128 湖のエルフ
夢の中の『ボク』の上からは声が聞こえる。スウと自然に入ってくる声だった。
「あらあら、それでは私と二人で『約束』を果たされますか?」
見上げると人魚がメイド服を着て、長い髪を尾ひれに合わせ体全体は宙を漂っていた。この間、自身を賢者の石だと名乗っていた女性である。
流石に裸は拙かったのか服を着ている。
彼女をしかめっ面で見上げて「そうなんだよなぁ」と軽く一息。
息と同時に、胸の内のごちゃごちゃした物も吐き出したのか、『ボク』は何かを決意したように立ち上がった。
「アンタレスと約束しちまったからには、果たさにゃなんねえ」
背もたれに掛けていたロングコートに袖を通し、懐へ入れていた三角帽を手に取った。雑に扱っていた為か我が国の紋章が皺でクシャクシャになっているが、特に気にしていない様子。
後は机に立て掛けていた兵隊用のサーベルを腰から佩けば、古い水軍将校の完成だ。
いや、この場合は古い訳じゃないんだけどね。
『ボク』は不満げに爪でナックル・ボウを叩く。愚痴を吐く。
「なんか頼りない剣だよなぁ。大真珠湖の湖賊をこれから平定するってのに、こんなんで大丈夫かよ」
「その点は私がフォロー致しますのでご安心を。王国の貴族であるという事を示す為の飾り程度に思って下さいませ。
それに今回は、死傷者は少ない方が良いでしょう?なにせ、ここいらを開拓する為の、労働力確保の為なのですから」
え、そうなんだ。
今までの夢において、『ボク』は、昔から大真珠湖を不法に陣取る湖賊の平定の為に王国から爵位を得るという場面を何度か見たが、こういった背景は知らなかったなあ。
「それにしても上手くいくと良いんだけどねえ」
「そこは大丈夫だと思います。
彼らは乱世において酷使されていた逃亡奴隷達が築いた共同体が、王国では手出しできない程巨大化したものですから。
社会性がなければあっという間に空中分解するので、『圧倒的な力』を見せれば仲間を守るために逆らう事は無いかと」
「はあ……」
疑問に思わずすんなり頭に入るのは夢の世界だからだろうか。
ただ、今日の朝ごはんの疑問が解決したのは良かった。この夢が真実であるならば、はじめの拠点が海辺で、その開拓の為に大真珠湖から人員を持ってきたという事だ。
既に大真珠湖を開拓した状態で「大真珠湖でシジミを養殖しよう」と思うのは変だが、まだ大真珠湖が開拓途中で海辺の城に住んでいる時系列ならおかしくない。
あ~、よかったよかった、すっきりした。
でも、魔王軍との戦いで弱体化しているとは言え、国が手出しできない湖賊に理不尽なまでの力を示すとはいったい何だというのだろう。
思っていると、『ボク』は歩き出し、外に向かい……そして時間が一気に飛んだ。
先ほどの人工的な明かりとは違い、入道雲の目立つ綺麗な青空が湖を照らす。
建物なんかは無いけど、ボクが産まれた頃から見てきた大真珠湖だというのは、湖の形で何となく分かった。
辺りには大量の瓦礫が浮かんでいる。
その上には蟻のようなものが沢山動いているが、よく見れば人だというのが直ぐに分かる。まるで水害で家が流されている最中の町のようだ。
そんな件の瓦礫の山は、時に貫かれ、引き千切られ、木っ端微塵になっているが、租借し切れなかった食材のように、微妙に元の形を残している。
その欠片が、普段水兵として教育を受けているボクには大型の船を形成していたものだというのが何となく分かった。
しかし妙な事がひとつ。
原始的だがスクリュー、蒸気エンジン、カノン砲、木製の船を覆う防水性の合金板……。
流れる残骸の殆どは、現代でも使われている進んだ技術の船の物だったのである。
この時代の『軍艦』と言えば複数人でオールを漕いで、弓矢で牽制して、衝角で体当たりが当たり前だ。
そんな環境でこんな物がポンと現れたらほぼ無敵の存在だったのではないだろうか。
その上で、そんなオーパーツをこんな細切れにするなんて、怪獣かなんかでも通ったかと錯覚させた。
少なくとも腰の剣一本でどうにか出来る世界ではないのは確実だ。
破壊した本人である筈の『ボク』は、湖の中心で大きめのボートに乗って何故か動揺の色が浮かべていた。
『ボク』は動揺を振り払い、目の前で一緒にボートに乗る男へ向き合う。問う。
向き合った男は、女と間違えるほどかなり整った顔をしていた。恐らく湖賊のリーダー格なのだろうが、船乗りだというのに褐色に染まっておらず、線も細い。
そして、赤い髪からは尖った耳が伸びる。
『エルフ』と呼ばれる知性に優れた種族だった。
なんで森の民がこんな所にいるのかとか、ゲリラに加わっているのとか、どっかで見た事があるとか、様々な事が脳を過ぎったが今はどうでもいい。
「凄い船だったな。王国が手出し出来なかった原因がよく分かるよ。どうやって手に入れたんだ?」
「ふん、これだけ叩きのめしておいてよく言う。世辞にもならん」
彼は呆れたように溜息を付いた。
「まあいい、折角だから教えてやろう。
あれらは私が作ったのだ。古代遺跡で設計図を発掘したものの人手が足りなくてな。
貧弱な船で武装している吹けば飛ぶような集団が居てな。聞けば魔王軍の侵略等で主人を失った逃亡奴隷の集団だという。
折角だし作らせて武装させてみたら、何時の間にやら『リーダー』だの『キャプテン』だのと祭り上げられててな」
なるほど。確かに長命種がずっとリーダーをしているなら、トップの死亡による争いなども起らず思想が一致団結し、更に強力な武器を量産できる頭脳があるならこの規模になるのも頷ける。
きっと彼からすれば、湖賊の発足も最近の事なのだろう。
「それで」と彼は『ボク』へ青い目を向けた。
「で、私はどうなる。あの船どもと同じ様に粉微塵かな」
「へえ、酷く落ち着いてるな。諦めかい?」
「いや。どんな終わり方であれ、作ったものには責任を持つべきだと自分に言い聞かせている。それだけの事さ」
何でもない事のように言う。
そんな彼を、ついつい『ボク』は途轍もない好奇心で見つめ、聞く。
「お前、名前は?」
「……【タークル・クロームル】だ。出来れば最期まで覚えていて欲しいものだね」
それは学園都市の本来の名前。
そして、ボクの母上の実家の姓だった。
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