14 庭園の外は下り坂
庭園を囲む柵。
それは金属管で形作られていた。
真鍮によく似た合金で出来ていて、その金色は太陽に反射して輝かしい。
細長くて長さの違う管が並ぶ事によって、全体的にアーチ状になった曲線を先端で波のように描いているのである。
中央の外門はその曲線の形に合わせて造られている。
柵と同様に金属管を並べ、上部と下部が薄い金属板によって固定されて繋がり、形作られていた。
その頂上部には槍先にも似た金属細工が飾られる。
丸みを帯びているので逆ハート形とも言える。その矛先が遥か空の彼方へ向けられていた。
飾りの中央には割れ目があって、縦一文字に割れる構造だ。
二枚一組になっている門同士の切れ目の延長にあるので、門が開くと同時に飾りが割れるようになっているのである。
『柵門』という上流階級が城や住居等によく使う門の形状だ。
勿論、単なる金属管だったのなら見た目通りそこに門としての防御力はない。
古臭い武官貴族なんかは「軟弱な柵門なんかいらない」と城壁と分厚い扉で固める事が多いが、一応これはこれで金属管の中を魔力を含んだ水分が巡る事で、赤煉瓦の城壁で囲まれた古臭い要塞よりは高い防衛能力を持っていたりするんだけどさ。
それにシャルの祖父方みたいな実力派はそれぞれの短所と長所をしっかりと調べて融和させていたりもする。
「それでは、いってらっしゃいませ」
そして今、逆ハートの飾りは割れていた。故に柵門は開かれる。
ハンナさんはボクに幾つか役に立ちそうな物が入った袋を与えると門の前で手を振って見送ってくれていた。
条件反射的にボクはゆっくりと、小さく、まるでお姫様のように手首で振る。
しかし、そんなボクの隣のシャルは豪快だ。両手を元気にブンブンと振って大きな声を上げていた。
「それでは栞の件は頼んだぞー!」
「はい。帰る頃には出来上がっていますので、ごゆるりとお遊びください」
「ハンナさーん、領地の視察と市場調査だってばー」
「あらあら、そうでしたわね。それではお仕事、頑張って下さいませ」
ボクが頬を膨らましながら訂正を入れると、ハンナさんはこれまでが決まった流れだとでも言わんばかりに返してくる。
何故か嬉しそうだが、もしかしたら父上もこんな感じだったのかも知れない。
いやいや、こういうアリバイ作りは重要なんだぞ。更に上の身分に問い詰められた時とか。
小物的発想ではあるが、小物で悪いかと心中で開き直った。ボクもあの父上の子なのだと実感する。
領主の館はラッキーダストの街全体を見渡す為に少し高い所に建てられている。
そのため、外門の前は少し坂になっているのである。
下り坂なので登りよりは辛くない。だけど、整地されているとはいえ平面よりも気を使わなければ余分な体力を消費しそうで、これはこれで面倒くさい。
一方で、シャルは両手を翼のように広げてスキップをしながら下っていた。
とても楽しそうに意味もない回転まで加えながらである。
彼女は回りながら先程まで居た領主の屋敷や遠くに見える大真珠湖を見ては一喜一憂する。
特にフェンスなんかは自分の家にもあったのだとはしゃいでいた。
「ふっふーん、楽しいのう。嬉しいのう、お兄様」
「ああ、そうだね」
楽しそうなシャルを見るのが面白いのでそう言っておく。
なんとなく鼻歌も漏れる。と、いけないな。少し距離が離れすぎてしまっていたか、ボクは慌ててシャルの隣に立つためにバタバタと坂を降りる。
「むむっ!楽しそうな歌が聞こえるぞい!」
するとそこで、シャルは歩を止めた。一気に振り返り、前方確認はせずにそのまま勢いよくボクの方向へ突撃してきた。
それは少し走り始めていたボクへのカウンターにもなっていた。
「「え?」」
二重に声が重なる。互いに衝突する。
ボクは咄嗟にシャルの身体を抱きしめて足で踏ん張り受け止めていた。
突然の事だったが身体は動くように物心つく前から教育されている。こういう身分なので武術などを一通り習っているからだ。
上級貴族は暗殺や誘拐の危険がいっぱいなのである。
具体的には徒手空拳をはじめナイフや拳銃。風変わりなもので森林でのゲリラ戦術や暗器などを一通り。
因みに得意分野はナイフ術で、講師はハンナさんだ。
同世代に比べて随分才能がある方らしいが、父上やハンナさんに負けてばかりで強いという実感はない。
「ふぅ。物語のお約束ではお互いがオデコをゴチンとぶつけて倒れるけど、それじゃ格好つかないから抱き留めさせて貰ったよ」
「う……ううむ。アリガト、なのじゃ」
シャルはつま先を立てて地面に付けたので、そのまま降ろしてやった。
会ったばかりの時のように、スカートの代わりにカボチャパンツを握ってモジモジとしているが、これはどうして良いか分からないからなのだろう。
まあ、あれだけど真ん中ストレートに思考が固定されていればねえ。
「落ち着いた?」
「ちょっと、まだ」
「そう。まあゆっくり歩いていこうか」
「そうじゃの、ちょっとはしゃぎ過ぎてお兄様を突き放してしまったのじゃ」
隣り合っているつもりだろうが、どうにもボクの陰に隠れるように歩いていた。
一緒に行こう的な約束をした初っぱなからやらかしてしまった事に対する負い目もあるのかも知れない。
だから、ちょっとほぐしてやる事にした。
「まあ、取り敢えず歌でも聴いとく?」
「お願いするのじゃ」
鼻唄が坂に響いた。
読んで頂きありがとう御座います