145 アーケード街のタイルを黒いとこだけ歩いてみたよ
ボク達の歩く石畳の道の左右には、グンと伸びた幾つものビルディングが並んでいた。それぞれが見栄を張るように流行りの建築方式を取り入れている。
改築を繰り返す上級層の建物は、だいたいそんな感じなので非常に見覚えのある光景だ。
風景として見ればパンフレット用の写真にでも取っておきたい煌びやかなこの区画。
だが裏腹に、各々の内部では今日もドロドロした舌戦が繰り広げられているのであろう。
商人通り一等区。
その名とは裏腹に、庶民が夕飯の材料やらを買いに来ている様子はない。此処は商人が商人を相手に商売をする区域なのだから。
此処で取引された物が小売業者に卸され、庶民に見覚えのある雑貨屋やら服屋やらに並ぶのである。
故に様々なギルドの重要な建物もこの区に集中する。
そんな魔窟に以前はロクでもない用事で来たものだ。
その為、当時は沈んだ気分だったが、今は親しい者達に用があるという事で気分が軽く、ついつい飛び跳ねたい気持ちになってしまう。
感じているとエミリーが本当に飛び跳ねていた。
「ケン、ケン、パー」
彼女は石畳の上を片足、片足、両足と規則性のある動きで渡っていった。
エミリー先生の事だから、下町特有の遊びか何かかも知れない。修業場じゃアセナにべったりだったし、こういう遊びに触れ合う機会はなかったなあ。
ほら、アセナって草原地帯で子供時代を過ごした後、寂れた鉱山跡地で幽閉生活だったから石畳を使った遊びが無かったんだ。
ボクもエミリー先生同様に石畳の上を跳ねる。
「ケン、ケン、パー……こうかい?」
「そうそう、上手上手」
拍手で迎えられたので、両手でチョキを作ってやる。いわゆるダブルピースだ。ただし、表情に乏しいジト目なのは許して貰いたい。
そのまま後ろへ振り向くと、遠目にシャルが見える。
ボクは彼女を迎えるように、手をダブルピースの形から広げる形へ直した。
「さて。シャルもおいで」
「う……うむっ!分かったのじゃ!」
彼女はチラチラと、申し訳なさそうな表情で、己の手元のピクニックバスケットを見ていた。激しく揺らして、零れてしまうのが怖いのだろう。
ちょっと意地悪だったかな?声をかけてみる。
「大丈夫かい。持とうか?」
そんな声に当てられた途端、彼女は掌を前に突き出して否定のポーズ。
心なしか息遣いが荒い。
「だ、大丈夫なのじゃ。お兄様はこれくらいのサドっ気の方が丁度良いと思うのじゃ!」
「……はあ」
「あ~、そうそう!そのちょっと冷めた感じの目つきが素敵なのじゃ!」
広げた彼女の掌が折り畳まれて、ボクの眼を嬉しそうに指差した。
そういえばこの妹、マゾ属性だったっけなあ。最近はゴタゴタしていてすっかり忘れていた。
とはいえ、自立しようとしているのはいい事だ。ボクは彼女を受け止めようと、広げた手をそのままパンと叩く。
半笑いの彼女は、心臓を高ぶらせながら、バスケットのハンドルを握って、もう片手で抱くようにして慎重に持ち上げる。
持ち上げると余計中身が揺れる気もするのだが、心が内側による心理的なものなのだろう。
数秒。
答えは既に決まっているのに、誰かに何かを求めるかのように石畳を眺め、ひとつ息を呑んだ彼女に、ボクは静かに声をかける。
「ケン……」
「ハッ、そうなのじゃ!ケンッ……なのじゃ!」
すると、せかされる形で、しかし読心術では待っていたといった内心で、片足を上げて石畳の上に跳び下りる。
そしてシャルはバスケットと身体の間に隙間を作り、足元を確認。
更にもう一言、今度は彼女が自ら言う。
「ケンッ!」
余裕がある雰囲気だった。一回目で感覚は掴んだのだろうか。
が、やはり着地後にバスケットに注意が行ってしまっている。感覚は掴めても気持ちの問題は性格の問題だからどうにもならないらしい。
しかし中身を確認する手段はなく、さりとて引く訳にもいかず。縋るようにボクを見て来たので、少し微笑みかけた。
ボクは笑顔が苦手なのに、こういう時は自然と浮かぶって生命の神秘だよなあ。
シャルもひやりとした笑顔を返し、言葉は同時に放たれる。
「「パーッ!」」
そしてシャルはボクの目の前に着地する。
彼女は恐るおそるとバスケットを頭の上まで持ち上げて足元を確認。そこには、両足が乗った敷石が映っていた。
パァッと満面の笑顔を向けて来る。かわいい。
「お兄様、妾はやったのじゃ!」
「よしよし、偉いぞ。シャル」
「うへへ」
シャルの頭をワシワシと撫でると、頭を擦り付けて来た。
もしも犬のしっぽが付いていたらブンブンと千切れんばかりに振っていただろう。
そんな時間を数秒楽しみ、それはそうとで、エミリー先生の方を向く。
翻った彼女の足元を見て気になった事があったのだ。
「それにしてもハイヒールでケンケンパなんて、よく出来ますね。前々から器用な動きするなとは思っていましたが」
「ああ、これね。
実はスプリングなんかの機構で補強してるから、華奢に見えて凄い頑丈なのだよ。足を痛めない為にも結構な工夫が施されているしね」
ロングスカートを更に大胆に、膝の辺りまで捲り上げて、白い脹脛を見せると、確かに『く』の字を描く厳つい外部パーツがヒールの根元から先端にかけて取り付けられていた。
更にヒール部の先端は二又に割れていて、その間には車輪が取り付けられている。ローラースケートに近いが、何かロックでも掛かっているのか車輪は回っていない。
「この車輪は……」
「これは移動に便利かなって付けてみたやつだね。
普段は動かないようにしてあるんだけど、ちょっと爪先で操作を加えまして~」
彼女はスカートの裾を更に捲って車輪で石畳を軽く叩くと、「カチリ」と何かが外れる音が聞こえた。護身術を担当しているハンナさんの『講義』で習った、踵を叩くと爪先からナイフが飛び出る暗殺用の靴みたいなものかな。
思っていると、そのまま車輪は石畳に擦り付けられ、確かにシャアッと勢いよく回り出した。エミリー先生は得意顔だ。
でもこれ、実際に使うとなると、完全なロマンアイテムなんじゃないか。思いつつ白い足に見とれていると、声が零れてきた。
「ああ~、その様子は疑っているな。ちょっと見とれよ」
言って彼女は敷石と敷石との間に出来た細い道を、スイスイとバランスよく踵だけで滑って行った。更にドヤっとした顔になる。
「クフフのフ~。
どうだ、凄いだろう。因みに爪先部に内蔵されてる車輪を使うともっと速いぞ!」
「おお~、凄いね」
こういうロマンから段々実用に至るかも知れないなあ。
思いつつ、今ボクに出来る事を考えシャルと一緒に拍手喝采を浴びさせかけた。
こんな感じにふざけながら目的地に向かうのは、非常に有意義な時間の使い方だったと思う。
読んで頂きありがとう御座います。
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