったとか。
そのせいなのか自身が教育した子供のボクに性的な愛情を注ぐ。
まあ、昔から色々汚い人間を見ているボクには、『少し』変わった性格のひとつでしかないけどさ。
それはそれとして、シャルはおそる恐るといっはた感じに顔を近付け、唾を呑み込んで聞いてくる。
生暖かい息が唇にかかった。
「……」
「……」
お互いに何も言わない。されどシャルは手を強く握る。
だからボクから切り出した。流石に此処で彼女の気持ちが分からない程、鈍くもないさ。真っすぐ彼女を見させて貰う。
「肉体関係はあるよ」
「やはりそうか。上級貴族では家庭教師をそういう契約で雇うところも多いと聞くしの。あと、お兄様はなんか他の女性の臭いが強い気がするのじゃ」
感情は驚くほど平淡であった。ぶっちゃけ凄く怖い。
そう思いながら僕自身は手の力を抜いた。
このまま恋人繋ぎを続けるも良し、続けないも良し。それは彼女に委ねよう。
ただ、どうにも彼女には嘘を付きたくなかった。
嘘は何れバレるというボクなりの哲学もあるし、此処で彼女の気持ちを知りながらはぐらかす。
それは今日、二人で一緒に遊ぶにあたって気持ちの良くない事だ。
はぐらかすのも嘘をつくのも、人と接していくに必要な事ではあるが、向き合わなければいけないときは正直になるべきだと思う。
「こんな男に幻滅したかい?」
自分がどんな顔をしているか分からないが、少なくとも何時もキャーキャー言われているような時の顔に見えていないのは確かだろう。
しかしシャルは、そんなだらしない男の手を強く握った。
「いや、全然じゃとも!流石にお兄様程の身分の人間に、妾だけを愛せなどという傲慢は持ち合わせておらんでな。どうせ他にもきっとおるんじゃろ。
まあ、先を越されてちと悔しいのもあるが、それはこれからってトコかの」
フンスと吹っ切れた爽やかな顔をしていた。眩しいと感じる。
「さっ、歌を教えたもれ!」
でも握る手はちょっと痛かった。
読んで頂きありがとう御座います
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