126 貝のリゾットの田舎風
朝ごはんという事で食堂の席に座る。
長机に掛けられたテーブルクロスは、今日も新品のように真っ白で気持ちがいい。
そんな机に置かれたカップには冷たい紅茶が注がれていた。
食前茶をチビチビ飲みながら料理を待っている時間は、食欲に則り楽しみなものだ。
しかしと、隣に座ってボクと同じように淹れられたお茶を飲むシャルへ視線を向ける。
彼女が家に来てからは二倍楽しくなった気がする。
そのままきょとんと首を傾げる様子のシャル。ボクはついつい、彼女のツインテールに手を伸ばしてピコピコと弄ってみた。
多少驚いているが、これといって嫌がっている様子はない。うりうり、愛いやつめ。
「今日のご飯はなんだろ~ね」
「食べやすいものが良いのじゃ」
気を遣わないお喋りをのんびり楽しみ、期待に胸を膨らましている時だ。会話が止まる。犯人は漂う香り。
パルメザンチーズの芳醇で甘い香りが鼻腔をくすぐった。
何も口に入れていないのに身体は正直なもので、唾液腺を刺激する。閃きにも似たイメージだけで「ああ、これは美味しいやつだな」と解るものだ。
「坊ちゃま、お嬢様、お待たせしました」
今日のハンナさんは何時もの物とは違い、素朴な木のトレイで食事を運んできた。
素朴と言っても薄く、頑丈な木材。それでいて木目の美しい部分をを上手く使った高級品のトレイだと分かる。
金属製よりこちらの方が好きという人も少なくないだろう。
そんなトレイが目の前に差し出された。
上にはこれまた素朴な木のスプーン。そしてシンプルな白い深皿だ。
中央に盛られているのは出汁で煮られた米。それは地味なリゾットだった。
トマトも使われていない、昔からよくあるの田舎の家庭料理だ。
ならば高等でないかと言えば、そうでもない。
その見た目こそ、逆に武器だと言えた。
さっきも言った通り、食欲を十分にそそる香りはギャップ差で盛り上げてくれる。
香りと木製トレイの演出は、さながら森の中の隠れた名店でも見つけたような気分にさせてくれた。
ハンナさんは催促する。
「さあさ、どうぞ召し上がれ。
貝のリゾットはかなり前の領主様の好物だったらしく、ある日これを食べている最中にシジミの養殖を思いついたそうですわ」
「ふ~ん。その時は野生のシジミでも使っていたのかい?」
「いえ。実は私の生まれ故郷であるオリオンから採られていたアサリを使っていたと知られています。どうやらその頃のラッキーダスト家は大真珠湖まで開拓が進んでおらず、北の海沿いの廃城を領主邸としていたそうです。
現在のオリオン代官屋敷がそれに当たりますね」
へ~、そうなんだ……ん?
「どうかなさいました?」
「え、あっ!」
何か引っかかるので頭で整理していると声を掛けられる。
しかし、この時のボクには頭で整理する時間もなく誤魔化すしかなかったのだった。
「ええと、もしかしてハンナさんも当時その場に居て料理してたのかなって」
「ウフフ……御冗談を」
「でも、さっきの夢の話の後だと、あんま洒落にならないのう。ハンナが実は何代も渡って転生を繰り返しているとか」
「あらあら、それは面白い設定で。今度は誤魔化すのにそう言っても良いかも知れません。まあ、私の遠いご先祖様は作っていたかもしれませんが。
さて、冷めない内に食べて下さいませ。
でなければ二人ともスカートの刑ですわ」
「うひー、なのじゃ」
やっぱり整理できずに、ただシャルとハンナさんの微笑ましい会話をボンヤリ聞くのみになってしまった。
このままにしておくと、恐ろしい何かに巻き込まれそうな気がするのでスプーンを握った。木製なので少し厚めで柔らかく、吸い付く感じがする。
薄緑に染まったホカホカの米を掬って口元へ持っていくと、先ず感じたのは米とチーズ特有の甘み。そしてシジミだけでは取っていると考えられない旨味である。
また、米を煮る形式の料理なので粘っこいと思ったが、実際はそういう訳でもなく、それなりにサラサラとしていた。
少し考えながら舌の上で柔らかくなった米を何度か転がして、一緒に入れられた刻み玉ねぎと肉厚のシジミを咀嚼して飲み込み、ハンナさんに聞いてみた。
「この味はオリーブオイルとブイヨンかな?米が緑色がかってるし」
「ご明解、恐れ入れます」
出汁を取るのに最適なシジミのリゾットであるが、更にそこへ旨味と甘みを引き立てるオリーブオイル。そして出汁そのものであるブイヨンを加え、甘みと旨味を絡めた味わい深いものに変えている。
更にスプーンを使い、リゾットをまた掬う。見つけた。
舌で転がしている最中に見つけた発見を、つい嬉しくてハンナさんに言ってしまう。作った本人なのだから、分かっているのに、だ。
それでも無知のフリをしてスプーンを覗いてくれるハンナさんは良い人だなあと感じる。
ボクがチョロいだけかも知れないけど。
「後、コレは凄いね。手間が掛かっている」
「あらあら、なんでしょうか」
「シジミの殻が全部取ってあるんだ。お陰で食べやすくて感謝だよ」
「ああ、それですね。食べやすい物が食べたいという会話が聞こえてきましたので」
ハンナさんが微笑み、今気づいたシャルは電気でも流れたかのようにリゾットの中を漁った。こっちは天然だ。
そして確かに全部の殻が取り除かれている事を確認すると、目をキラキラさせてハンナさんを見上げる。
「ホントなのじゃ。ハンナ、ありがとうなのじゃ!」
「いえいえ~」
良いなあ、こういう気遣い。
取り敢えず、真心の籠った料理は絶品だったと言っておこう。
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