118 創刊・風の噂新聞
パノプテス商会前会長ケルマ・パノプテス元男爵が、収賄をはじめとした反社会組織との繋がりが発覚し、逮捕された。
これには彼の取り巻きとも言える小さな商人や貴族階級等も大々的に関わっており、オルゴート・フォン・ラッキーダスト侯爵は大々的に憲兵隊を動かす事で、かなり大規模な逮捕劇になったという。
ただし、大貴族の力を以てしても巨大な反社会組織全体を無くせるものではなく、侯爵としては「紳士諸君らには是非協力頂きたい。協力には、それに則った褒章を約束しよう」との事。
「……以上。『ウインドルーモア・ニュース』より」
商人通りの石畳を歩くボクは片手にシャルを恋人繋ぎ、もう片手に新聞を取って記事の一文を読み上げると一息付いた。最近新たに創刊された新聞だ。
そこにはケルマの似顔絵や、逮捕された商人達のイラストなんかが描かれている。
顔の特徴を捉えているなあ。
そう思いつつ、新聞から目を離して前を見た。
目の前には、かつて『パノプテス商会ラッキーダスト支部』と呼ばれていた六階建ての建物がある。
現在そこは、領主に買い取られていて、ボクの手元にある記事を発行する新聞社へ変わっていた。
前来た時は趣味が悪いなあと思っていた扉は取り外され、代わりにシンプルでシックなデザインに変えられていた。
実のところ『社長』としてはもう少しエキゾチックなデザインにしたかったらしいが、社長補佐も兼任している『編集長』から「周りから浮き過ぎている」とストップが入ったとか。
ただ、ドアノックは象形文字をそのまま立体にした独特な形をしていて、ボクとしてはデフォルメされ過ぎていて何を模しているか分からない。
「このドアノックって、なんの動物だろ?」
「ううむ。狼じゃなかろうか」
「ああ~、確かに此処とか狼の耳っぽいね」
雑談の片手間で薄い新聞と一緒にドアノックの持ち手を握るとカンカンと叩く。本題に移る為に。
「アセナ~、アセナ~。遊びに来たよ~」
それは『社長』の名前だ。
父上が買い取った、この秘密だらけの物件はアセナの秘密警察としての拠点に丁度いいと判断された。
しかし、ケルマのような交易商より新聞社の方がアセナの気質的にも仕事内容的にも向いているだろうという事で変更したのである。
尚、こういった新たな会社の立ち上げには通常、新聞ギルドに話を通す必要があるのだが、そこら辺は父上の鶴の一声で何とかなった模様。
貴族主義万歳である。
そういった事もあって、紙や機械の規格だとか値段だとか、役員の基準だとかのギルドの規則をかなり無視して出来た特殊な会社だった。
ドアノブが向こう側から回される。
応えて扉を開けたのも、ギルドの決めた役員の基準を満たさず、記者という徒弟時代すら体験せずにごぼう抜きで幹部になってしまった『編集長』である。
彼は慣れないスーツに身を包んでいた。
されど鋲付きの帯で隠された顔半分は健在で、片目はボク達をじっと見る。本当の身分を知っていても、特に遜ろうとはしない。
「あ、ジャムシド。やっほ」
「婿殿か。姫さん……いや、社長は今取材に行っているよ」
「んん~、一応お忍びだから普通に名前で呼んで欲しいなあ」
「それもそうか、俺とした事が済まねえな『アダマス』。それに『シャル』。
ちと最近、色々覚える事が多くてなあ。まあ、中に入っていけよ。茶くらいは淹れてやる」
彼は身を翻して、はじめて会った時と似たような事を言った。
その内務をアセナから任される背中は逞しい。
アセナの秘密警察としての拠点が第一目的で作られたこの会社であるが、父上とヴァン氏の間で、ハンナさんを介して執り行われたルパ族への融和政策の一環でもある。
その為、社員の七割ほどがルパ族で構成される。
責任者はアセナとなっているが、実際に指揮命令を行っているのはジャムシドである。
街の仕組みや政治等に新聞社の社員として慣れて貰った後、ウルゾンJを簡略化したものを覚えて貰ったり、得意の馬術等で領内の運送なんかの仕事も任せようと思っているとの事。
尚、残り三割はアンタレス家の従者。つまりハンナさんの部下だ。情報系に異様に詳しい。
ただ、この政策は多大な利権が衝突する事でもある。
父上の権力を傘として前に結構強引に進んでいるが、脇から法律の穴を潜った嫌がらせを受けるなんて、本人は言わないが何時もの事だという。
寧ろ、そんなポジションであるから針の筵に座り慣れているジャムシドが選ばれたのかも知れないが。
社内。
以前、ケルマと話していた時はギスギスした雰囲気の客間だったが、今回は軽い気持ちで居る事が出来た。
ボク達に飲み物を出してくれたニコニコ顔のセリンの要素が大きいのかも知れない。
ジャムシドに合わせて働く女性を意識した、派手過ぎず粗末過ぎずな若葉色のドレスを着ていた。
ジャムシドは『茶』と言ったのにも関わらず、彼女が氷でよく冷えた飲むヨーグルトが出てきたのは気が効いているなあと思った。
お茶請けは、あの時作った揚げパンだ。今回は砂糖をまぶしている。
「アダマス君、シャルちゃん、いらっしゃいな。私達の新聞は見てくれたかな?」
「ああ。ばっちりさ。面白かったよ」
先程まで読んでいた新聞を彼女、そして向かいのソファに座るジャムシドへ広げてみせる。
流石新聞紙だけあって硬めだ。指で支えても真っすぐに立った。
彼等に見せるページは、余り他の新聞では注目されていない事。
「ルパ族の方も、外から観光方面で人を受け入れる様になったんだね」
そこには『宿屋』と書かれた水車付きの建物の写真が載せられていた。
エミリー先生が作っていた、あの施設である。
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