149 夢のクレヨン王国
新聞紙は金属管にクリップを付けた道具に挟まれていた。
金属管は、別の管を組んで出来た骨組みのような枠へ物干し竿の様に幾つもかけられていて、だらりと垂れる。
こうすると何処にあるか読みやすいので、図書館でも一般的に採用されている方法だ。
ボクが頭に疑問符を浮かべながら新聞を手に取ってフリーズしている間に、アセナとエミリー先生がキャッキャとじゃれていた。
「その画材使い易そうだな。一本貰えない?」
「ん~。私個人としては別に良いんだけど、侯爵様と学園都市と錬金術ギルドと画材ギルドに話通してからね。
なんか『発明するのは良いんだけど、市場が混乱するから技術ばらまくのやめれ』ってこないだ釘刺されちゃってねえ」
言ってエミリー先生は指先で短い棒を回す。
それをぼんやり眺めていたアセナは溜息をついた。
「侯爵様が相手じゃ仕方ねえか。あ、その発明ってネタに出来そうだな。載せていいかはハンナの手下を通して侯爵様に聞くから名前教えてよ」
「名前、名前かぁ。まあ、新発明とは言うものの、顔料を粘土等で練り物にした既存の画材の改良だしなあ。ほら、色鉛筆ってあるじゃん?あれの延長さ」
「ああ、あの赤と白しかない割にやたら高いやつな」
何気ない雑談の中、エミリー先生はくるくると鉛筆の様に回る棒をボウッと眺め、あっと何か閃いたようだ。面白そうに少し目を見開いている。
「『パステル鉛筆』って意味で『クレヨン』ってのはどうだろ」
「あっはっは。なんだそりゃ、テキトーだな」
「え~、ダメ~?結構良い感じの語感だったと思うんだけどなあ」
「そうだなあ~、アダマスはどう思う?」
「……えっ?」
今まで『怪盗・緋サソリ』の記事に夢中になっていたので、突然話を振られて驚く。
何を話して良いのか分からず、頭が真っ白だ。
でも新聞を読みながらも、流す程度には内容を聞いてたので思ったことをそのまま口に出す事は出来た。
割とテンパっていて言葉はつっかえつっかえだが許してくれると嬉しい。
「……い、今も鉛筆みたいな使い方だし、え~と、別に良いんじゃないかと」
「あっはっは、今も鉛筆みたいか。そりゃそーだ。せめてもうちょっと種類が欲しいな」
アセナはサラサラと絵を描くジェスチャーをする。適当に言っているように見えるが、一応プロの絵描きでもあるので本当の事なのだろう。
そこへ何となく踏み込むのはシャルである。
「どのくらい欲しいのじゃ?」
「36種類くらい欲しいな。エミリー、作ってよ」
「作れるだろうけど、許可の問題がなあ」
「でも、妾はみんなで一緒に、お外でお絵描きしたいのじゃ。バスケットに今度はご飯を詰め込んで、ワイワイやりたいのじゃ」
「……‼」
その一言でボクの意識は「本当にボクか?」と思える程覚醒する。
やばいな、その提案は素敵すぎる。気付けばつっかえは外れ、身を乗り出していた。
「よし、ボクが父上に話をつけに行こう!売り出す分じゃなければ問題ない筈だ。責任は次期当主としてボクが受け持とう!」
「お、おう……なんかノリノリだね」
突然の興奮状態に珍しくエミリー先生がたじろぐ。
さっきの態度とのギャップ差から仕方のない事かも知れないが、こんな素晴らしいチャンスを逃す訳にはいかないのだ。エミリー先生の言う通り、内心ではノリノリでイケイケだ。
ボクはこういう事には労力を惜しまない男なのだ。
善は急げ。そう思った時である、客間の正面ドアノックが叩かれた。
「すいませーん。なんかお客さんが来たわよー」
入ってくるのは長いブロンズヘアを一本の三つ編みに纏めて後ろに垂らし、その上には若草色のバンダナを巻いている、小柄なルパ族の女性。
その実年齢に対して幼い雰囲気は忘れようがない。ジャムシドの妻で、アセナの幼馴染でもあるセリンだ。
彼女はその生来の人当たりの良さから、編集よりも接客に重きを置いた仕事を任されていた筈だ。
そんな事は兎も角、それはそれで丁度いい。切っ掛けが出来た。お客さんも来たところだしボク達は此処を出て行きお開きにしよう。出て行って早速父上に相談しなければ。
ソファから腰を浮かして、この会社から出ようとする。しかし、後ろから笑顔でガシリと掴まれ、再び元の位置に戻されてしまった。
気楽そうに見えて流石は遊牧民の人。力が強い。
どうしたんだと彼女へ振り向く。
「遊びに来ただけのボク達と、新聞社のお客さんをダブルブッキングしちゃマズいんじゃない?」
「それがね、どうもお客さんは婿殿に会いたいそうなのよ。ちょっと疲れるかもしれないだろうけど、もうちょっと居てくれないかしら」
「……はあ」
何とも胡散臭い話だ。ボクが此処に居るのを知っているのはかなり限られてくると思うんだけどなあ。
セリンが何かに加担してるのかな。そう思って読心術を使ってみるもこれといった悪意は見えない。しかし、責任感や使命感のような感情は読めた。
なるほど、つまり悪意は無いんだけど、彼女の裁量じゃどうしようもないという事なのだろう。ニコニコと笑っているが、その内心はかなり切迫しているのかも知れない。
まあ、仕方ない。他ならぬアセナの友達だし、ここは相手をしておこう。
肩の力を抜いてソファに体重を預け、このまま居るという事をアピール。ホッとした様子のセリンに、結局用事を持ってきたのは誰なのかと聞いてみる。
「ああ、実は王都の議員様らしくて。突然やってきて困っちゃうよ、もう」
そうかそうか……あれ?
そんな人に会わなかったっけ。割とついさっき。
読んで頂きありがとう御座います。
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