131 転生症
ボクの右隣にはエミリー先生が座っていて、噴き出る水を眺めている。
互いに目は合わせていない筈なのにそう感じるのは、未だ手を繋いでいるからだろうか。水飛沫の冷たさと相まって、彼女の温もりが伝わってくる。
そして、はじめに声を出したのはエミリー先生だった。
「まだ、自分が自分じゃないみたいで怖いかい?」
「はい……特に、夢の中の『ボク』が偉人であればある程、ボクは只の『容れ物』なんじゃないのかという気もしてきて……」
「そうだね。確かに、過去の人間の記憶が自分の中に入っているのは妙な気持なのだろう。
それに現実の自分よりも、夢の中の自分の方が今までの危機に陥った時、上手く出来たのかも知れないと思うだろう。
だけどさ……」
言って彼女はゆっくり、握った手の指を動かす。
丁度、ボクの手に指輪が当たるように。それで、思い出す事がある。
エミリー先生は、アルゴスに捕らえられていた頃、この指輪を撫でて自我を保っていたんだって。そんな事を本人から聞いた。
「もしも、この指輪が君でなくてさ、君の中のつよいつよーい勇者様から貰った物だったら、今の私は此処に居ないかも知れない」
「え?でも、当時のボクなんか、寧ろエミリー先生に頼ってばかりの小さな子供で……」
「それは今でもそうかな~。だからこそ教え甲斐がある」
彼女はニシシと歯を見せて笑う。否定は出来ない。
「さて。もしも勇者様に渡された物だったら、私は助けられる事に期待し過ぎてしまったかも知れない。
あの恐ろしいアルゴスと戦おうだなんて思わなかったかも知れないんだ」
彼女は繋いでいたひょいと持ち上げ、そのままボクの頭を帽子の上から撫でた。
「今の君が居るから今の私が居るし、今の私が居るから今の君が居る。
まあ、そんなもんで良いんじゃないかな」
クシャクシャと髪を混ぜられる感触は心地いいものだった。少しもそんな言葉はないのに、何故か褒められた気分になれたのだ。
だからだろう。ボクも腕に力を入れて横を向くと彼女の頭に腕を持っていき、そして撫でた。
耳には水飛沫が弾ける音が入ってきて、手にフワリとした髪の触感を感じる。
それだけで満足出来そうな時間を暫く楽しむと、エミリー先生は手を元の位置である二人の間に戻して複雑な笑みをボクへ向けた。
少し気まずそうである。
「……ねえ、アダマス君。
私は本当にそれを体験していないから、せめて解らない者なりに、君に何が起こっているのかと研究していた時があるんだ。
まあ、改造人間のバックアップが何処まで取れるか調べる為でもあるんだけどさ。
正直、知らなくてもいい事かも知れない。寧ろ、知って後悔するかも知れない。
それでも、聞くかい?」
こういう時の彼女の話は、良い物でないのは確実だ。
だから、敢えて言おう。
「うん。エミリー先生が折角調べてくれたんだ。仮に毒でも皿まで喰ってみせるさ」
「……そう。ありがと」
すると彼女はボクの頭に手を伸ばして、ゆっくりと横に倒していく。
そのまま太ももに頭を乗せれば、いわゆる膝枕の完成だ。オッパイさんなだけあって、こちらの肉付きも良いとオッサン臭い事を考えた直後、聖女の様にボクの頭を撫でるエミリー先生の様子を見て反省した。
我ながら罪深い。
思っているとエミリー先生は言葉を続ける。
「さて、先ずは復習だ。魔力の三要素・『記憶』について言ってみようか」
「はい……。魔力は個別の波長があり、それに特定の薬品や機器を通す事で過去に存在した像や声等を再現する事が出来ます。
また、個人の特定も可能です」
「ん。宜しい」
彼女は人差し指を上げる。こういうとこ先生って職業だよなあ。
「じゃあ、こう考えた事はないかな。『他者の魔力の波長を再現してしまえば、成りすましも可能である』とね」
「あ、確かにっ!」
はっとボクは目を見開いた。
エミリー先生の顔は下乳の質量で見えない。しかし、それを分かっているのだろう、横から覗き込んでニヤニヤとした顔を近づけてきた。
吐息が耳にかかる。
「でも、それは出来ないんだなぁ。波長の調整まではいけるんだけど無理やり作ろうとすると、霧散しちゃうんだ。まるで、何者かの意思が介入しているかのようにね。
この世界の『神』と呼ぶべき存在が魔力を使ってタグ付けし、我々を管理しているのではないか。そうとも言われているよ」
「なんか、大きな話ですね。でも、その話を出したからには例外もあるという事ですかね」
なんとなく思った事を口にすると、エミリー先生はにぱっと大きく笑い、顔を更に近づけてボクの唇へ、その艶のある唇をくっつけた。口同士のキスだ。
数秒経つと口を放し、今度は噴水の水飛沫に反射した輝かしい表情がボクを迎える。
「大正解っ!
そう!これは学園都市の論文にも無かったから、私が独自で研究して見つけたんだけどね。
確かに既に存在する人間の魔力を持つ人間が産まれる例外がある。でも、それはね……」
只、物凄く明るくなったと思ったら、躁鬱病の患者であるかのようにテンションが下がる。
きっとボクにとって都合のいい物でないのだろう。だからボクは、彼女を信じてひとつ頷き、真実を促した。
「『死者』の魔力なんだ……。
既に死んでいるから他者と魔力が被る事は無い。そして、そうした人間には『前世』の記憶が微かに現れる事がある。
私はこれを総称して『転生症』と名付けさせて貰ったよ。学園都市に論文だけ提出してね」
否定していた事が、当たってしまっていた。
唇から紡がれた真実を、ボクはまた頷いて受け止めるしかない。
上半身を持ち上げ、繋がりを確かめるかのように、よく頑張ったねと彼女の額へ軽いキスをする。
「そうかい……うん、そうかい……」
ボクは内側からボロボロになりそうだった。
おかしいな。間違ったことをしていないのに、なんでこんな辛いんだろう。
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