134 誰?と言えないのが一番辛い
「のうお兄様、全部取れたかの?」
ボクの隣を歩くシャルは、自身のツインテールを摘まんで聞いてくる。内容は勿論、突っ込んだ生垣の小さな葉っぱが取れたかという事だ。
彼女の帽子をポンと撫でて、ボクは普段通りの顔をした。優しいお兄ちゃんに映ってると良いな。
「大丈夫。よくアセナの毛繕いをやらされたからね。こんな作業は慣れっこさ」
「なるほどの、それは確かに信用出来るのじゃ」
愉快そうに彼女は両手を広げると、クルクル回りながら前を進む。
フワリと慣性でツインテールが舞い上がる様は宙に吹き上がる噴水のようであり、日の光に当てられた金髪がキラキラと反射する様は水飛沫に似る。
違うところは実体を持つが故に、この手に届くという事だろうか。
手を広げると、前を歩いていた妹は、ぴょんと胸に飛び込んで来た。抱き寄せる勢いで髪がボクの顔にかかるが、特に気にするものでなし。
「うん。髪の毛がサラサラで、葉っぱのカケラはやっぱり見当たらない。問題はないようだ」
「うへへ、ありがとう御座いますなのじゃ」
柔らかい頬を胸に擦り付けて甘えてくるのがとても可愛い。
隣を歩くエミリー先生も、子供好きな為か微笑ましいモノを見る表情だった。
少々息が荒いのは性癖のせいだと思われるが……。
まあ、ボクもこの時間を何時迄も楽しんでいたいので人の事は言えないか。
そんな事をぽややんと考えていたら、ショッキングな事にシャルを手放さざるを得ない事態が起こってしまった。
ボクの手から離される彼女はキョトンと首を捻って暫く名残惜しそうにしていたが、ボクの視線の先に何かがあるのだとに気付く。振り向くと、納得の表情を浮かべた。
そういえば此処は、もう迷路のように張り巡らされた生垣製の細い通路を抜けた所だったのだ。
つまり、館の玄関口から正面柵門を繋ぐ中央の太い通路だ。
なので目の間にはボク達の館。そして、その前を歩く人影が二つあった。
一方は見慣れない男だった。
シルエットだけなら一本の柱。そう見える理由はシルクハットを被っているから。
近付くにつれ段々と明らかになる全体像は、典型的な貴族の格好だ。
首元には蝶ネクタイとペンダント、そして銀の飾りを付けたヘーゼルナッツのステッキ。
特に鍛えているという訳ではないので武官では無いのかも知れないが、身に付けている物の質の良さから品位の高さが伺える。
きっと文官なのだろう。
と、こういう服の描写だと基本的にでっぷりとした腹とハの字に生やした髭の中年男性といったステレオタイプを思い浮かべるかも知れない。
ところが彼は印象よりも細身で、若かった。
確かに『若者』と呼ぶには無理がある顔立ちだが、『中年』と呼ぶにも無理がある。
そのミステリアスで柔和な雰囲気は、若干ハンナさんに通じるものがあった。
その隣を、彼とは対称的に一目で軍人と呼べる、分かりやすい軍人が歩いている。
マントを羽織って腰にはサーベル。そして頭には軍帽と、格好からして陸軍だと直ぐ検討はついた。
中性的で、かなり綺麗な顔立ちをしていて女でもありだ。しかし女性の軍人は一般的でない。
故に性別は非常に分かりづらい物だった。
しかし。ボクに限っては、読心術を持っているが故に察しが良いからなのか。それとも何時も魅力的な女性に揉みくちゃにされているからなのか。
仕草から『彼女』は女性だと、何となく察する事が出来た。
状況からして隣の男性の護衛なのだろう。中々鋭く、冷たい眼を此方に向けてくれる。
恐らく彼等が父上の言っていた『面会』の相手であるのは間違いない。方向からして今、終わったところだと言うのに四点の要素から気付かせてくれる。
館側からやって来て、豪華な身なりの割に普段は見慣れなくて、護衛を侍らせている。先ずはこの三点だ。
そして最後の一点として……。
ボクは視線をエミリー先生に向けると、かなり嫌そうな表情で目の前の軍人を見ていた。
右眼に探知装置を持つ彼女がこの様な反応を見せるという事は、大分厄介な武装をマントの下に隠しているという事だ。
まあ、父上を相手にするのだから是非もなしといった所だろうか。
さて。これだけだったら別に問題ない。
しかし、困った事はまだまだあるもので、どうやら彼はボクに興味があるそうだ。読心術が間違いなしだと教えてくれる。
しかもボクの好感を得ようととする考えで、だ。更に、何らかの打算まであるときた。
ここまでいくとくどいかも知れないが、読めてしまうのだから仕方ない。愚痴りたい。
父上との面会が叶う彼ほどの貴族なら読心術を知ってても良いだろうに溜め息が出る。
寧ろ、知ってて隠さず意思を伝えてくれているのかも知れんがね。
どちらにせよ、放っておいてくれないのは確かだ。ボクは歩を止めて、道を譲り直立不動になった。
これもマナーというもので、目上側から話し掛けられるまで待つのである。
あ〜、シャル達とイチャイチャしたいから放っておいてくれないかなぁ。
そんなボクの想い虚しく、彼は今気付いたような顔付きになると、パタパタと小走りで嬉しそうな顔を作り、小走りで向かって来た。
「おおっ、アダマス殿!アダマス殿ではありませんか!」
シルクハットの彼は翡翠色の目を爛々と輝かせ、ボクに向かって手を振る。
そして目の前まで来ると、スッと友好的に手を差し伸べる。やっぱ接しないと駄目かあ。
こうなっては仕方ない。適当に握手して、適当に挨拶して、適当に駄弁ってお別れをして……。
そこまで考え、自分が危機に居る事に気付いた。
この人の名前、何だっけ?
やばいな。貴族社会における父上に泥を塗る事になってしまう。
ニコニコと人の良い笑みを浮かべ続ける彼を、内心でタラタラと冷や汗を流しながら、ボクはジト目でジイと見ていた。
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