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124 覚悟の上に成り立つ半ズボン

「ふふ……ふふふ……」


 目の前のハンナさんは、静かに笑いながらゆっくりと動く。


 落としていた肩を引き上げる。

 上半身に引っ張られる形で、床につけていた膝を宙に浮かせた。


 一流のダンサーが緩急をつけて黄金式に則ったポーズに持ち込むかのように。普段は醜い昆虫が脱皮する際のみポーズと相まって宝石のような美しい姿を露わにするかのように。

 美術的な法則性でも理解してるか、彼女の立ち上がり方は美しいものだった。


 見上げるボクはつい、溜息を付いてしまう。

 まるで、夢の中の『ボク』の様に。


 ハンナさんはボクに対して語り掛ける。


「まあ、普通に考えればそうですわね。『坊ちゃま』」


 そうして呼ばれるのは、何時もの呼称。


 彼女は窓からの光に照らされた。

 そこにあったのは、何時も通りにミステリアスで、それでいて何処か茶目っ気を含んだ乳母さんの微笑だ。

 白魚のような指でボクの頬を撫でると、息が届く距離まで顔を近づける。

 うっわ、美人だなこの人。ホントに何歳なんだろ。


「しかしアンタレス家の当主である以上、信じなければいけませんのです」

「それは分かってるけどさ……」


 お家柄というやつだ。

 貴族とは人脈を力として、それは歴史に沿って広げられる。

 なので、自らの力がどのようなアイデンティティを持っているか、例えどんなに馬鹿馬鹿しくても信じている形を取らなければいけないのである。

 実際、ハンナさんに限らず自分の祖先は精霊だとする古い貴族は一定数居る。林業で食べている貴族などに多い。


 だったらハンナさんと自分ちの関係くらい覚えておけよという話もあるが。

 ただ、これを習ったのが修行による講義によるもので他の貴族子弟と一纏めで教わったものだし、ハンナさん家とは生まれた頃からこれ以上広げる必要も無かったし、何より、肝心のアンタレス家が結構な秘密主義な事情もあったりする。


「とはいえ、かなり嬉しかったですわ。

私達との繋がりをここまで想ってくれて。段々と領主様らしくなってきていらっしゃる」

「それは、ど~も」


 なんか腑に落ちないけど、噓偽りは無さそうなので相槌を打った。

 しかし、そんなボクの心理を読み取ったかのように強い主張が紡がれる。がらりと雰囲気が変わった。


「ただ、だからこそ分かって欲しいのです。

この平和な領地は、勇者様の覚悟があって、導いた『精霊』が居て、彼等の下で努力してきた人々が居て、此処まで綿々と受け継がれてきたという事を」


 ハンナさんにしては本気の色が濃い声色。

 その、圧力と美しさを半々に併せ持つ雰囲気に押され、ゴクリと息を呑む。

 だからボクは何も言えずに、情けなく頷くしかなくて、言葉らしい物を舌の上に作れたのは数秒後だった。


「……は、はい」

「はいっ。よろしい!」


 けろりと言ってハンナさんは手を離す。

 何時の間にか面に放たれていた圧力は消えていた。

 顔を近づけていたのは、上半身を屈まかせて行っていたからだったそうで、ボクとハンナさんの実際の距離は上半身分の距離しかない。

 それでも、手を放して直立に戻った彼女との距離は大分遠いものに感じた。


 ただ、次に来たのは軽い声だったので随分安心した気がする。


「と、いう訳で。乙女のロマンスを解せなかった坊ちゃまには罰ゲームを受けて頂きますわ」

「罰ゲーム?」

「これを着て頂きます」


 ハンナさんが箪笥を開くと、ハンガーに掛けられた幾つもの服が並んでいるのが見えた。横には鋲が打ち付けられて、装飾具や帽子等が掛けられている。

 その中からひとつ、白い帽子を取った。

 天辺は平らでツバはない。被り口は固めの輪になっていて此処だけ青く、金色のラインが入っている。特殊な帽子ではあるが、ボクは立場上この形に見覚えがある。

 大真珠湖でよく見る形だ。


「水兵帽?」


 ポスンとボクの頭の上に置かれたそれは、紛れもなくそこらの一兵卒が被るような水兵帽だった。

 両手で天辺の平らな布地を確認するように叩くと、頭頂との間に空間が出来た影響でパンのような感触が返ってきた。

 しかし、と、ボクは箪笥をジイと見続ける。

 『着る』と言ったからにはまだ終わっていないからと予想がついたからだ。


 その予想は当たっていたようで、ハンナさんは水兵帽に合う白い服を取り出した。

 半袖。その末端にあるカフスは帽子と同様に青色で金のラインが入っていた。

 特徴的な大きい襟は、船上で帆の様に広げて音を拾うのに役立つ。


「セーラー服かい」

「おっしゃる通りで御座います。坊ちゃまには今日一日、一兵卒の気持ちで過ごして頂きます」


 ボクの腕に袖を通しながら彼女は言った。

 でも別に前々から何となく興味はあったし嫌ってわけじゃない。それは向こうも解っていた筈なので聞いてみる。

 ちなみに準備が良すぎるのはハンナさんなので気にしない。


「で、本音は?」

「坊ちゃまが着ると可愛いと思いまして」

「……あ、はい」


 今にも抱き着きそうな気配だった。思わず敬語になってしまう。

 次に取り出したのはズボンな訳だが、こちらも上半身に合わせて白色だ。

 そこまでなら不満はない。ボクがハンナさんでもこういう仕立てをするだろう。


「おや坊ちゃま。訝し気な表情をして如何なさいました?」

「あ、いや。それって短すぎじゃない?」

「そんな事はありませんわ。たった膝上で、太ももが半分ほど出てるだけではありませんか」


 ええ~、マジですか~。それってアセナが履いているようなホットパンツの部類じゃないですか~。

 普段も確かに半ズボンだけど、せいぜい短くても膝のあたりだから違和感を物凄い感じる。

 というか、水兵のズボンって普通のズボンだった筈だよね。なんでそこだけ子供用かな。


「うふふ、因みにこれは罰だから拒否権はありませんわ」


 疑問に対する答えは得られず、ついでに言うとボクに逃げ場は無いらしい。

読んで頂きありがとう御座います。


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