123 転生と才能と幻想と
シャルから好奇心をぶつけられたハンナさんは一拍。
口元の黒子を隠すように考える仕草を見せた。
顔はほんわかしているのに、あまりにも色々な感情が混ざりすぎて読心術では何を考えているのかまるで分らない。
そんな状態に煩わしさを覚えていると、ハンナさんが動き出す。
窓から差し込む光のせいか、彼女が一旦揶揄いの笑みを作ったように見えた。
「コホン。そうですね……ではひとつ、ネタバラシとしましょう」
ロングスカートがふわりと舞った。
彼女が結構な勢いでボクの前に跪いたからだ。
先の表情が本当に笑みだったのか、垂れる首によって知る事は叶わなくなってしまった。ああ、これだから伝統的な規則の形はダメなんだ。
とは言え、どうしてこのような行動を取ったか分かるようで分からない不思議な気分で、結局は口を結んで置物になるしかなかったのである。
そんな置物に何事が起っているかフォローを入れるのは、有能な家臣のハンナさんだ。
彼女が放ったのはひとつの定型文だ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
なんかの物語の導入か何かのようだった。窓からの光がスポットライトにも見える。
でも、どういう事?
口に出そうとしたが飲み込んだ。目先の感情よりもハンナさんがボクを『ご主人様』と呼んだ事の方が気になるからだ。
ふと、脳裏から遠い記憶が呼び起こされる。
昔、行商人をしていたエミリー先生のお父さんの店で買った、古ぼけた絵本の記憶だ。本が好きだったエミリー先生と一緒に読んで、「また明日も遊ぼうね」と手を振った。
夕焼けの帰り道。
それに出てきたメイドさんに影響されて、ハンナさんに「ボクをご主人様って呼んで」って言うと、「畏まりましたご主人様」と、その時は呼んでくれたっけ。
ただ、次の日には『坊ちゃま』呼びに戻っていた事がある。
何故だと聞けば「まだ坊ちゃまは当主で御座いませんので」と流されてしまった。
その時はぷうと頬袋を膨らませ、父上はズルい。早く大人になりたいと思ったものだ。
つまりは、先ほどの夢を見ることにハンナさんの立場としてはボクを当主と認める条件でもあったのだろうか。
だとしたら、急すぎる。それに所詮は一家臣に過ぎないハンナさん個人が決めていい事でもない。勝手に決めてしまうのは謀反の一種だ。
もう少し深く考えてみよう。
ハンナさんが父親を呼ぶ時って『旦那様』だったね。と、いう事は『ご主人様』には別の意味合があるという事でもある。
つまり、ラッキーダスト家の当主とは考えていない訳だ。
その上でハンナさんの『ご主人様』であるという事は、ハンナさんのアンタレス家の中での掟や言い伝えに起因していると考えた方が良い。
───ん?
ここで気付く事がひとつ。
本を二度見するような気持ちで、夢の内容を思い出す。
───ハンナ・フォン・アンタレス……『アンタレス』?
そういえば夢の中の勇者アダムは、アンタレスと言う名の者の案内で誰も知らない未開の地にある筈の神殿に辿り着いていた。
普通、そういう重要なポジションのキャラクターって神話とかじゃもっと深く掘られるべきなんじゃないの?とも思ったが、勇者の名前が曖昧なのだし今は考えないでおこう。
取り合えずこの場合、アンタレス氏とは神殿関係者で間違いないとみるべきだ。そうでなければ神殿の場所を知らないし、守る必要もない。
ならば姓を受け継ぐハンナさんは神官の家系なのかも知れないな。
その仮定へ、ハンナさんの言っていた事をパズルのピースのように繋げる。
神官の言う「お帰りなさいませ」で想像出来るのは、ひとつのみである。
恐るおそると、口を開く。まるで自分の身体じゃないみたいに上手く声が出ない。
だけど言う。進むしかないのだから。
「もしかしてボクは、アンタレス家に祀られている神様か勇者様かなんかの生まれ変わりとか考えられてる?」
「ええ。仰る通りで御座います」
ゆっくりとハンナさんは顔を上げた。
「我がアンタレス家は、現代における魔石の原型となった『賢者の石』を代々祀る家系で、初代様は石に宿る精霊とされております。
精霊は時代の不幸に晒された勇者様が、剣が無くとも再び必要とされる世界で再誕出来るようにお隠れになる前日、祝福を与えたとされていますわ。
お帰りなさいませ、我々の勇者様……」
謎の多いハンナさんだが、彼女が我が家に仕える理由が分かってスッキリした。
ボクが見ていた夢は彼女の家に伝わる勇者の伝説と合致していて、完全に『思い出す』まで待っていた訳だ。勇者としての覚醒と考えても良い。
そうか~、成程なるほど……
ボクは手の平をパタパタと何度も左右に仰ぐ。否定の意味だ。
「って、ないない」
「あら?そうでしょうか。ご主人様。でも、私に聞いたのは貴方様でしてよ」
「いや、まあそこは悪いと思うんだけどね。そうでしょ。
先ず、魔石が出来たのって歴史の視点から見たらかなり最近の事だし。賢者の石を持っているアンタレス家が矢面に立っていないのはおかしい。
次に、ボクの知識にある勇者伝説は、子守り歌代わりに乳母のハンナさんに聞かされたものがベースになっている訳だ。
だから、アンタレス家に伝わる勇者物語の夢をよく見るのは転生の証明にならない」
ボクはシャルを撫でつつ、組んでいた足を開いていく。
膝の上にはシャルが座っているのだが、もう身体の一部みたいな感覚で、こういう器用な事にも慣れたものだ。
すると膝一つ分。少しだけ、視線が下がった。
「つまり、冷静に考えると、かつて私が聞かされたものが単に無意識から掘り起こされただけと考えられる、と……」
「アンタレス家の家訓には申し訳ないけど、聞かせたのが当主本人ならば、逆説的にある程度ボクの夢に予測を付ける事が出来ても不自然じゃない。
聞かせたのがハンナさんなら、『精霊』の顔がハンナさんだったのも納得だ。
……それに」
言うべきか悩む。
それでも、この間に捕まった『もてない男』の何も持てない孤独な様子を思い出し、言う事を決意した。
「ボクが努力で得た能力を『前世の知識』とか『才能』とかで片付けられるのは、なんか嫌なんだ。
ボクが努力できるよう今まで育ててくれたハンナさん、シャル、アセナ、エミリー先生、父上、母上……それぞれとの繋がりが無くなるみたいでさ」
声はそこまで大きくない。寧ろ少し震えて、少し小さいくらいだ。
なんだかんだで色々と失いそうで怖いものだ。
それでも、凡人なりに心の底から絞り出した意見だったのは確かだと言っておこう。
読んで頂きありがとう御座います。
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