141 ちょっと身分が低くてもなれる平民の衛兵とか門番的なアレ
ハンナさんはボクに近付くと、セーラー服を丁寧に摘まみ、困ったように頬に手を当てた。
しかし、あくまで仕草だけだ。本音はまるで問題でないと表情が語っている。
「罰ゲームは継続中だというのに、まあっ!これは大変ですわ。
と、言う訳で新しいセーラー服の用意があるので、お着換え下さいませ」
それを聞いたシャルは取り敢えず頷くと、疑問を問う。
「用意が良いのは今更感があるから敢えて突っ込まんが、よくもそんな小さなセーラー服が大量にあるもんじゃの」
「ああ、それはですね。
私は修業生の講師や艦隊の指揮官になる時があるので、水兵見習いの服は沢山持っているのです」
「そういえば、他家からラッキーダスト家への受け入れ修業生は6歳からだったか。つまり、主に修業生の着る服なのかや」
「確かに修業生が着るときもありますが、別口ですね」
「ふむ?」
「これに関しましては坊ちゃまに任せましょう」
譲られる感覚でハンナさんが身体をスライドさせると、ボクはシャルと目が合った。ふ~む、これは解説の流れかな。
ボクはコホンと咳払い。
我が家は水兵の家系だ。
なので、このラッキーダスト領には初代から脈々と受け継がれる大量の、しかも細分化した水軍がある。
ならば領都に最も水軍の兵力が集中しているかと言えばそうでもない。一番兵力が集中している所は、意外な事にのどかな港町であるオリオンの辺りなのだ。
理由としては、先ず海沿いなので外からの侵略者に備えるのがある。
しかし、それより重要な理由として、あの辺りは嘗て海底だったせいか海流の魔力が濃く、凶暴な魔物が発生し易いのだ。
なので海そのものの面積に対して、漁に使用出来る海域は狭い。また、漁をしていて気付いたら危険な海域に出てしまっていたなんて例もある。
漁師をそういった危険から守る為に備えられた艦隊なのだ。
その為か、あの辺りの平民にとって『水兵』とは生活に根付いた職業で、敷居はそこまで高いものでもない訳だ。警察組織というより自警団に近い。
平民の子供が水兵見習いとして、セーラー服を着て軍艦で甲板を拭いているなんて光景もよく見られる。半ズボンはこんなに短くないけど。
因みに、たまに腕が認められると幹部に抜擢されて、領都へ講師として派遣されてくる姿も見れたりするね。
そこまでをシャルに説明した。
「……って事だね。分かったかい?」
「オーケーなのじゃ。スッキリなのじゃ!」
「ならば良し!」
彼女のおでこを親指意外の四本の指を並べてペチンと叩き、ハンナさんに向き直る。
「それで、新しいセーラー服はどこかな」
「それが申し訳ございません。実は用意はありますが、今は持っていませんの」
彼女は両手を広げて持っていない事をアピールする。
ハンナさんがミスをするなんて珍しい事もあるものだ。
一旦、そう思って振り払う。
いやいや、あのハンナさんだぞ。そんなの単なる建前の一つに過ぎないだろうに。今までもよくあった事だ。
只、それで今までボクを害する事は無かったから、敢えて策略に乗ろう。
汚れた服……着替え……、ともあれば返す答えは……。
頭の中で簡単な連想ゲームを組み立てていく。
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、シャルと一緒にお風呂入って身体綺麗にしてくるから、服は置いといてくれれば良いよ」
「はいっ、畏まりました。
火は此方で見ておきますので、後で服を持たせた者を向かわせますね」
彼女の明るい返事に、正解なのだと一先ず安心する。
こうしてボク等二人は、お風呂場へ向かったのだった。
◆
そうした流れで、湯気の漂うお風呂場にて。
お風呂場専用の背の低い椅子に腰を掛け、シャルの背中をごしごしと洗う。
垣根に突っ込んだ時に服の中に土やら葉っぱやらが入っただろうし、洗っとかなきゃなあと思っていたのだ。
羞恥心そのものは、結構何時もやってるし婚約者だしで、互いにそこまで無かった。
ただ、気になるものが一つ。
目の前の鏡を介して、ボクの隣の席に座ってニコニコと微笑む姿が一人。勿論と言って良いのか、お風呂場なので一糸纏わぬ姿である。
そんな姿をしているのはエミリー先生だ。
抜群のプロポーションと、普段が布地多めなドレスなギャップも相まり、そこに存在するだけで蠱惑的な雰囲気がフェロモンの如く溢れていた。振り返らないのも一苦労である。
取り敢えず、このままの体勢から気になった事を聞く。
「あの……髪とか洗わなくて良いのでしょうか。お風呂場ですよ?」
「いや、噴水でシャルちゃんの髪を綺麗にする様を見た時から、アダマス君にやって欲しいなと思ってね。今の君が洗い終わるまで全裸待機しているのさ」
言って彼女はダラリと肩の力を抜いた。
それに伴い他の部位も弛緩して、鏡越しだがなんとも悩ましい恰好になる。
湯気を帯び、白い肌に張り付くシトシトした黒髪が色っぽい。
「それで、どうしてまた貴方が此処に居るので?」
「ん~、火はハンナさんが見てくれるって言うからアダマス君にセーラー服を着せてやれって、服を持ってきた訳さ」
後ろから抱き着き、パンケーキのような感触のものを後頭部に押し当ててきた。
なるほど。確かにハンナさんは、嘘はついちゃいない。服を着せに向かわせるのは、別に彼女の部下である必要はないしね。
何とか平常心を保つよう、努力するのだった。
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