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143 玩具の指輪物語

 あの後、ボクはエミリー先生とシャルに身体をワシャワシャと洗われた。そりゃもう垢一つ残すまいというか、そういう遊びに熱中する強い意志を感じる程に。

 そして風呂場を出て、脱衣所にて。

 肌をツルツルにした状態のボクは何となく思ったことをエミリー先生に聞く。


「そういえば、その指輪って何時も新品みたいですね」


 単なる安物の玩具の筈だったから、今の今まで保っていたのが不思議だったのだ。

 よくもひび割れひとつ無いものだ。


「ああ。肌身離さず嵌めていられるよう、私の最新技術をつぎ込んだからね。

今までのカスタマイズ料金を総額するなら、私の年収の半分くらいじゃないかなぁ」

「……え˝っ」


 思わず変な声が出た。


 貴族としてのエミリーは女準男爵な上に新興で土地も無し。身分は下の下も良いところだ。

 ところが錬金術士としての彼女は違う。

 その狂った技術力による特許と発明で学生時代から荒稼ぎし、平均レベルの貴族なら鼻息で飛ぶような資金を持っていたりする。


 正に金の成る木なのだ。


 とはいえ。勿論、ボクはそんな目で彼女を見たことなんて一度もない。自分に自信のないボクが自信を持って言える、数少ない事実だ。

 彼女もその気になればボクん家なんかに頼らず生きていけるから、打算的に信頼してると思っている。

 覚悟のない男の軟弱な考えだけどね。


 さて。そんな彼女の年収は、半分といえどもとんでもない額になる訳で、愛の重さを金貨の重量で実感する。


「そんなに改造しているのなら、なんか特別な機能でも追加してそうだね。

発光くらいはしそうだ」

「いいや。残念ながら何もないのさ。

オリジナル技術の自己再生機能は付けているけど、だからって強度的には防具にすらならない。『玩具の指輪』の触感を残したいからね。

私の気持ちをこの世に繋ぎ止めてくれた、当時のまんまで残しておきたいんだ」


 彼女は指輪を触りながらボクを想ってくれて、アルゴスの違法風俗を脱出したんだっけな。

 それを聞いた途端嬉しく感じた。

 しかし、それと同時に余計な事を深く考えてしまうボクは寂しさも覚える。


 軟弱なボクは恐るおそる指輪を指差した。


「あ、あの……エミリー先生……」

「おや。なんだい」

「もし、その指輪が無くなってしまったら、貴女はどうするのでしょう」


 不安になってしまったのだ。

 彼女の本当の拠り所は過去のボクであるのではないのかと。

 ならば、彼女を自分との絆とは、その指輪の中に居る『過去のボク』との物ではないのかと。


 今のボクに、彼女がそれだけのお金を掛ける価値はあるのだろうか。


 泣きそうな気分で思想の沼に浸かっていると、裸の背中をパンと叩かれた。ちょっと痛い。

 エミリー先生の立ち位置的に、叩いたのは右手によるものだろう。


 ヒリヒリする感触を抑えつつ、気付かぬ内に下に向いていた視線を彼女に向けた。

 でも、やっぱり顔そのものは少し下に寄っていて、ジトジトと視線だけで見上げる形になってしまっていた。


「まあ、悲しみに暮れるだろう。そして暫くは、店を閉めてこの館に篭って君を求め続けるだろうね」

「……」


なんと返せば良いのか、言葉が出なかった。

怒っているとか思われていないか不安だ。


 しかし彼女は満面の笑顔を浮かべ、ボクを優しく抱きしめる。


「それで終わりさ。

確かに留めていた思い出を失ったのは悲しい事だけど、本当に大切なものは、私と一緒に今を歩む君だから」

「そう……なんですか……。その……指輪が壊れたからボクの元を去るとか、そういうのは無いんですか?」


 すると彼女は多いに笑う。

 そしてボクの意図を汲み取った言葉が返ってきた。まるで、何時もボクの事を考えているぞとばかりに。


「クフフ。こないだジャムシド君の所で大立ち回りをした割には随分弱気だね。

もし、指輪に込めた過去の君との思い出が私を此処に繋ぎ止めているものなら、指輪だけ持っていれば良いじゃないか。此処に居る理由なんて無い。

私は君の為なら何も惜しまないよ」


 そこで彼女は上を向き、ポンと手を叩く。


「なんなら私の全財産、あげようか?

ちょっと銀行から引き出すのに、面倒な手続きが必要な額に膨れ上がっているけど」

「え、ええええ〜っ!いやいやいや!いいです!すみませんっ!」


 空でも飛べそうなくらいに手をパタパタと振って、竜巻でも起こせそうなくらい首を振り、大いに否定。

 ボクは目を見開いていた。

 そんな状態が暫く続き、落ち着いたところで彼女はボクの頭を左手で撫でる。


「フフ……まあ、半分は冗談さ。でも、君が必要なら本当に先生はそれくらいしちゃうよん」

「はあ……」


 半分は本気って事じゃないか。戯ける口調でとんでもない爆弾を落とす。


「確かに過去の思い出も結構な値段だよ。

でも、今の君にはもっと価値があるんだ。ただ、それだけのお話さ」

「そう、ですか……。その、ごめんなさい」


 そう言って、今度こそ顔を上げて彼女と視線を合わせる。


 え、メイド服?


 そこには綺麗で母性的とも言える妖艶な顔があって、黒いメイド服を着ているエミリー先生が立っていたのだ。

 視線のいく先を見た彼女は「やっと気付いたのか」とばかりに裾を摘んでヒラヒラとスカートを仰いでみせた。


「クフフ……折角アダマス君達の着替えをするんだもん。やっぱ、こういうコスプレをやってみたいものさ」


 何時もはパーティードレスの形だから意識してなかった。

 彼女の服は、黒いけどある程度色を変えられる液体金属『メリクリウス』を編んで作られているから、質量保存の法則に反してなければ形状は何にでもなれるんだよなあ。

 楽しそうに踊る彼女に、ボクは手を広げた。


「それじゃ、宜しく頼むよ」

「はいっ、失礼致しますっ。『ご主人様』っ」


 フワリと満面の笑みでセーラー服を広げる。その手の薬指には、魔力灯に反射した玩具の指輪が光っていたのだった。

 まるで星の様に綺麗な反射光だった。

読んで頂きありがとう御座います。


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