135 切り離せないが紙切れより拙い関係
貴族としての父上の顔に泥を塗る。これは非常にマズい。
個人的な意味での父上に対してなら、パイ投げみたく駆け足で勢いをつけて泥まみれにしてやりたいと何時も思っているけどね。
でも、これが今回のような社交の場といえば、また意味が違うものになってくる。
貴族というものは華やかな外見とは裏腹に、結局のところヤクザ者とそう変わらない。面目で食べている職業だ。
ナメられちゃいけないし、無礼な事をすれば報復を受ける。
そういう訳で、次期投手のボクが何かしら無礼をはたらくとなれば、それは父上の治めるラッキーダスト侯爵領……。
強いてはこの領地の持つ大量の資産へ付け入られる隙になり、大切な人達への将来に危険が迫る事になるのだ。
なので目の前の人の顔と名前が一致しないボクとしては、騙し騙し接していくしかないのである。
普段、中々動かない表情筋をピクピクと動かして、友好的な態度で手を握る。
「ええと……あ、はい。オヒサシブリです。
私と致しましては、会えるのを楽しみにしていました」
「ええ、元気そうで何よりです!オルゴート殿に紹介された時より大きくなったようで」
文官っぽい割に暑苦しく、力強く握り返してきた。名前呼びかよ。
ここで読心術を使い、真偽を確かめるが結果は真。つまり彼は本当に父上の客人という事になる。
もしかしたら貴族っぽい恰好をして何故か館をウロウロと徘徊してた只の雰囲気がある怪しいおっさんだったのではという最後の望みも絶たれた訳だ。
頼む、ボクがボロを出す前に切り上げてくれ。
内心で焦りながら思っていると、意外なところから助け舟が渡された。
「ウィリアム。そろそろ虐めるのもよしてあげましょう。明らかに困っているじゃないですか」
放たれたのは、彼の隣。
つまり、エミリー先生が敵対的なほどに警戒していた、護衛の軍人の人だった。
声は男性にしては高く、女性にしてはハスキーボイスで、やはり性別の区別が難しい。しかし今のボクには救いの女神に見える。
「ん。そうかな?態度は友好的だぞ。シオン君」
「はいはい。明らかに表情がぎこちないでしょう……ほら、正直な話、覚えていないのでしょう?アダマス様」
「え、ええ…………ハイ」
貯めて、また貯める。
大真面目にこの台詞を言っていいのか悪いのかを、二種類の餌を目の前に差し出された猫のように考え続け、やっぱり言う方を選んだ。
嘘は何れバレるしな。やっぱ嘘はよくないな、うん。さっきまで嘘を付く気満々だったけどしょうがない事なんだよ、うん。
自分にそう言い聞かせればスカッとした。
次いで思い切り、疑問を口にする。今度こそ素直な気持ちだ。
「ところで、ええと……ウィリアム、殿?
父上に紹介された事がないですけど。実際、何時頃会いました?」
ウィリアムと呼ばれた彼は先程同様、今気づいたような仕草で語り出す。
「おおっ!そうでした。
貴方がまだ生まれたばかりの頃に、それを祝って大きなパーティーが昔、この館で行われてね。その際に僕が呼ばれたのです。それで面識がある訳ですね」
なるほど。それなら確かに父上に紹介された事にも、背が高くなっている事にも矛盾はない。しかし、それ故に疑問が湧いてくる。
彼は父上に招待されるような立場であるにも関わらず、面識はないという事だ。
う~ん。ラッキーダスト家の派閥の筈なんだけどなあ。
「父上とはどのような繋がりなのでしょう?」
「ああ。僕はちょ~~っとだけラッキーダスト家の血を引いていましてね。そういう意味では親戚関係とも言えます」
親指と人差し指で摘まむように隙間を作って、人懐っこい笑顔を見せた。
血族なら確かに名前読みもありと言えばありだと思うが、想像以上に薄っぺらい関係だった。
なので、ボクはああ、そうだったんですかと会話を切ろうとした時だ。彼は続きを紡ぐ。ボクは内心、いやいやながらも振り返る。
まだ終わらせてくれないらしい。
いや、悪い人じゃないんだ。話がつまらない訳でもないしね。ただ、こう、タイミングがね?そんな思いからか思わずボクはジト目を向けていたが、彼は気にする様子なし。
「ただ、僕が今日、オルゴート殿と会う主な理由はそこではない訳でして。
普段はさっきシオンが言った通り、王都で『議員』をしている宮廷貴族なのです。
ああ、シオンというのは隣の軍人の名前ですね。念のため」
彼が親指で隣を指差すと、シオンと呼ばれた軍人はボクに視線を合わせてコクリと首を倒す。あっ、ハイ。こちらこそ。
ボクも同様に首だけ倒す変な会釈を返した。
遅くも早くもない間の後に、ボクは頭を上げてウィリアム氏に余裕な振りをしながら語る。
「それは凄い。その歳で議員だなんて大変だったでしょう」
「あっはっは。アダマス殿の年頃の子に、歳の事を言われるのも変な気持ちですがその通りですね。幼馴染のシオンと二人三脚で頑張りました」
彼は感慨深そうに遠くを見る目を浮かべていた。
さて、『議員』について少し話そう。
この国は議会制である。議会が方針を決め、王が許可を出す形をイメージしてくれれば良い。今は女王だけどそこは省略。
嘗て剣と魔術の時代での政治は、王が物事をすべて決めて宰相と、それに従う僅かな上位貴族が少し意見する形だったらしい。
しかし近代との転換期、勇者の言葉に深く感動した当時の王が、様々な者の意見を取り入れてみようと下級貴族なども加われるよう採用したのだ。
……って、綺麗な『一般の歴史』ではそう言われているものの、学園都市の研究では別の視点もある。
土地を持たないで国からの棒給で生活する貴族である、いわゆる『宮廷貴族』と呼ばれる者達の増加という背景があった。
魔王軍との戦いが終わり、剣と魔術の時代が終息した際に魔物から取り返した領地を国に返上、もしくは各領の軍縮。
それらによって結果的に王都へ武力が集まった結果、宮廷貴族の発言力が増したとも言われている。
まあ、肝心の勇者は議会に入らなかったんだけどね。
その真実をボク……と、いうかラッキーダスト侯爵家は家柄上知っているが、ちょっと王家の都合に悪い事なので門外不出とされている。
それはそれとしてだ。
議員になれるのは王国に対して一定以上の成果を見せていて、人柄確かな事が条件なので、かなり狭き門でもあるのだ。
入れるかどうかも最終的には会議という、個人の好みで決まるしね。
「なるほど。普段は王都にいらっしゃって、父上の方が会いに行くので見かけない訳ですね」
「ですね、僕としては来たくて仕方なかったのですがね」
軽く見えるけど、本当はかなり忙しいんだろうなあ。
ちょっとだけ人懐っこい笑みに貫禄が見えた。
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