139 エミリー先生の発明品博覧会
エミリー先生が歌う。
特に歌詞もなければ、優雅でもない。
でも、ついつい踊りたくなりそうなポップな歌を。具体的には3分でクッキング出来そうな歌を歌っていた。
エミリー先生の歌といえば、美声を活かした優雅な歌というイメージがあるので、少し以外と言えば以外ではある。
「ぱっぱらぱらぱ~、ぱらぱらぱ~。ぱっぱら、ぱっ・ぱっ・ぱ~♪」
「へーい!」
歌の切れ目と同時に響くタンバリンの音。シャルが勢いよく叩いたものだ。
勿論、ここが上級貴族用に様々な種類をの道具を揃えた台所といってもタンバリンまでは置いていない。
故に、エミリー先生は自慢の『エミリー先生五つ道具』の一つである『月夜の羽衣』からタンバリンを作り出したのである。
爵位を貰う切っ掛けになった、世界を変えうる発明品を子供の玩具にしてしまうのはエミリー先生の長所だと思う。
そんな子供好きの彼女には、逆に優雅な歌より似合うのかも知れないのかなと感じたのだった。
「じゃ、シャルちゃん。ソレ返してね」
「はいっ、なのじゃ」
黒いタンバリンを手渡しで受け取った先生は、己のドレスに押し当てると、丸い波紋を描きながらみるみる吸収されていった。絵面だけなら水に落ちたようにも見える。
そして再びドレスに波が出来る。
ただし今度は、普通に身体を曲げたから皺が出来たというだけだが。
しゃがみ、持ち上げたのは料理用の素朴なボールである。彼女はそれを、恭しく両手でボクの目の前にある調理台に置くと、芝居がかった口調で言葉を紡ぐ。
「さあさ。ここに取り出したるは魔法の聖杯っ!
お菓子の勇者達よ、聖杯の中身を揃えて、見事このクエストを成功させるのだ」
「はは~。了解であります、女神様」
勇者と呼ばれる事は好きになれないが、そういう勇者なら大歓迎だ。
ボクは慣れた手つきで薄力粉、ココアパウダー、砂糖、膨らし粉を入れていく。
流石、どんなお客様にでも対応出来るよう小麦粉の種類も豊富に揃えられていた。楽器は置いてないけど。
「そういえばお兄様、薄力粉と普通の小麦粉って何が違うのじゃ?」
シャルはダマにならないよう、今入れたものを泡だて器でかき混ぜながら言う。
「ん~。実は小麦粉の分類における薄力粉ってだけだから違いはないんだけどね。
軟質小麦から挽いたこれは、焼いた後にふんわりするからケーキに最適なのさ。
ああ、普段パンになっているのはパンコムギから挽いた強力粉ってやつだね」
あ、ここはエミリー先生に解説させた方が、筋が通っていたかな?
思い、彼女に視線を向けるとおっぱいを支えてるかのように腕を組みながら、ニヤニヤと此方を見ている。どうやら「良いぞ、もっとやれ」との事らしい。
そういう訳で、今度は調理台から離れると、縦長の木製の箱へ辿り着いた。
小さな扉が付いていて、黒い金具によって二段に階層分けされているソレは、正面から見た樽にも見えた。
近年売り出された『冷蔵庫』と呼ばれる機械だ。
詳しくは解らないが、エミリー先生が言うには熱を吸い取って氷になる錬金術の試薬があって、それを上の階層に置いて熱を吸い取り続ける事で中を冷やしているんだとか。
じゃあ中の物は全部凍ってしまうんじゃないかと聞いたところ、上の階層には蒸気駆動式演算器に用いられる階差機関が組み込まれており、その計算機能と魔力による記憶能力を併用した錬気術によって一定の温度を保っているとの事だ。
勿論、熱を吸う試薬としての寿命が切れて溶けだしたら交換する訳だが、随分世の中も未来になったものだと感心する。
そんな未来なアイテムから取り出すのは、牧場の乳絞りからミルク配達の小僧までと幅広く愛用されているブリキ製のミルク入れ。
ボクはそれをボールまで持っていくと、中身を目分量でトポトポと入れていく。
さりげないから結構簡単そうにやっていると思われそうだけど、ここまでくるのに様々な苦難があったものだ。
などなど、思いに耽っているとシャルが手に泡だて器を持って、待ち遠しそうに此方を見ていた。
「ごめんごめん。それで、バターと卵を入れるよ」
冷蔵庫から更にバターを取り出し、必要量をナイフで切り取ってドボンと入れる。卵も同様だ。
ひとり、ふたりが食べるものならもっと少なくても良いんだけど、皆で食べるからこんな音が出る。
ちょっと面白い。
「で、カカオマスを入れる訳だね。これでいよいよチョコの材料がみんな入った訳だ。
じゃあシャル。やっちゃって良いぞ」
「おうっ!任せるのじゃ!」
シャルは意気揚々と、手に持つ『機械』の引き金を引く。
その見た目は大ぶりな拳銃に近かった。
その先端には曲がった形状の金属を数本組み合わせて茶筅形にされたものが付いていた。
引き金が引かれると同時にウィィンと歯車が勢いよく回る音がする。それに伴い先端もよく回っている。
あれこそエミリー先生のお店の目玉商品、『蒸気駆動式泡だて器』だ。
今までの泡だて器は手動でかき混ぜていたものだが、この機械は従来のものに革命を起こさせていた。
仕組みはただ回るだけという、物凄く簡単な構造なので似たアイデアなんて沢山あったので、エミリー先生独自の発明という訳でもない
しかし蒸気機関という性格上、従来のものでは素早い起動と停止が出来ないという欠点があった。
それでエミリー先生は歯車に使う魔骨へ独自の理論で手を加えたそうで、従来の蒸気機関では中々見られない手軽さが実現したのである。
丁度今のシャルが入り切りを繰り替えして遊んでいるようにだ。
そして満足したのか、今度こそ本格的に引き金を長押しすると、ボールに泡だて器を突っ込んだ。
「シャルちゃんテンペストドリルなのじゃ~!ぶるるんぶるる~ん!」
テンションに任せて謎の必殺技名を叫ぶシャル。
力任せにやってる為か、機械で混ぜてもかなり顔に向かって飛び散っているけど、まあ本人は楽しそうだし良しとしよう。
「うはーっはっはっはなのじゃ!」
泡だて器の音と同時に、暫くの間台所に悪役っぽい高笑いが響く事になった。
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