148 子供達のお腹はブラックホール
キャスケット帽と狼耳が溢れる客間の中、彼らは各々が選んだパンケーキを頬張りながら雑談を楽しむ。
意外だったのは、キャスケット帽を被った丁稚達が結構上品な仕草で味わっていた事だろうか。とても、身寄りがない孤児だとは結び付かない。
気になったので聞いてみる。聞いた先は、なんだかんだと馴染みのあるパーラだ。
結構失礼な事を聞くので、涼しい顔をしているボクだが、内心では心臓がバックバクと蠢いている感じがした。
それ以上に、正直ボクはシャルが得意とするような、プライベートな人付き合いは苦手だった。
だからこれは結構勇気を振り絞る行為で、若干、指先が震えている。
でも、ただ眺めているだけでも答えは得られないから、ボク自身が一歩踏み込むしかないのだとは思い、重い唇を何とか動かす。
「あ、え~っと」
「な……なんスか?帽子の件はもう無しっすよ」
「え~と、そうじゃなくて……なんか礼儀正しいけど、『前世』の記憶から?」
つい緊張感からか脳内で考えていた全文が吹き飛んで、要点だけ聞いてしまった。
直後、失敗したと感じる。
これはケンケンパの後の話だが、屋敷から此処に向かう最中の会話で、エミリー先生に店で暮らす『患者』について聞いた事があったのだ。
先生の店に住む彼女たちは、転生症をはじめとするが現代の医療では『病人』と認められない複雑な境遇だ。
そして、その内の誰が、ボクと同じ転生症なのかを教えられた。パーラもその中の一人だ。そうでなければ話しかけていないしね。
しかし、過去にどういった人物だったのかまでは教えられていない。
つまり地雷である可能性だってあるのである。
そう思っていると、彼女はケロッとした表情でボクを見やった。
「いや~。これは単純な『成長の流れ』っすかねぇ。何時までもエミリー様の脛を齧ってる訳もいかないですし。
大人になってもず~っと丁稚って訳にもいかないですし~……寧ろ、常にケツに火が付いてる状態だから処世術として自然と身に付きやすいというか」
驚く事にどうするでもなく、彼女はボクをすんなり受け入れていた。
常々『ボク』に悩まされているボクは、気付くと心の弱いボクはつい読心術に頼ってしまっていたのだが、パーラの瞳の奥が見せたのは、不快感でもなんでもなくて、只の『無心』。つまり、彼女にとって過去に触れられてもどうでもいいと思う感情。
他の人はこんなものなのか。思っていると彼女は目を細める。
「あ、前世に触れてやばいかな~って思っていただろうけど、割と普通な反応だから安心して良いっすよ。
私は周りが共感出来る環境で育ってきたから、孤独に怯えるようになる前にこの時代における自分を見定める事が出来た」
再び彼女は食べかけのパンケーキを口に入れる。今度はどこか芋臭い食べ方だ。
釣られてボクも同じ食べ方をしてみると、何時もと違う食感を味わえている気がした。
「まあ、お互いに大変な事で、ひとつっす」
「……そうだね」
そんな会話をしていると、田舎娘丸出しで周りに馴染んでいるシャルが見えた。
血縁だけで言えばこの中で一番のお嬢様の筈なんだけどなあ。まあ、楽しそうで何よりだ。あんなに用意していたバスケットの中身は自然と空になっていた。
◆
皆はそれぞれの仕事に戻っていき、随分広く感じられるようになった客間にて。
机の上には冷たいチャイ茶。その素朴な味がパンケーキで乾いた喉を潤してくれる。
ソファーに座って少し飲み、さてと一息。一息付いたところでアセナと向き合っていた。とはいえ、そんな真面目な話をする訳じゃない。
会社の運営はどんな具合なんかだの、軽いお喋りだ。身分は社長と領主代行だというのにこんな雰囲気だから妙なものでもあるがね。
ボクは軽く、話を切り出す。
「さっきの子供達もやっぱ新聞は読むのかい?」
「あ~、読む読む。すっげ~読む。下手したらアタシより読む」
それは社長としてどうなのだろう。
それとも調べて書く側だから、もうあまり読み直す必要は無いのかも知れない。彼女はお嬢様らしくない豪快な飲みっぷりで茶を一気に飲んだ。
近くで待機してるジャムシドにコップを「うまい!もう一杯!」って機嫌よく言いながら押し付ける。
彼は「それくらい自分でやれよ」とブツブツ言いつつ、大きな身体を縮こませ、平均的な貴族のメイドのように、綺麗に淹れてみせる。
やっぱルパ族の人たちは手先が器用だなぁ。
ぼぅっと考えていると、身を乗り出したのはボクの膝という定位置に座るシャルだった。
「それってパワハラじゃないかの?」
「流石に幼馴染のジャムシドじゃなかったらやんねーよ。それとも、辞めた方が良いでございましょうか?」
「いや、外向きの顔だけ丁寧にやってくれればいい。逆に気持ち悪い」
聞かれたジャムシドは、バッサリした態度を取りつつ茶をアセナの前に置いた。
急にお淑やかになっても困るのはボクも同感だ。しかしとアセナは続ける。その視点はエミリー先生を向いていた。
「まあ、あいつらが新聞をよく読むのはエミリーとの約束の成果かも知れないけどな」
すると直ちに内心を察したのか。
先生は人差し指を立ててボクの疑問に答えてくれた。
「ああ。丁稚になるついでに新聞を自由に読めるようにするよう言ったのさ。ルパ族の受け入れを主な目的とする此処は正社員になれる可能性が低い。
なら、別の職業も選べるように社会情勢を手軽に知れる手段を知って貰おうってね。よく読むように言い聞かせているよ」
「庶民層の暮らしも色々なんですね……あれ?でも此処の新聞って、割とうさんくさいうわさ話中心じゃなかったでしたっけ」
「ああ。予め目を通して、信ぴょう性のありそうな記事をラインマーカーで囲ってるね」
彼女は人差し指ほどの長さをした、紫色の棒を取り出す。
近年の錬金術の発達による画材の進化は凄まじいものだ。
チューブ絵の具が開発され、画家は外で絵を描く事が出来るようになった。
その為、今までの宗教画とは違い風景画を主とする『印象派』と呼ばれる人種がボチボチと無視できない程に増えて来た程だ。
新しい学問に組み込まれるのもそう遅くはないかも知れない。
しかし彼女の持っているのは絵の具と比べてかなり携帯に便利な形をしている。
まあ、どうせエミリー先生の事だし、また新発明でもしたのだろう。
「ところでどんな記事にマーカーを引いたんですか?」
「ああ。『怪盗・緋サソリ』の部分だね」
信ぴょう性とはなんだったのか。
「今までの犯罪歴から見ても、必要以上に人を傷付けない正義の義賊なのだ」
正義の犯罪者とはいったい。うごごごご……。
法を重んずるボクとしては大いに頭を抱える事案なのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
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